第46話 火種

 何度目かの会合だった。

 武器弾薬の調達に加わる村々とヤマトを含めた十四の村の代表者が、アスカに集まっていた。


 部屋の中に運び込んだ、頭のないロボットを取り囲んで、ハルは説明する。


「一体だけなら自然故障ってこともあるから壊しても新しいのが補充されるだけだけど、一度に何体も壊せば都市の中に『異変』が知らされる。無理やり侵入しようとしてこいつらと乱闘になると、都市が異変を察知して警戒を強めてしまって、計画が白紙に戻るってわけだ」


 興味深そうに、あるいは気味悪そうにロボットを見つめている村の代表者たちをハルは順に眺めるようにしながら、


「都市が今の体制のままそんなに警戒していない時に、子供たちの奪還と、都市の機能を破壊するのとをいっきにやらないとならないんだ。それが成功すれば、今後はシンジュクのヤツらが村に略奪や侵略に来る心配もなくなるよ」


 村人たちは、一様に感心するような戸惑うような唸り声を上げた。


「なるほどね」

 ミノワの若い男が、頷く。

「遠回りだけどそれが確実だっていうのは、理解したよ」


「あんたはそう言うが、実際に自分の子供を攫われた親たちの前じゃ、そんな悠長なことは言えないと思うぞ」

 シムラの男が眉を顰める。


「そんじゃあ、とりあえず子供らだけ奪還して、あとは今まで通りシンジュクに脅えて暮らすんでもいいってことかい? 取り返した子供らの、その子供らがまた攫われるかもしれないんだぜ?」


「ううむ……そうは言っておらん。ただ、逸る者が出てくるのを心配しておるのだ」


「ああ」オキが場をまとめるように声を上げる。


「計画のすべては、今ここにいるモンの腹の中だけに収めてくれ。親たちに知らせるなんてのは、決行直前でいい。急に帰ってこられちゃ困るって親も、そんないねえだろう。万一にもほかの村人に知られるようなことがあっちゃいけねえが、もしもって時はあんたがたは全力でその逸ったヤツを止めるほうに回る。そういうこった。な?」


「うん」

 振られて、ハルは頷いた。

「前にも言ったと思うけど、準備さえ整えば作戦自体は難しくない。確実に成功するように協力して欲しい」


「うむ、手は尽くそう」


「手を尽くすも何も、黙ってりゃいいだけだろ?」

 イリヤの女がニヤリと唇の端を上げた。

「あんたがその軽い口をしっかり閉じておけば、なんの波風も起きないんだよ」


「むっ、何を言う。私の口は軽くなんかないぞ。タエ、あんたこそ、その調子でぺらぺらと他人にしゃべるんじゃないぞ?」


「当たり前だよ。こう見えても、あたしは義理は通す主義なんだ」


(難しいな……)

 席に向かって椅子を引きながら、ハルは村人たちをうかがう。


 本当にここにいる十五人だけしか話を知らないのなら、多少は安心できる。

 だが、それぞれの村で、ここにいる代表者だけでなくほかの有力者だとか武器の管理をしている者だとかの数人には話が伝わっているだろうし、これからもその人数は増えていくのだろう。

 現に、イグサやオオイなどは、初回から今回までに会合に出てくる代表者を変えている。

 現時点でもう、だれがこの話を知っているのかをすべて追うことはできない。


 村人から、都市に話が伝わるということはまずないだろうと思う。ハシバに繋ぎを取れる人間がいるとも思えないから。心配しているのは、待ちきれなくなった村人による強行突入だ。こんなロボットがわんさかいると聞いて、諦めてくれればいいと思うのだが。


「しかし――」


 ロボットを取り囲んでいた輪が崩れ、一同がそれぞれにテーブルに着こうとしていた時だった。

 グンジたちよりいくぶん若く見える一人の男が声を上げた。


「昔の文明だって? あの都市の中には、そんな大変なものがたくさんあるってことか?」


 ユシマの代表という、三十代と見える男だった。

 それに、カンダの代表者の五十前後と思しき男が大きく頷く。


「あん中には大変な宝が眠ってるって噂は聞いたことがあるぞ。文明の利器、か。なるほどな」


「なあ」

 ユシマが二っと頬を歪めた。

「子供らを奪還するだけじゃなく、そのお宝を手に入れるっていうこともできるんじゃないのか?」


 しばし、会合の席がざわめく。

 話の流れが嫌な方向に行っているのを肌で感じて、ハルは眉を寄せた。


「おいおいおい、目的は子供らの奪還。それだけでいいだろ。余計なこと考えたら破綻の可能性だってデカくなるんだぜ?」

 オキが席に着きながら、呆れたような声を上げた。


「ああ」ナギも頷く。「都市から略奪をしようと言うのなら、あの憎むべき都市とやっていることは変わらん。奪われた子供たちを取り返すという大義でわれわれは計画を進めようとしているのだ。目的を見失うな」


「けど、さあ。さんざん痛い目に遭わされてきたんだ。少しくらい、美味い思いをさせてもらったっていいんじゃないの?」

 ユシマが食い下がる。


「あのさ」


 ハルは席に座って、不満を顔に出したまま声を上げた。


「あの都市の中にある『文明の利器』は、あの都市の中でしか使えないよ。計画通り中枢の機能を破壊すれば、ガラクタになるんだ。外に出ても使えるような小さな機械だったら、都市から奪ってこなくたって市場なんかで手に入るようなものばっかりだし」


「しかしだぞ。――いや、これは可能性の話だがな?」

 と、今度はシバの年配の男がテーブルに身を乗り出し、床に横たえられているロボットを顎でしゃくる。


「ガラクタだったとしても、あのロボットとやらを解体して部品や素材を売るだけでも、それなりの金になるんじゃないかね。工業をやってる村には、あんなガラクタだって宝だろう?」


 同意する声と、いさめる声。しばし場が騒然となる。


(ああ、イヤだな、この流れ……)


 不快感に包まれながら、必死に頭をめぐらせていた。どうにか諦めてもらわなければならない。

 あのハコの中に、宝の山が眠っている。そんな風に思われて略奪に走る者が出てくれば、都市の機能を停止させても後々まで禍根が残り続ける。中枢を破壊すれば外から簡単に侵入することはできなくなるが、同時に内部を守るものもなくなるのだ。


 計画の成功が新たな火種を生むというのか――。

 そしてそうなれば、やはりシンジュクに近いヤマトにはその火の粉が降りかかりかねない。

 その時、ハルはもうこの世界にいないというのに?


 それに――。

 宝が眠っている? いや。


(あそこに眠ってるのは、おれの友達だ……)


 墓荒しなんか、されてたまるかと思う。ハルは奥歯を噛みしめていた。


「落ち着いてくれ、みな」

 グンジが低く通る声を上げた。


「オキやナギの言う通りだ。目的をはっきりさせよう。子供たちを奪い返す。欲を出せば、子供らの奪還よりもその宝が目当ての者も出てくるぞ。みなが協力し合わなくてはならないというのに、そうなれば本末転倒だ」


 何人かが同意する中、

「待ちなよ、グンジさん」

 ユシマが腕組みで椅子の背に反り返って、横目遣いにグンジに目をやっていた。


「ヤマトからは武器も人員も調達しないって聞いたよ。あんたが口を出す幕はないんじゃないの?」


(――!)


 思わず立ち上がりかけたハルを、グンジが横から手で止めた。


「おい、そりゃないぞ」

 と擁護の声を上げたのは、ヤマトと懇意にしているという南西側のセンゾク、キヌタの代表者。


「ヤマトは武装しないという、これは作戦の一部だ」

「おお。それを承知で参加してるはずだろ。ここにいる全員に、発言権は平等にある」


「はッ、頭を冷やしな、ユシマの坊や」

 大して歳ごろも違わない――いや、たぶん年下であろうイリヤの女が、テーブルに頬杖をついて悪態をついた。

「そのヤマトの客のガキに指図してもらわないと、あんらの村じゃ何もできないってことを忘れるんじゃないよ」


「なんだと――!」

 ユシマが顔色を変える。


「落ち着け、カズ。簡単に挑発に乗るな。……タエ。何度も言うが、口のきき方を考えろ。子供の喧嘩はどっちだ」

 ナギが渋い顔で苦言を述べるのに対して、イリヤの女、タエは肩をすくめた。


「しかし、これは――」

 シバの代表者が、もどかし気に声を上げる。

「いや、そういう意見もあるかもしれないと仮定しての話だがな? 提供した武器弾薬に見合った見返りを期待する連中もいるかもしれんという話だ」


「後から参加してくる、武器もちょっとしか出してない村よりは、多く見返りが欲しいよなあ」

「だからそれじゃ、シンジュクのヤツらのやってることと変わんないって言ってるんだ」

「でも、宝の山がそこにあるんだぞ?」

「ああ。ついでにちょっと分け前をもらうくらいは」

「あぁもう、うるせえなあ。子供らが帰ってくりゃ、それだけでいいだろうがよ」

「いや、ほかにも得られるものがあるのだったら、せっかくなら――」


 再び騒然とする会合の席。


(ああ、もう……物分かりの悪いヤツらが……!)


 ガタっと、その音は予想した以上に室内に大きく響いた。

 椅子を蹴飛ばすようにして。

 ハルは我慢が出来なくなって、立ち上がっていた。


「目的は、子供らを取り返すこと。それだけだ」


 テーブルに両手をつき、集まった村の代表者たちを睨み渡して。

「それ以外の見返りが要るんだったら、この計画は、中止する」


 会場が、シンとなる。


「おい、ハル……」

 遠慮がちにオキが声を上げるけれど、ハルの苛立ちは収まらなかった。


「村の子供らを親のところに取り戻したいって言うから、話を繋ごうと思ったのに。それよりも都市の『宝』が欲しいんだってんなら、おれはもう降りる。武器でも人でも集めて、欲しいヤツらだけで勝手にやればいい!」


 意図した以上に声が荒立っているのを、自分でも感じていた。


(本当に、もう――)


 こんな空気には、耐えられない。

 大事な人間を取り戻したいという切実な願いに水を差すような。その機会を無下に蹴散らすような。


 何べん同じことを繰り返す?

 一番大事なもの。それはなんだ? それ以外に、必要なものがあるのか?


 椅子に腰を戻しながら、ハルは大きく息を吐きだしていた。

 子を奪われた親や、残された者や、村の責任を負う者や――。彼らの純粋な切望を叶えるために、残された時間を使いたいのに。


 でも――。


 静まってしまった、会合の席。

 一斉に向けられた視線。

 その視線に込められているのは。一様に沈黙しているその代表者たちの胸にあるのは。決して反省だけではない。


 まだ表情に険しさを残し、集う一同を上目遣いに見渡しながら。胸の中に暗い思いが立ち込めていくのを、ハルは意識せずにいられなかった。


(あ――)


 後悔が、すぐに押し寄せて胸を詰まらせる。

 ダメにしてしまう。おれが。

 せっかくの、子供たちを村に取り戻せる機会を。

 オキやナギや、グンジたちが周到に根回しをして必死に切り開いた、活路を。この分からずやの村人たちを、どうにか取りまとめようとしてくれているのに。


 ハルの言葉でここにいる村の者たちの協力を失ってしまったら、ヤマトの村やアスカの村や、オキの子供を取り返すことだってできないのだ。


 と、その時。


「ねえ、ユシマの――カズって言ったけ。それから『宝』を期待してるみんな」


 静かに、けれどよく通るピンとした声を上げたのは、ずっと黙ってやり取りを見守っていたオオイの女だった。タエより少し上、三十代くらいに見える。


「さっきカズが言ったように、『後から参加してくる村より多く見返りが欲しい』って、そういうことを言い出したら、後から参加してくる村の連中から不満が出るよ。彼らは協力するのがイヤで参加していないわけじゃない。話を広げない、シンジュクから近いところは後に回す、っていう理由で声を掛けていないんだからね。カズ、現にあんた、最初に話を持ってきてくれたヤマトを、武器を出してないっていう理由だけでないがしろにしようとした」


 快活な口調。諭すように言うオオイの女から、ユシマの男は苦々し気に目を逸らした。


「ここにいるあたしたちがこの話を決めたら、先に集まって話し合った連中だけで利権を全部持っていきやがってって、後々、隣近所の村からずっと恨まれる。シンジュクを倒しても、今度は村どうしの諍いが起きる。そういう心配をしてるんだよね、ハル」


 ハルへ向けて唇の端を吊り上げる。


「うん」

 ハルはこくりと頷いた。そうしてみんなに向かって、


「ごめん……」


 片肘をテーブルに預けて座りながら、ハルは視線を上げることができずに言っていた。


「計画を続けるつもりは、あるよ。その……子供たちを取り戻すことについては」


 グンジが小さく頷き、オキは目配せで笑い、そしてナギは立ち上がって全員に向けて、


「みな、もう一度、目的をはっきりさせよう。奪われた子供たちの奪還。これだけだ。それは村々と、そしてこのハルの協力をなくしては実現できないのだ。子供たちを、親に、そして村に、取り戻そう。そのために、余計なことは考えない。いいな」


 この場でそれ以上の異議を唱える者は、いなかった。

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