第十三話 しかしギルドを出ても話は逸れる。

「あの、レティさんもステラ様も落ち着いてください。皆さん見てらっしゃいますよ」

「「あ」」


仕切り直そう。


ここは冒険者ギルドです。私達は、今日、依頼を受けに来ています。

決して王族絡みの事情も聞いていませんし、飛び級の話もしてませんし、それにツッコミどころ満載の会話を人に聞かれたりもしていません。


「こほん。それで、今日はどんな依頼を」

「えっと、マフカさん」

「レティ、今日は初心者向けの採集を」

「では、この森での胡桃採集などどうでしょう。道中で倒した魔物は買い取るそうです」


マフカさんとイレネさんが露骨に嫌そうな顔をする。なんかあったっけ?あの森。

でもこれ。難易度はF、5ポイントで、領地の中にある森で採集できるのか。いいね。

ただ―――


「ステラ、どうだと思う?依頼選びの練習もしておいて」

「えと、条件はとっても良いです。でも、胡桃30個に対して銀貨一枚って高すぎません?ちょっと引っかかります」

「うん。良い答えだ。例年通りだったなら報酬は確かにもっと少ないはずなんだ。でも今年は――」

「今年は?」

「虫のスタンピードが発生している。あの、味も良くて倒すのも簡単だけど見た目だけが問題な」

「ああ、ナマコ虫ですね......そういえばそんな事もありましたね」


あいつらは美味しい......らしいが見た目は生理的に受け付けない人が沢山いる。


「ステラは平気かい?」

「いえ、平気では無いのではっきり見えるより先に切り刻んで視界の隅に追いやります」


最も、あまり出くわしたことはないが。散歩中に、、、、とかね?


「でも、買い取ってくれるのなら食べやすいように倒して当然だ。しかし大抵は確かに必要以上の攻撃をしてしまうよね。だから、この依頼はずっと残っている」

「なるほど」

「レティも、最近はまず最初にこの依頼を勧めていたんだろう?」

「ええ、ずっと残っているので.....あはは」


ご愁傷様ですー。


「だからステラ、この依頼は僕たちも――」

「いえ、受けましょう」

「マイ!?」


なんで!?


「レインさん。ステラ様と私は、切り刻むと言っても切り方は調整できます」

「うん?」

「つまり、ナマコを調理前の形状に切り刻むことが可能です。角切りですとか、薄切りですとか」

「うん」

「なので、ナマコが無理そうなイレネさんとマフカさんには他の魔物をお願いし、私達でナマコを狩りつつ胡桃を採集するのはどうでしょう」

「できるのかい?」

「ええ。できますよね、ステラ様?まさか、昔の特訓を無駄にしたとは言わないでしょう。ね?」


うっ。鈍ってるとは、言えない。

ちょおっと、角切りが角じゃなくなるかもとは言えない。

ホントは、最近薄切りが均一に薄くならないとは言えない。

だってマイのあのレッスン、スパルタを超えるスパルタだったもん。


「でっ、できますぅ」

「じゃあ受けるか。いい?マフカ、イレネ」

「うっ、断りたいけど後輩の手前断れない....」

「れ、レインが言うなら、しょうがない、わよね.....なんでこんな.......」


「よっっっっっっっしゃああ!」

「へ?」

「ありがとうございます!!!レインさん!!!ギルドマスターに怒られるところだったんです!!!制限時間があと一日だったんです!ほんとありがとうございます!」


うわぁ~~、可哀想に。

なんか、こんなに喜んでくれるのなら受けてよかったけど。

この喜びよう、スタンピードってどんだけひどいんだろう。


今更心配になってくる私であった。


.......いや、私、もともと心配だったけど?マイのせいで受けてるんだけど?


◇◇◇


「うっわあ......」

「ステラ様、いくら今は冒険者とはいえ、流石にこれは貴族としてどうなんでしょうか......少し臭いがきついような」

「少しじゃないわよ......」

「言い直しましょう、いささか臭いがきつすぎるかと思われます」

「思われますじゃないわよ、ほんとにそうなんだから」

「俺は肥やしの臭いには慣れてるが、これは方向性が違いすぎるぞ」

「あはは、ちょっと.....臭いかもね」

「忘れてたけど、ナマコ虫って研究にも使えるんだよ。殺すことに気を使わないから」

「関係ない話をしないでください、でもそれには全面的に同意します」


マイ、あんたが受けたんでしょうが、この依頼..........。

いやぁ、ナマコ虫って悪臭もするんだった。勿論、単体だとそこまでだけど。なんせスタンピードっていうくらいだしねぇ.....。


「このローブ、空気浄化フィルター機能とかついてないかなぁ」

『それ?ついてるよ』

「ほえ?」


なんか、袖から声が.....


『やっほー、アルだよ』

「はあ!?」


『それで、浄化機能は付いてるから。光魔法を使っていて――、』

「うん。ありがとうです。で、なんで私とアルさんは話せてるんですか」

『簡単に言うとね、ステラがローブのことを口にしたら念話で僕に通じるようになってるんだ』

「また桁外れな機能を....」

『んじゃ、今執務中だから。じゃあね』

「はああ!?」


ブツッ。

念話が切れた。


「ステラ、何を一人でぶつぶつと話してるんだい」

「え、聞こえないんですか?」

「何が?」

「ローブのことを口にすると念話で通じるようになってるらしいです」

「ふーん」

「全っ然驚かないんですね」

「まあ、僕も前似たようなことしたしね」


桁違いのマッドサイエンティストである。


「でも、それにしても随分と会話が短かったわね」


ええ。まあ。


「執務中だったらしいです」

「はあ!?第七王子、何考えてるのよ!?」

「ほんとですよね!?」

「例の『じいや』はもっと教育を厳しくしたほうがよろしいのでは」

「うん、まあ、ね」


私もそう思うよ、うん。


「.......なあ、早く行こう。あんまり此処に長居したくない。臭いが...」

「ああそれなんですけど。マフカさん、このローブ空気浄化フィルター付いてるらしいです」


というわけで、ローブの奪い合いが始まった。


「ほんとか!?ステラ、これ貸してくれ!な?な?」

「なんでよ!ここは貴族として私が―――」

「いやそこはリーダーのあたしが」

「お前ら落ち着いてその手を離せ。そしてそれを俺にくれ」

「僕もちょっと...」

「俺はどうなるんですか!?」

「ステラ様、いつも頑張っている私へのご褒美に....」


ねえ、皆さん。


「これ、私のです」

「「「「「「..........」」」」」」

「でも、光魔法で空気を浄化したりできないですかね?これと同じように」

「「「「「「.....!」」」」」」


すべての視線は我らがマッドサイエンティストへ。


「ぼっ僕?えっと、拠点にそんなものがおいてあったかも」

「「「「「拠点に行くぞ!」」」」」


土煙を立てて去っていった。


「ではレインさん」

「うん」

「皆さんいなくなったところでですが。知ってるんでしょうけど、この悪臭は塩を振り撒けば消えるそうですよ。なので、レインさんが今その袋に大量に詰め込んでいる塩をください」

「バレちゃったかぁ」

「ええ。っていうかレインさん、ナマコ虫の依頼を見つけた瞬間にそのマジックバッグから塩取り出しましたよね?私は用途が分からなかったのですが.....

最初から受けるつもりでいたんでしょう、あの依頼。それなのに、止めるような演技をしていたのは何故ですか?」

「うーん。食料という意味でも、実験台という意味でも。ナマコ虫は僕の好物だ。だけど、僕が自分から受けに行ったら皆嫌がるだろう?だから数週間前から色々工作して、周りの皆の思考回路も少し誘導して、それでこの依頼を受けれるようにしたんだ」


なんて器用で計算高く、そして不気味なことか。


「......レインさんって、怖いですね。敵対したら終わりそうです」

「あはは」


この人、内側は絶対腹黒い。


「でも私は、そんなレインさんも好きですよ」

「そりゃどうも」

「レインさん、本当はそんなほんわかした人じゃなくて、いや今も腹黒いですけど、本当は今以上に腹黒くて頭がキレる相当な研究好きの人ですよね」

「確かに僕は、普段から猫を被っているね」

「かぶる猫が窮屈になっていそうですから、脱いでもいいと思いますよ」

「でも、僕は猫の在庫が尽きないから。一生被ったままかもね」

「そうですか、残念ですね」


レインさんはいつも謎っぽい。ちょっと本性を見せて、と頼んだつもりだったのに、上手くかわされちゃった。


「ただいまー、それっぽい魔術具が無かったから帰ってきた、ごめん。やっぱり臭く.......ない!?」


あ、帰ってきた。


「帰ってきたね」

「ですね。では、種明かしをしても」

「いいよ」


では。


「皆さん、この悪臭、実は塩で消えるんですよ。だから、今のは完全に無駄足です」

「「「「「もっと早く言え」」」」」

「そして、僕はまだフィルターの研究はしていない。故に、拠点にそれらしい物がある訳が無い」

「「「「「もっと早く言え!」」」」」


いやあ誠に賑やかなパーティーである。

だからね、皆、その背後に漂う黒いのを、しまったりとか?してくれるかな?

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