第3話 レスリング教室
ガッくんと僕が通うレスリング教室は、近くの高校のレスリング道場を間借りしている。火、木、土と週に3回。火、木は夜の7時から、土曜日は午後1時からの2時間。短いと思うかもしれないけど、休憩なしでの2時間は結構キツい。コーチの用賀さんは全日本で2度優勝したことのある神様みたいな人で、普段は優しいのに練習じゃメチャクチャ怖い。コーチは高校のレスリング部では顧問もやっているので、練習には高校生が参加してくれて楽しい。ガッくんみたいに本気でレスリングを続けたいと思っている小中学生なら、この高校に入れば継続した指導が受けられるからスゴく有利だ。
メンバーは、小学生が11人で、中学生が7人。4月にはもっとたくさんメンバーがいるんだけど、夏休み前には3分の1は練習に来なくなっちゃう。そんだけキツいんだよね。僕も何度、やめようと思ったかしれない。ホントは小学校を卒業したらやめるつもりだったんだ。でもガッくんに話したら、
「そんなこと言うなよ」
って、ポロポロ泣くもんだから、結局続けることになっちゃった。もうマジ腐れ縁だよ。
ガッくんは、体格も精神年齢も僕より1,2歳は年上だ。僕にとってはライバルとかじゃなくってヒーローなんだと思う。僕がどんなに頑張っても地区大会の2位が最高だったのに、ガッくんは県大会で優勝し、全国大会に出場したことだってあるし。
でも僕のヒーローは、泣き虫で弱虫でもある。いつもは僕を弟扱いして世話を焼くくせに、全国大会で初戦敗退したときは僕に抱きついてわんわん泣いた。二人でホラーものを観るときは必ず僕の背中にしがみついて肩越しにテレビを覗き込む。もうホントにわけが分かんない。
僕のヒーローは、スパーリングのときはぜんぜん手加減してくれない。そもそも身長も体重も(ついでに能力も)上なんだから少しは考えてほしいんですけど。得意の投げ技を決められると、マットに背中を叩きつけられて息ができなくなるし。アンクルホールド決めて小さい僕をムダに回転させんのも気持ち悪くなるからやめてほしい。あ、あと僕のことをみんなに話すとき「嫁」って言うの、マジやめろ!
僕と同じ42キロなのは一個上のアキラさんと一個下のユキとショーマ。だから練習試合はこの3人とやるんだけど、小6でもユキは県大会の常連でメチャ強い。身長はガッくん並みで、那須川天心を子どもにしたみたいな顔つきをしている。僕よか筋肉も発達していて腕力も脚力も強く、寝技に持ち込まれるとかなりの確率でフォールされちゃう。
「スタンドから投げてピンに持ち込め」
って、ガッくんには言われるんだけど、僕の投げは切れがイマイチ。逆に返されて気がついたときには体固めやエビ固めでフォールされちゃってるんだよな。情けない。
下級生に負けるせいなんだと思うけど、ガッくんやコーチが何度指導しても、
「ナオ」
か、よくても
「ナオちゃん」
と、下級生は僕を先輩扱いしてくれない。僕はそれでもいいんだけど。
でも何日か前に、その僕が珍しくユキにフォール勝ちした。実は、ガッくんの家に泊まるたびに投げの特訓を受けていたんだ。その成果が出てきたんだろうな。自分の強さに油断したのか技が雑になっていたユキは、自分より格下の相手には力任せに出てくることろがあったんだけど、
「ナオはまだ筋力が弱いから、相手を投げることができてもコントロールする力がないんだ。だからユキが突進してくるときの力を自分の力に合わせろ。上手くやんなきゃだけど、持ち前の運動神経と練習できっとできる」
ってガッくんがアドバイスをくれて。ついでに特訓してもらったら、自分でもびっくりするほどカンタンに勝てちゃった。ユキが無理な姿勢で僕を倒そうと体を預けてきたのでその力を借りて投げたら、でっかいユキの身体がスゴい勢いでマットに叩きつけられたんだ。自分でもビックリした。あとは苦しそうに「くっ」とか「あっ」とか声を漏らすユキを夢中になって体固めで押さえ込んでいたらフォールになってた。実はこれも上手くいったのは、
「グランドで相手を押さえ込むのに体を預け過ぎるから返されちゃうんだ。基本だろ。相手の腕や足をコントロールしろよ」
というガッくんのアドバイスと反復練習のおかげだ。
負けたユキが道場の隅に座って悔し涙を流してたのはかわいそうだったけど。そんなユキを僕が気にして見ているのに気付いたコーチが、
「ありゃあ反り投げじゃなかったぞ。だから小学生ルールにも違反してないからな」
少年少女のルールではバックドロップや反り投げのように相手を持ち上げた状態からいきなり落す行為はルール違反だ。それを僕が心配してると思ったらしい。コーチは続けて、
「このところユキは天狗になって成長が止まってたんだな。お前の勝利はそのユキを後押ししてやったんだから貸しを作ってやったんだと思え。ナオも先輩らしくなってきたな」
と言ってくれた。それからユキは僕のことを呼び捨てにせず、
「ナオくん」
と呼んでくれるようになった。
それもこれも、ガッくんのおかげだ。それと二人っきりの特訓。それができるのは僕らが「基地」と呼んでいるスペースがあるからだ。
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