第4話 初めての仕事は、衝撃的でした。

「やった! やったやった!! 糞みたいな人生さようなら! 夢の異世界こんにちわ!!」



 そう叫んだのは、最後の審査をする同世代くらいの男子だった。

 驚き困惑する俺を余所に、皆さんは慣れた手つきで会話を進めていく。



「では、ご希望をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「希望?! そうっすね……刺激溢れる世界で、俺ツエーがしたいです! 男のロマン、無双っすよ無双!!」

「ふむ、刺激溢れる異世界で、無双したいのがご希望ですか。では再度お伝えしますが、お望みの世界と三つの願いは直ぐに言えますか?」



 そう坂本さんが問いかけると、男子は暫く考え込んでしまった。

 何やらブツブツ口にしているけれど、それを聞き取ることは出来ない。ただ、その様子はあまりにも異様に見えた。



「希望の世界は刺激溢れる世界でよろしいですか?」

「そうっすね、刺激溢れる世界が良いっす」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「そうっすね、まず自分自身の身の安全は確実に確保しながらも、戦争が無い国で、それでいて刺激がある世界がいいっすね」

「難しいですね……刺激溢れる世界と言う意味合いでは、冒険者ギルドに所属する等ありますが」

「そう言うのは基本中の基本っしょ? 何寝言いってんの?」



 ハッと鼻で笑い飛ばす転生予定者に俺が一瞬眉を寄せると、男子は更に言葉を続けた。



「てかさ、異世界転生なんでしょ? 基本くらいそっちも把握してようよ。仕事なんでしょ? え? 趣味で俺の今後の未来決めちゃうわけ?」

「そう言う訳ではありませんが」

「じゃあどう言う訳なんだよ。せめて異世界転生物の小説でも読んでリサーチくらいかけろよ。基本だろ基本、それも出来ないやつが偉そうに俺に口答えするとかさー? 冗談でも笑えないんだけど」



 異世界転生出来ると知って気が大きくなっているのか、男子はダラリと椅子に腰掛け威圧的な態度を取ってきた。

 確かに遊びや趣味でこちらだって仕事をしているわけじゃ無い。

 次の第二の人生に向けてのプランを一緒に練っていくのも大事な仕事だ。



「最近の異世界転生ものの小説ですか。こちらの棚に職員が読んでいる異世界転生小説がありますが」

「読んでないんでしょ-? そう言うアピールなんでしょー?」

「いえいえ、職員ならこの並んでいる棚全ての異世界転生を読むのは基本中の基本ですから、ご心配には及びませんよ」



 そう言って坂本さんが10個以上あるスライド付きの巨大本棚を開けていくと、そこには有名どころからマイナーものまで、男女ともに異世界転生の小説や漫画で溢れていた。



「ちなみに、私はこの小説が好みでして」

「おっちゃん良く解ってる! 男のロマンたっぷりだよな!」

「ええ、ええ。魔物でありながら頂点を目指していく。これは胸が熱くなる小説ですね。人間模様も素晴らしく、更に言えばハーレム要素も含まれ、各違うタイプの女性から熱烈なアピールを貰いながらもクールに存在する主人公」

「それだよそれ! それに近い異世界とかないの? あ、でも俺魔物では転生したくないな。やっぱ人間でさ、いろんな嫁がいたりしてさ、世界最強で食うに困らずってのはいいよな! それに、そこそこの刺激があれば大満足っていうか!」



 ずらりと並んだ異世界転生の小説と漫画、坂本さんがチョイスした小説で、男子は目を輝かせて椅子に座り直した。

 ――坂本さん、この手の輩を扱い慣れているっ!



「では、この小説を元にして貴方の第二の人生プランを作りましょうか。ですが、一つ注意して頂くことがあります」

「なに? 死ぬと消えるとか?」

「いえいえ、願い事に関する、ペナルティの問題です」



 ここに来て、初めて坂本さんから「転生するにはペナルティが発生する」と言う言葉を聞き、やはり田中さんが言っていたように、願いには願いに応じたペナルティが発生するのだと改めて痛感した。



「ペナルティについてご説明しましょう。これについては、転生当事者に解りやすく説明いたしますのでご安心ください」

「あ、はい」

「まず、転生したい世界についてはペナルティは発生しません。ですが、三つの願いに関してはペナルティが発生します。そして、一番に叶えたい願いを基準に、ペナルティは加算されます。ここまでは宜しいですか?」

「宜しくは無いけど仕方ないのかな」

「ありがとうございます。次に、今は死後ですので……。前世の行いについてのペナルティも発生いたします」



 これは初めて聞く内容だ。

 前世の行いすらもペナルティに加算されるとは、思ってもいなかった。



「履歴書を拝見いたしましたが、貴方は不登校でしたね」



 その言葉に男子は渋い顔をしている。どうやら本当に不登校だったようだ。



「これについては、ペナルティは今回は発生しないことにしました。貴方の場合、生きるための逃げでしたからね。生きるための逃げは大いにありです。ですが、学業を怠ったことに関してはペナルティを発生させます。学生の本分は勉強です。それを怠ることは許されない行為であることはご確認ください」

「……はい」

「また、反抗期であったことは仕方ないことでしょう。誰しもが通る道です。母親に糞ババアと言ったり、父親に糞ジジイと呼びたくなる時期でしょう。ですが、これには少しだけペナルティを入れ込ませていただきます。理由は言わずともお分かりですね?」

「はい……」

「この生前のペナルティも視野に入れ、貴方は第二の人生を歩むための三つの願いを決めることになります。その上でもう一度問いかけましょう。貴方の三つの願いは何ですか?」



 優しく問いかける坂本さんに、ついに男子高校生は泣き始めてしまった。

 最初こそ凄いテンションだったのに、急に我に返ったのだろう。

 悔しくて、情けなくて、親の迷惑をかけて、勝手に事故死して、自分の生まれた意味が解らないと泣き叫ぶ……。

 9人の面談が終わった後の、最後の10人目で、こんなにも感情を表に出す転生可能者を初めて見た俺は、言葉が出てこなかった。


 不登校――きっとイジメに遭ったんだろうと思う。

 そして、生きるために逃げたんだと言うことは容易に想像が出来る。けれど、学生の本分を忘れ、親に暴言を吐いていたことは、ペナルティとして加算されてしまうことになった。


 ――俺も、ちゃんと親孝行できていたんだろうか。

 ――俺も、ちゃんと勉強ができていたんだろうか。

 胸を張って、転生できるほど、出来た人間では無いのだと悟った。





 どれほどの時間泣いていただろうか。

 彼は意気消沈して立ち上がるのもやっとで、結果、谷崎さんが死者が一時的に住むワンルームマンションへと連れて行ってくれた。

 後日改めて面接を行い、彼の希望を聞くことになったようだ。


 自分が死んだことを後悔するのは当たり前だと思う。

 自分が死んだことによって、周囲にどれだけの負担と苦しさを与えるか、今となっては解らない。


 それでも、異世界転生できる切符を手にした人たちは、新しい人生に向けて色々と思いをはせたり、どう生きていこうかと悩む時間も必要なのだと坂本さんは教えくれた。



「良き転生、良き人生を歩むためのお手伝いをするのが、私たち異世界審査課の役目でもあります。時折、刺激的な方も来られる場合もありますが、そこで異世界への切符を失うことになっても、全ては本人次第ですから」

「そう……ですね」

「中島君には、良き転生と、良き人生を歩んでいただきたいと思っていますよ、全員ね」



 そう言って笑った笑顔に、どことなく坂本さんが前世ではそれなりに充実していたのでは無いだろうかと思うほどに、思いやり溢れる笑顔でホッとした。



「まぁ、中にはペナルティなど知ったことか! サッサと異世界転生させろ! と、せっかちさんもいらっしゃるので、そう言う場合はペナルティの説明は最低限で異世界に行って貰いますがね」

「最後まで説明は聞きましょう、ですね」

「その通りです。さて、10人終わりましたし、今日の業務は終了しましょう。皆さん、お疲れ様でした」



 坂本さんがそう言うと、各自書類を持って日付順に並ぶファイルに入れ込み、その日はワンルームマンションへと戻ることになった。

 研修初日にハプニングはあったものの、順調に今日は行けたと思う。

 そうだ、日記を書いて今後の糧にしよう。

 ――いつか、自分が転生するときに困らないように。

 そして……いつかこの日記を皆さんにお渡しし、ありがとうが言えるように。






 それから数日後、彼は彼なりにまとめた第二のプランを練ってきたようで、ペナルティを受け入れ転生していった。


 彼の願いは、沢山の友人に恵まれること。沢山の裏切らない仲間に出会えること。そして――刺激ある人生では無く、生産系ギルドで頭角を現し、いつかギルド長にまで上り詰めることだった。


 この願いに対しついたペナルティは、そう強いものでは無かったが、若い間は苦労するだろう、若いうちは困難に遭遇するだろうと言うものだった。


 それでも満足して転生を果たした彼が、今後どんな未来を歩むのかは誰にも解らない。ただ――人生とは、大なり小なり、困難の連続だ。

 苦労だって人によっては、人一倍する人だって沢山いる。

 それでも、それらをカバー出来るほどのモノを、彼は願った。

 沢山の友人に、沢山の裏切らない仲間……それは、彼が最も求めていたことだろう。



「彼は、前世の記憶を持って転生するんでしょうか」



 そう坂本さんに問いかけると、彼は首を横に振った。



「確かに生産系職人系の小説には、転生して元の知識を使いのし上がっていく話は多くあります。ですが、それが出来るのは本当に一部の限られた人間だけです。100人異世界転生したとして、その中で10人程いれば良い方でしょうか」

「なるほど……前世の記憶を持って転生することは、本当に運が良くないと出来なんですね」

「それに、彼がもし前世の記憶を持って転生すれば、多くの友人も、多くの仲間を得ることも出来なかったことでしょう。なにせ彼の不登校の理由は、友人に裏切られた事による不登校。その心の傷は、転生した先では不要のモノですから」

「……そうですね」

「中島さんも覚えておくと良い。心に負った傷とは治りはとても遅く、トラウマになったそれは克服に長い年月が掛かる。それこそ、死ぬまで持っていくことにもなり得る問題です。そんなトラウマを持っての転生は、審査課ではさせることが出来ません」

「……」

「より良い第二の人生のために、新しく生まれ変わることも必要なことですよ」



 そう告げられ、俺は何も言えなかった。

 けれど、せめてあの同世代の同級生の未来が、本当に彼の求めている幸福に満ちている事を切に願った。

 彼の第二の人生での笑顔を祈りながら――。





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アクセス頂き有難うございます。

相変わらず中島君優しい子、癒し系癒し系。


人生観も入れ込みつつの小説ですが、楽しんでもらっているでしょうか?

今後もコツコツと更新していくので、応援よろしくお願いします!

★やハート等あると励みになります(`・ω・´)ゞ

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