第5話 強くてニューゲームと魔王のその後って?

 それからの日々は、短くとも濃厚で、他者の願いを聞くことが、こんなにも大変なのかと痛感した。

 最初こそは楽しくやれていたんだ。

 人の願いを叶える、第二の人生を歩むプランを作るという仕事は、やり甲斐のある仕事だと思っていた。

 けれど、暴言を吐き続ける転生者や、只管、願い事の数を増やして欲しいと懇願する転生者、ペナルティは一切なしでの強くてニューゲームみたいなモノを求める転生者の多さには、心が疲弊していった。


 確かに、第二の人生プランを考えるに辺り、願い事が三つだけと言うのは少ないのかもしれない。

 けれど、多くを望むことは出来ないし、決められた三つの中で、どう自分が選ぶのかの方が大事なように思えた。

 けれど――そう思う転生者の少なさは、本当に驚くばかりだ。


 言うなれば強欲。


 この一言に尽きるのかもしれない。





 ++

「今日も多かったですね~! 最強の俺ツエーを望む転生者!」

「多かったなぁ、特に今日は」

「本当に……」



 栗崎や谷崎さん、田中さんですら、今日は特に多いと感じたようだ。


「強くてニューゲームとかさ~? 人生にあるはず無いじゃん? ね?」

「まぁ、強くてニューゲームに憧れるんだろうよ。弱くてデスゲームみたいなものだったんだろうし」

「言い得て妙ですね」

「あの、強くてニューゲームって、異世界転生者は出来るんですか?」



 素朴な疑問を投げかけると、栗崎はプッと吹き出し「まさか~!」と声を出して笑った。



「強くてニューゲームみたいな異世界転生は無いよー。やったとしても、とんでもないペナルティがつくだろうね!」

「例えばどのような?」

「即死亡するとか、良くて一年で死亡するとか。赤ちゃんから転生するのに、その時から最強だったら間違いなく異端児として処分されるでしょ。誰もが神のお力~なんて思わないんだから」

「なるほど、強くてニューゲームにしても、最初は赤ん坊からスタートか」

「そ、強い赤ん坊は確かに魅力的だけど、両親から愛される事はないだろうね、これも無論ペナルティに入っちゃう。あとは、どんなのがあるかなぁ」

「一時期、魔王になりたいと言っていた転生者がいましたね」



 と、ここで何かのファイルを取り出し田中さんがパラパラとページを開き始めた。

 どうやら自分たちが関わってきた転生者に関するファイルのようだ。


「いたね、魔王になりたいっていってペナルティがん盛りで行った子。どうなったんだっけ?」

「そうですね、世界を平和にする魔王になると言って転生しましたが、見事に死にましたね。まぁ、弱い魔王に側近や部下がつくはずがないので……」

「それって、ペナルティって……」

「魔王になりたいと言う願いは叶えました。魔王になれば強くてニューゲームになれると思ったんでしょうが、ペナルティの方が重くって。力は最弱、カリスマ性ゼロ。総統力ゼロ、名前だけが魔王と言う本当に弱いのが誕生しました」

「……それって、転生した意味あるんですかね」

「異世界転生したら自分は死なないって思ってる阿呆は沢山いるからなぁ。運命補正がーとか言う阿呆の場合、早々にお亡くなりになるな」



 ケタケタと笑いながら語る谷崎さんに、本当に自分のプランに関しては考えて作ろうと心に決めた。

 勢いとノリで自分の第二の人生を決めるべきじゃ無いな……。

 転生しても、そこでは一人の人間、一人の個体として存在するわけだから、出来れば自分の人権は尊重できるようにはしたい。



「まぁ、何にしてもみんなお疲れさん。今日の審査は随分と疲弊したから、ちゃんと心は休めておけよ」

「確かにそうだね。でもさ、思うことが一つあるんだけど」

「なんです?」



 クイッと眼鏡をあげて栗崎を見つめる田中さん。そして栗崎は俺の腕にしがみつくと良い笑顔でこう言った。



「中島がいるから、ちょっと心が楽だよね。癒し系サンキュー!」

「癒し系って……俺は皆さんの手伝いをしているだけに過ぎないよ。出来ることと言えば書類の整理くらいだし」

「その整理整頓が出来ない人種が私たちなので、確かに中島君が働き始めてからその辺りはとても楽になりましたね」

「俺、書類ってまとめてドバーって置いちゃうからな~。マジで助かってるぜ」



 そう言っていつも通り犬猫のように頭を撫で繰り回す谷崎さんに、ほかの二人も嬉しそうに笑っている声が聞こえる。

 ――だがその時だった。

 審査課のドアの前で皆さんと笑っていたまさにその時、俺は口の開いた缶ジュースを投げつけられた。


 飛び散る中身と、濡れた衣服。

 一瞬の出来事で訳もわからない俺とは違い、ほかの三人は缶が飛んできた方を見ている。

 俺もつられてそちらを見ると、相園が鬼の形相で睨み付けていた。



「おいアバズレ。お前うちの職員になにしてんの? あ?」

「私の言うことを聞かずにのんびり仕事してるからよ! 大体仕事よりも大事な事があんでしょ!?」

「仕事よりも大切なこと……それは一度お聞きしたいですね。なんです? それは社会的ルールに沿っていて、仕事よりも重要な内容なのでしょうか」

「このっ ……わたしの相手をすることが何よりも重要だっていってんのに、そこのクソが理解しないからよ!」

「へ―――!! そんなに重要なことなんですか~? じゃあ聞きますけど、仕事に従事している人間全員に言えることなんですか~? それだったら私たちも貴女の相手をしなくちゃいけませんね! どんな相手をされたいですか? あ、貴女の為にマッサージするとか? 貴女、身体のあちこち歪んでそうですから、一度刃物で解体して、きれいにつなぎ合わせてあげます! 私得意なんですよ~?」



 そう言ってニヤニヤ笑いながら相園に近づく栗崎に、相園は顔色を青くしながら後ろに後ずさった。



「そんなことしたら死んじゃうじゃ無い!」

「あははははは!!! 死んじゃう? 死んじゃうんですか-!? 大丈夫ですよぅ~。貴女死んでるじゃ無いですか。一度死んでも二度死んでも同じですって。ただ、痛みが車で撥ねられてガードレールに更に挟まって内蔵飛び出た状態で死んでる自分か、刃物でバラバラになって死んでる自分かの、たったそれだけの違いですから安心してくださいね!」



 栗崎の狂った発言に若干引きつつも、本当に栗崎が怒っているのが俺にも伝わった。

 田中さんは綺麗なハンカチで俺にかかったジュースを拭ってくれて、谷崎さんは俺を守るように前に立って相園を睨み付けている。

 そして、ついに壁際にまで相園を追い込んだ栗崎は、後ろから見ているから表情までは解らないけれど、とても楽しそうな口調で一言。


「つかまえたぁ♪」

「いやあああああああ!!」



 栗崎のたった一言。

 それなのに相園は顔面蒼白で涙を流しながら、足をもつれさせながら逃げていったのだ。

 思わぬ反応に呆然とする俺とは違い、谷崎さんは「良くやったな」と満面の笑みだし、田中さんは「もう少し懲らしめれば宜しいのに」とまだ怒っていた。



「栗崎、なんかごめん、でもありがとう」



 そう声をかけると、栗崎はクルッとこちらを見つめ、良い笑顔で「どういたしまして♪」と言ってくれた。

 そして田中さんから、初日に絡まれたのはあの女性のせいだと語ると、今度は谷崎さんが「プライドだけの女って感じ」と呆れたように口にする。



「彼女はアレが普通なんですよね。他人は自分の言うことを一番に動かなくてはならない、自分に従事しなくてはならないって考えで。その所為でクラスメイトが自殺しても、ただのゲームだから楽しかったっていうような……本当に、人間の屑みたいな奴です」

「どうしようもない屑ってたまにいるんだよね」

「なるほど、それで来たんですか」

「来た……とは?」

「いえ、こちらの話です」



 田中さんが気になることを口にしたけれど、それ以上は語ってはくれない。ただ、俺同様に、そして当時のクラスメイトたち同様に、彼女のことを人間の屑だと思ってくれる人がいたのに、少しだけ溜飲が下がる気がした。


 ――自殺したクラスメイト。


 彼女の死は、テレビでも何度か報道された。

 それで少年法で守られた相園は、更にエスカレートしていったのだ。

 何人もターゲットを変え、不登校に陥れ、そして自分は強いのだと思い込む。

 そのうち、クラスメイトは誰一人、相園に逆らえなくなった。

 目をつけられたら最後だと解っていたからだろう。

 けど……自殺するまで追い込まれたあの子の無念を晴らしてやることが出来なかった当時の自分の弱さは、今も心残りだ。


 だから、これ以上被害が出ないように彼女が死んだのは良かったのかもしれない。

 あんな人間が社会に出れば、更に被害は増えるばかりで、歯止めのきかない彼女がどうなるのかさえも解らなかったから。



「あれ?」

「どうしたの?」

「そう言えば、なんで栗崎は相園の死亡を詳しく知ってたんだ?」

「そりゃお前、俺たちにどんな状態で死亡したかまで書かれた書類が届いてたからだろう。お前だって書類は見てるだろ?」

「ええ」

「そこの死亡欄に、どう言う死に方だったかは詳しく書いてあるはずですよ。見落としていましたね?」



 田中さんから突き刺さる声が聞こえ、思わず身体が強張る。

 見ようとしてなかったわけじゃ無いけど、あまり理解したくない死亡状態などが書かれてあったからだ……。



「すみません……俺、スプラッタものに弱くって……」

「怖がりさん♪」

「何とでも言ってくれ」

「ですが、これも仕事の一つです。しっかりと書類には目を通すようにしなさい」

「はい」



 最後には注意されて終わったけれど、田中さんはそれ以上厳しく怒ること無かった。

 寧ろ「まぁ、貴方の反応が正常なのでしょうね」と小さく呟いて、ツカツカとハイヒールの音を立てて帰って行った。

 ――正常……なんだろうか?



「取りあえず、中島の汚れた服は直ぐ元に戻ると思うから、あまりきにしなくていいよ。お風呂とかもマンションには無いでしょ?」

「そうだね、だからタオルを濡らして身体を拭いたりしてるよ。結構面倒なんだ」

「きれい好きだねぇ。この世界に来たら、もうお風呂に入る事もしなくて良いし、洗濯物もしなくて良いんだけどね」

「そうなの?」

「うん、だって特別な場所だから♪」



 そうか、特別な場所……確かに言われてみればそうだな。

 でも、洗濯物は綺麗になるとはいえ、個人的に身体の汚れを取りたいって思うのは、やっぱり止められないんだよなぁ。



「俺は乾布摩擦を必ずやる。男でも身だしなみはきちんとな!」

「ですよね!」

「ヤダー! 乾布摩擦なんて爺くさーい!」

「それ、坂本さんに言うなよ。この乾布摩擦、坂本さんに教えて貰ったんだからな」

「じゃ、私もやる-!」



 急に態度を変えた栗崎に、俺と谷崎さんは声を出して笑いながら、三人でマンションへと帰ったその次の日だった。

 坂本さんに呼ばれ、一枚の書類を手渡されると――。



「中島君、今日は新人研修生が集まる日なんです。貴方も参加なさい」

「え、良いんですか?」

「許可は貰っています。ついでにその時、呼んできて欲しい新人研修生がいます。研修には参加すると思うので、そろそろ体調も治ったことでしょう。名は――」



 その後に続いた言葉に、俺はヒュッと息を呑んだ……。


【神田サトミ】

 相園ミサキに追い込まれて自殺した、元同級生だった。






=======

本日2度目の更新です。

不定期更新なので、こうやって偶に、一日二話更新もありえるこの作品。

カクヨムっぽくもない作品ではありますが、楽しんで頂けたら幸いです。


そして、私はこういうダーク系を書く方が向いている気がする(遠い目)


次回作はまだ手を付けていませんが、明日執筆出来ると良いな~と思います。

また、★での評価、有難うございます。

人気の出ない作品だろうなーっと思っていたので嬉しいです(涙)

励みになります!


またの更新をお待ちくださいませ。

アクセス頂き有難うございました!




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