第6話 再開と、死んだ理由と、俺の理由と――。

「ねぇ、私が死んだら、誰か悲しむかな」

「俺も悲しむし、君を育ててくれた両親が何より悲しむよ」

「本当に?」

「うん、命は大事にしないと」

「でもね、死ねって言われるの。臭いって、汚いって、気持ち悪いって言われるの」

「誰に?」

「それは――」




 そんな会話をしたのは、何時だっただろうか。

 幼なじみだった神田サトミ。

 彼女と下校中、そんな会話を一度だけ、したことがあった。

 その時、もっと真剣に彼女の苦痛を聞いてあげていれば良かったのに、俺は困惑して彼女にうまく言葉を投げかけることが出来なかった。


 それからエスカレートしていったイジメ。

 相園をはじめとするイジメグループは、陰湿さを増し、攻撃性を増し、とうとう彼女を死に追いやってしまった。


 彼女は学校の非常階段から落ちた状態で亡くなっていた。

 殺人と事故死、両方で調べられた。


 そんな中で、彼女の遺書らしきものが見つかった。

 いや、遺書というより彼女の日記だ。


 常に相園達からイジメを受けていたこと。

 事細かに、何時何分、○○に○○と言われた。○○に○○された。等と書かれていて、更に付属のスマホで撮った写真まであった。

 自分の受けた苦しみを書いた日記。

 けれど、彼女はイジメを受けながらも、まるで、相園達を観察するような感覚で書いているようにもとれた。


 自分とは違う生き物を観察しているかのような観察日記。

 それは、ある種の狂気にも満ちていたと聞いている。

 最後の文面にて、彼女が相園達から非常階段に呼び出しをくらっていた事が書かれていて、クラスの大半は殺人では無いかと思っていた。


 それでも少年法と金の力で全てを乗り越えた相園は味を占め、更にイジメを楽しむようになっていく。


 また一人、また一人とクラスから人が消えていく。

 先生も何も言わない。言えなかった。

 学校もイジメの対策に勤しむフリをして、何の打開策も打ち出さないまま時だけが過ぎた。


 消えていくクラスメイト。

 笑い続ける相園達。


 そして俺が事故で死んだのは――ターゲットが俺に向いた頃だった。





 **



「中島君?」

「いえ、すみません、知っている子だったので驚きました」

「そうでしたか、衝突せずうまくやっていってくださいね」

「はい」



 そう告げると、俺は坂本さんから受け取った書類を手に、新人研修生の集まる会議室へと入っていった。

 そこには12人ほどの新人研修生がいて、その中を探すと一人の女子と目があった。



「――中島君!?」

「久しぶりだね」



 神田は驚いた様子で俺を見ていた。

 生前、まだイジメられる前の、元気そうな顔。

 彼女は俺に駆け寄り、信じられない様子で俺の隅々を見つめる。



「……イジメで死んだの?」

「いいや、事故に巻き込まれて死んだ」

「巻き込まれた……?」

「でも気をつけて、相園はいるよ。俺はもう神田が苦しむ姿は見たくないから、出来るだけフォローはする。でも、本当に気をつけて欲しい」



 そう告げると、神田は強く頷き、会議室に講師がやってくると同時に少し離れた位置に座り研修を受けた。

 研修については、一通りのこの市役所の事について。


 異世界転生トラック課や、異世界転生課、異世界審査課、異世界転移課、そして、異世界転生警備課及び、異世界転生処理課についてだった。


 警備課までの話は聞いたことはあったけれど、初めて異世界転生処理化の話を聞いたときは驚いた。



「異世界転生した後は、こちら側で何かをすることは殆ど無い。だが、一部でハズレが起こす問題が多く、そのハズレに対して異世界の神々がアウトだと判断した場合、迅速に転生者を処罰せねばならないことがある。その際、異世界転生処理課は、異世界転生審査課の職員を一人か二人伴い、転生者を魂だけの存在にするのが、異世界転生処理化の役目である」



 魂だけの存在になんて出来るのか?

 不思議に思い手を上げると、講師は直ぐに俺の質問に答えてくれた。


「あの、魂だけの存在にすることは可能なのでしょか?」

「可能だ。異世界転生処理課と異世界転生者たちの入り口は繋がっている。故に、彼らのいる場所にこちら側から向かい、処罰対象をこの市役所内の処理課へと連れて行く。そこで処罰対象の転生者は尋問、拷問等をうけることになる。犯した罪の分だけの痛みを受けた後、処罰対象は肉体と精神、つまり魂を引き剥がされ、専用のケースに魂を入れられる。ここまでは良いか?」

「はい」

「専用のケースは、見た目こそ虫かごのようなものだが、魂が入ると抜け出すことは不可能になる。その後、専用ケースに入れた魂を焼却炉に持っていき、専用ケースごと燃やせば魂は消滅する。今後生まれ変わることも無く、本当に存在そのものが消滅すると言うことだ」

「その焼却炉までは処理課が行うのでしょうか?」

「いや、そこは異世界転生審査課の役目だ」



 なるほど……。転生先にて神々がこの人物アウト! ってなった場合、魂ごと消されるのか。

 余程の事が無い限り、そういうことはなさそうだけれど、実際処理課がある時点で、それなりに多いと言うことかな。



「処罰対象となる人間をハズレと呼ぶのでしょうか?」

「そうだな。異世界転生課でうっかり書類が通ってしまった転生者に多く見られる。日々死者は増える中、書類の量も年々多くなってきているのも理由の一つだ。今後、転生課にも人材をもう少し多く用意すると言う話も受けているから、ハズレは早々出にくくなると思いたいがな」

「なるほど」



 つまり書類ミスか。

 日本の死者数を考えると、確かに職員の人数を増やさないと、書類ミスで相園みたいなのが異世界転生できるようになってしまう。

 つまり、相園はハズレ枠になりうると言うことだろうか。

 もしハズレだと言うのなら、今からでも書類を見直して貰って消えて欲しいとさえ思ってしまった。



「また、処理課が動くのはなにも異世界転生してからとも限らない。市役所内で大きな問題を起こした場合でも用いられる。また、ハズレに関しては、一部依頼されて呼ぶこともある。そこは君たちが一番知っているだろう」



 講師の言葉に、俺以外の全員が頷いた。

 俺だけが知らない何かがあると言うことだろうか?

 質問しようと手を上げようとしたが、チャイムが鳴り聞くことは出来なかった。




 その後、俺は神田を伴い、皆が待つ異世界転生審査課へと歩いていた。

 神田は何かを言いたそうにはしていたけれど、無理に聞く事はしない。今は、彼女がこうやって市役所で働いていることを喜ぶべきなのかもしれないし……。



「ねぇ中島くん」

「ん?」

「事故に……巻き込まれたんだよね」

「ああ、相園と一緒に事故でね」

「そう……」

「俺の死に方、今度教えて貰おうかな。苦しんで死んでなければいいけど、その辺り凄く曖昧なんだ」

「……」

「神田は、自殺なの? 事故死なの? それとも……殺人なの?」



 聞いてはいけないことかも知れない。

 けれど、聞かないと前には進めないような気がした。



「なんで、あんな相園達の観察日記みたいなの書いていたの?」

「その辺りも知ってたんだ……」

「全国的なニュースになったからね」

「そっか。でも相園を追い詰めることは出来なかったんだよね」

「そうだね」

「だから依頼したの」



 ポツリと呟いた最後の言葉。

 ――依頼した。と、言っただろうか?



「私はね、半分自殺、半分殺人だよ」

「どういうこと?」

「非常階段で突き落とされたのは本当なの。でも、なんか、観察するだけの価値がないなーって思ったら、どうでも良くなって、手すりを掴む事が出来たけど止めたの。そしたら下まで落ちちゃった」

「それって……」

「観察してたの。人を苦しめる人間の感情及び脳がその場合、どんな興奮状態にあるのか気になって。いじめられてたけれど、苦しかったけれど、突き詰めてみたかったの。いじめる側の心理的な部分から脳の状態まで色々と」

「……」

「こちらがツライ気持ちになればなるほど、イジメって加速するの。平気ってなると、ツマラナイってなって放置する場合があるの。その相反する感情を調べたくなったの。だから苦しいフリして、実際苦しいこともあったから苦しかったんだと思うけど、ごめんなさい、支離滅裂だよね」

「まぁ……そうだね、変わってるね」

「人を観察するのは好き。イジメてる人が狂っていく姿はね、とっても醜くて惨めなんだよ。知ってた?」



 そう言って楽しそうに微笑む神田が、どこか不安定に見えた。

 本当に楽しく観察していたんだろうか?

 それとも、そう思わないと駄目なほど追い詰められたんだろうか?



「理性が溶けて無くなるの。歯止めがきかなくなるの。どこまで狂えば相手が死ぬか楽しむゲームになるの。結果人が死ぬとね? 脳が興奮して脳内麻薬が沢山出てハイになるの。それが癖になると、相園みたいになるんだよ」

「研究してるんだね」

「うん、研究してるの。凄く楽しいの」

「そっか」



 そこまで聞いて、俺はふと思い出したことがあった。

 ――そう、これが彼女だ。

 ――これが彼女らしさだ。

 何かを夢中に研究する、熱中すると、歯止めがきかなくなる。

 それが、今回悪い方向に進んだだけなのかも知れない。

 もしかしたら、死なずに大人になっていたら脳科学の方面に進んでいたのかも知れないな。



「でもね。一つ謝らないと行けないことがあるの」

「なに?」

「相園だけを殺してくださいって依頼したの。でもその時、近くにいた中島君まで巻き込まれちゃったの。本当は死ななくて良かったのにね」

「……え?」



 立ち止まり、神田を見つめると、彼女は今にも泣き出しそうな表情で深々と頭を下げた。

 そして何度も「ごめんなさい」と繰り返す。

 頭では理解したくない気持ちと、理解しないといけない気持ちがせめぎ合った。


 ――本当は死ぬはずじゃ無かったのか?

 ――本当は相園だけが死ぬはずだったのか?


 じゃあ、なんで俺は……ただ巻き込まれて死んだだけなのか?




「神田……俺は、死ぬ予定じゃなかったのか?」

「……相園だけを殺して欲しいって頼んだの。でも、なんで中島君が死んだのかは解らないの」

「――……」



 言葉に出来ない感情がせめぎ合う。

 本当は、もっと長く生きていたかった。

 異世界に行かなくても、両親と一緒に過ごし、大人になって、いつか親孝行が出来るような大人になりたかった。


 けれど、その夢は――もう、潰えてしまった。


 戻りたくても戻れない。

 生き返りたくても無理なこと。

 時間は巻き戻しだって出来ない。

 ……親を看取るという事だって、出来ないのだ。



「神田……俺は……生きて、いたかったよ」



 ――涙の止め方を忘れてしまったかのように、俺はその場で泣き崩れた。




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今日は2話更新です。

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