第4話 基地
ガッくんの家はおじいちゃんの代まで農家だったので敷地も家も広い。母屋の他にも、納屋や作業小屋、土蔵、そしてもう一つ小屋があって、そこにはトイレ(ガッくんが生まれる前はボットン式だったみたい)と薪風呂がある。トイレは「ご不浄」だから外に作ったのかと思ったら、作業着や靴の汚れを母屋に持ち込まないための工夫なんだって。風呂は火事になりやすいから母屋から離したってことらしい。
母屋から10メートルほど離れた土蔵には、ガッくんのお兄さんが自室として使っていたスペースが2階にある。ガッくんはずいぶん前からそこを使いたくてダダをこねていたんだけど、小学生が別棟を使わせてもらえるはずもなく。中学生になったということで、4月から晴れてガッくんの部屋になった。
「ナオ、ここはお前の部屋でもあるんだからな」
と、ガッくんが言ってくれた時は本当に嬉しかった。
土蔵は、母屋からトイレ小屋を挟んで北側の山の際に建っている。
この山もガッくんの家の所有で、山の頂には
土蔵は二階建てで、去年塗り直したばかりのなまこ壁と白壁が、木漏れ日でキラキラと光る。重い扉を開けると、古いものが放つ独特な臭いと乾いた空気が一瞬、鼻をつく。暗がりに目が慣れると、整然と並んだ木製の棚に木箱や、布や新聞紙にくるまれた何かがぎっしりと置かれているのが見えてくる。
そして向かって右手に幅の広いガッシリとした階段があり、上がるとそこはだだっ広い板の間だ。3分の1は来客用の座布団や寝具、衣装ダンスなどで占領されているけど、残りは使い放題。
広すぎるのも考え物かもしれないけど。勉強机と本棚に衣装ダンス、ガッくんのお兄ちゃんが置いていった古いオーディオセットとパソコン・ラック、そしてシングル・ベッドなんかが壁際にパラパラと置かれていて、ちょっと寂しい感じがする。中央に敷かれたピンク色のカーペットは8畳あるのに、なんだか4畳半のサイズに見えて可笑しい。
南北には蔵にしてはわりと大きめの窓がひとつずつあって、両方を開け放つと、そこそこに明るくなる。夏には涼しく乾いた風が吹き渡って気持ちがいい。分厚く重い窓を閉めると真っ暗になって、広いのに狭いところに閉じ込められたような圧迫感がある。
ここに入るのは初めてじゃないんだけど、ガッくんの部屋になって初めて足を踏み入れたときはなぜかドキドキした。
それにスゴく嬉しかったことがある。スチールの本棚が二つあって、片方の棚板の一枚に、ガッくんの下手くそな字で「ナオ専用」ってマジック書きがしてあったんだ。他にも僕専用にプラスチックの衣装ケースが用意してあって、
「お泊まりの時のために服とか下着の替えを置いときなさい」
って、ガッくんのお母さんが言ってくれた。ガッくんや家族が、言葉だけじゃなくて本気でここを「二人の基地」にしてくれたんだと思うと泣きそうになっちゃった。
僕らは、もう覚えていない頃からお互いの家にお泊まりしている。それも週に少なくとも2、3日は。あんまりフツーじゃないよね、これって。
理由はふたつある。
ひとつは僕が3歳の時に父さんが病死して母子家庭になっちゃったこと。しかも母さんは看護師で、月の3分の1は夜勤になっちゃうんだ。
そしてふたつめだけど、ガッくんのお母さんと僕の母さんは高校時代の同級生で、しかも大親友だってこと。だから母さんが夜勤の時は、ガッくんの家で僕の面倒をみてくれるのがいつの間にか当たり前になっちゃった。ガッくんの家も、おじいちゃんがいたときは二人して大好きなカラオケに夜な夜な出かけたり、泊まりがけの旅行に行ったりしていたんだけど、おじいちゃんが亡くなってからは代わりに僕の家でガッくんを預かることも増えてきた。
ガッくんの家では僕を「ナオ」、僕の家で母さんはガッくんのことを「たかし」って呼ぶ。え、なんで「ガッくん」が「たかし」なのかって? それはね、ガッくんの名前を漢字で書くと「岳(たかし)」だからなんだ。
どちらの家でも僕らは家族の一員みたいなもの。だからわが子と同じように甘えさせてもらえるときもあれば、厳しく叱られることだってある。
ただ困るのは、親をどう呼ぶかで混乱すること。僕は「母さん」って言うし、ガッくんは「母ちゃん」「父ちゃん」って呼んでるけど、やっぱり分かりにくい。そんなこんなで、いつの間にか僕は「ガッくん母さん」「ガッくん父さん」、ガッくんは「ナオ母ちゃん」って呼ぶのがフツーになっている。
そんな僕らに二人っきりの基地ができた。大人に監視されることのない素でいられる空間ができたんだ。そして僕らは思春期の入り口に立っていた。
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