01 寮

―————や、やばい。可愛い。


 寮母の李依奈りいなと共に美少女が姿を現す。

 生糸の如く光輝く艶やかな長髪。

 それは風になびかれ華麗に舞う。そして、そこから漂うシャンプーの匂いが頼理の鼻を刺激した。

 最初出会った時より清潔になり、その容姿は更に美しく見えた。


「頼理、よくこんな可愛い拾って来たね。るなちゃんだっけ?あんた、さてはやましい気持ちがあったりするんじゃないでしょうね」


 頼理は苦笑しその後、月の方を向いた。


「やめてくださいよ李依奈さん。ないっすよ、そんな。確かに・・・けど」


「え?何て?」


 頼理は思わず本音がボソッと出て、それを李依奈は聞き逃さずに悪戯にそう笑う。

 それに頼理は赤面させ「何でもないっすよ」と流した。


「まぁ、部屋は余っているところを使わせるから寝床の心配は無いよ。それで良いかな?月ちゃん」


 月は李依奈の問いかけに首を縦に振って見せた。その後、「ありがとうございます」と囁くような小さな声が聞こえ、それに対し李依奈は「宜しく」と満面の笑みで返した。


「あ、でもお金」


「あぁ、それなら俺が払う―――――」


「この寮を掃除してくれるなら無料で良いけど、どう?」


 そんな李依奈の甘い提案に、真っ先に食い付いたのは頼理だった。


「マジで?じゃあ俺もそうして貰いたいッス」


「だーめ。女の子専用の提案でーす」


 頼理とは違って渋っているのは月だった。


「で、でも」


「ん?不満?」


「い、いえ。ただ良いのかなって。迷惑をかけるかもしれないですし」


―————まただ。


 またあの時と同じ感情。いつもの頼理らしくないあの感情。


「良いんじゃないか?迷惑をかけたって。迷惑をかけるのなら、その恩をいつか返せば良い」


 ここまで人に優しくするなんて頼理には一度も無かった。何故なら、関係のない人間だからだ。

 だから頼理は、自分の月に対しての行動に内心困惑していた。違和感に思えた。

 月を見ると、その頬に一直線へと伸びる水が流れていた。月は泣いていた。


「ちょ、え?」


 頼理は更に困惑した。自分の異質な感情に加え、唐突の涙。困惑を超え動揺へ変わっていく。

 李依奈はどうしたのかと、顔を覗き込み問う。

 対し月はすすり泣きながらに答えた。


「私、親から虐待を受けてて」


 月が言うには父が病死して以降、酒に溺れた母親に虐待を受けたらしい。

 頼理と同じような境遇。


―————同類、だからだ。


 頼理も母親を亡くし、堕ちた父親から逃げるように祖父と相談し寮がある高校へ入学した。

 学費、寮費は祖父に出してもらえることになったが、父親はもう頼理の事は見ていなかった。

 祖父の家に行き、その近所の高校に行かないかと提案されたが、遠いし、そこの土地勘が無い頼理からしたら苦だった。また、祖父と違い祖母は厳しい人で頼理は苦手だったという理由もある。


「そ、そう。ここは大丈夫だから、ね?」


 李依奈はこのような場面でどのような顔をしたがいいのか分からず哀れみの眼差しを向ける。

 頼理はここで変に干渉はしない方が良いと思い李依奈に月への部屋の案内を勧めた。

 月の肩を叩き、「頑張れよ」と一言添えて頼理は自室へ戻って行った。

 その後、李依奈は月を部屋へ案内を行う。月の部屋は李依奈の部屋の隣に決まった。


「よし、じゃあ何かあったら私を呼んでね」


「は、はい。ありがとうございます」


 まだ少し目に涙を残し、月はそう言う。

 李依奈は少し安堵をし、「ねぇ」と続けた。


「ねぇ、お父さんの名前、教えてくれる?」


 月は動揺した。虐待故の家出なのに、そうなった原因の名前を聞かれたからだろう。

 李衣菜は、月がこの反応この反応をすることは分かっていた。

 月は震える声で言った。


野白やじろ恭子きょうこ


 李依奈は目を見開く。そして「やっぱりか」と呟き、後に元の穏やかな顔の李依奈に戻った。


「はい。ありがとね。なんとかしてみるわ」


 月が「え?」と疑問符を浮かべると、同時に李依奈はドアの向こうへ姿を消す。

 月はしばらく立ち呆けていると―――――。


「誰?もしかして寮母さん変わった!?」


 元来た場所に茶髪をした男がいた。学生だろうか。それは嬉々とした表情と声色をして飛び跳ねた。


「いよっしゃーっ!人の皮を被った鬼がいなくなりゃ俺は自由だぁーっ!顔は良かったけど性格がなぁ。バフンッ―――――」


 刹那。0.レイコンマ数秒という一瞬間でその男は吹っ飛ぶ。男は笑顔のまま吹っ飛び、しばらく理解が追い付かなかった。

 飛んだ原因は、ドアが思い切り開いた事による事では無く、その先から飛んできた足先だった。李依奈の蹴りだ。


「ちょ何して」


「そりゃ、私の台詞だよ。よくもまぁ、散々言ってくれたね」


「まだいたんすね。あぁ、いやいや。あっ、ぜ、全部嘘だよ。ね?おちゃめなさぁ。アフンッ」


 男はあたふたし、前言の弁明を始める。

 だが、その弁明は惜しくも、否、全く通用せず李依奈の渾身のデコピンが繰り出された。


「なぁにがおちゃめよ!って、また髪を染めて!」


「いいじゃん!茶髪はさぁ。こんな地味な色の髪色にしたくなかったんだけど。金色とかさ。これでも我慢したんだぜ?」


「髪色染めること自体を我慢しなさいよ」


 男は頬を膨らまし、視線を李依奈から月の方に逸らした。


「ところでその子だれ?新しい寮母?」


「うーん。まぁそんなところ、かな?」


「へぇ。俺は多賀たが平太郎へいたろう


 多賀は床に座ったまま「よろしく」と手を差し出した。それに応えるために月もその手を掴もうとする。


「あいたーっ!」


 多賀の差し出されていた手は、黒と白のシマウマの様な色合いをした猫によって引っ込めさせられた。

 多賀は猫を睨み飛びかかろうとした瞬間。背後から頭へ衝撃が走った。何者かに後頭部を足で押し込まれたのだ。

 よって飛びかかるために体を起こした多賀は、またも床に叩きつけられてしまった。猫は逃げた。


「んだよ!今日はどうしてこんなにも暴行を受けるんでしょうね!とんだ厄日だ!」


「いやいつもの事だろ」


 多賀の頭を押し込んだ者は頼理だった。


「多賀、月に絡んでんじゃねぇよ」


 頼理は倒れている多賀の尻辺りを足で小突きながらそう言う。


「いや、挨拶しただけだろ。何なんだよ、もしかして頼理の彼女だったりすんの?」


「は、はぁ?んなわけあるか」


「何動揺してんのさ。であれば片思いの相手だったか。そりゃごめんちゃいねぇ」


「お前どういうつもりで言ってんだ」


 頼理は赤面しながら多賀を睨む。多賀は真剣な顔面で言う。


「あの子が好きなんだったらちゃんと伝えとけ」


「違うし、てかお前は女子に好き好き言った結果全敗、振られまくってんじゃないか」


「まぁね」


 多賀は立ち上がると、手を振りながら自分の部屋に戻って行った。

 姿が見えなくなるまでその後姿を睨みながら頼理は見送った。


「はっ!」


 月が口を開こうとする。それに気付き頼理は先の会話の内容を否定をする。


「分かってます。あ、頼理さん」


「ん?」


「ここまで連れて来てくれて、ありがとうございます」


 月は頭を下げた。それを見た頼理は微笑を浮かべる。


「あぁ、もし何かあったら俺か李依奈さんにな。改めて」


 言葉に続き手を差し出す。


「俺は野白やじろ頼理らいり


 月は目を見開く。頼理の名字に驚いたのだ。

 その反応を見た頼理は疑問符を浮かべる。頼理は月の名字を知ると、月と同様に驚く。


「どうした?」


「わ、私は野白やじろるな


「名字、一緒なんだな」


「あぁ、そう言えばそうだね。偶然ってあるもんなんだね。もしかして兄弟だったりして」


「そんな事無いでしょ」


「さぁて、どうでしょうね」


「無い無い」


 頼理は苦笑しながら手を横に振って見せる。李依奈は再び部屋に戻ろうとするが、頼理がそれを食い止めた。


「あの、李依奈さん。話があるんだけど」

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ハグレ高校生は家出美少女を拾った 悪ッ鬼ー @09670467

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