第6章 計画

第45話 牽制

 崩れた建物の、砂の上にわずかに残った低い壁から顔を出して、ハルはあたりを伺う。

 ずっと遠くのほうに、都市の哨戒ロボットが三輪バイクのような乗り物に乗ってゆっくりと移動していくのが見えた。


「あれだぁ……あいつがうちの村のモンを三人も殺しやがったんだ」


 隣で同じように目から上だけを覗かせて、オキが悔し気に言う。


「子供を取り返そうとしてあのハコに侵入できないかと逸った若い連中がいてな。十数人で攻め込んで、三人ばか人を減らしてほうほうの体で帰ってきたんだ。こっちも銃で応戦したそうだが、当たってもヤツら、痛がりも痒がりもしねえんだと」


「ああ。村に子供らを奪いに来た連中もそうだったな。銃も剣も、まったく通らなかった」


 グンジは反対側の隣で、壁に背をつけ座り込み、顔だけを哨戒ロボットに向けてそう言った。

 その向こうで、弾を込めた擲弾銃をグンジに手渡しながら、ナギが首を傾げる。


「あいつをこれで、撃ち殺そうというのか? どういう装甲をしているのかさっぱり分からんのだぞ? 通用するかどうかも知れんというのに……反撃してきたらどうする?」


 ――アスカの武器庫の中で、一番威力の高い銃を貸して。

 そんなハルの要望に応えてナギが持ってきた擲弾銃だ。拳銃だってどうにかなると言うのだから――。これで文句はない。


「大丈夫。対策は聞いてきた。顔を吹っ飛ばさないと動きが止まらないんだよ」


 銃を受け取って壁の上に筒を固定しながらグンジが、

「なに? いきなり殺してしまうのか? 捕まえて捕虜に――」


「人間じゃないんだよ。あれは」

 ハルは三人の顔を順番に眺めながら、

「生け捕りにしたって、何もしゃべらないから無駄だよ」


「は、なんだって? そりゃ――」

「人ではない? それでは一体、あれは……」


「今それを見せるからさ。――グンジさん」


 促して、グンジが擲弾銃を構えるのを見ると、


「あいつの注意を引くから、合図したらあの顔を吹き飛ばして。一発で当ててよ?」


「うむ……なに? おい、ハル!」


 頷いたグンジだったが、ハルが壁の上に飛び乗って哨戒ロボットへ向けて身を晒したのを見て慌てた声を上げた。

 構わずにハルは拳銃を構えると、斜め上に向けて引き金を引く。


 高い音は砂の大地に吸い込まれるよう消えたが、ロボットにハルの存在を知らせるのには成功したようだ。

 三輪バイクがゆっくりとこちらへ進路を変える。


「おい! ハル! なにやってんだ、危ねえだろうが降りろ!」

 オキがマントの裾を引こうとするのを、ハルは前へと壁を飛び降りてかわした。


「大丈夫だから、隠れててよ」


 言いつつ、ごくりと唾を呑み込んでいた。


 大丈夫――ヤツはあの距離まで撃ってこない。それに「誰何」が先だ。

 あいつは短気で物騒なロボットではあるが、手当たり次第に攻撃してくるほど無計画ではない。都市だって不必要なレベルまで外の連中ともめ事を起こしたくはないはずだし、貯蔵している弾薬にも限りがあるから、一定の基準で「敵」あるいは「不審者」と判断するまでは向こうからは手を出してこない。


 とは思っても、ハルは一度ヤツに撃たれているのだから、緊張しないわけにもいかない。

 近づいてくるロボットと向かい合いながら、少しばかり手に汗を握っている。


 ロボットは、辛うじて声の届く数十メートルの距離までやってきて、一度動きを止めた。

『アナタハ コノトシニ カカワリノ アル モノカ』


 来た。質問だ。

 答えずにいると、


『トシニ ハイロウトスル モノカ? トシカラ デヨウトスル モノカ?』


 耳障りな電子音で言って、じわりとロボットが間を詰める。動かずに立ち尽くしているハルに向けて。


「おいっ、ハル、戻れ!」

「もうちょっと……」


『カカワリガ ナイナラ コレイジョウ トシニ チカヅクナ。ココカラ サキハ キンイキダ』


 言葉の最後で、顔の赤いランプが点滅の速度を変えた。


『フヨウニ シンニュウ シヨウト スルノデアレバ――』

 ロボットの手が、上に向かってわずかに動く。

『――ウツガ』


 ロボットは、ハルを目指して進む気配を見せる。


『ノクノカ、ノカナイノカ』


「今だグンジさん、撃って!」


 声と同時にグンジが壁を支えに構えていた銃を発砲する。

 銃の扱いならこの三人の中では一番上だろうと推されたグンジの腕は、確かだった。


 手に銃を構えようとしていたロボットの顔が吹っ飛ぶ。


 同時にハルは飛び出した。


「オキさん、来て! グンジさんとナギさんは崖の下へ――急いで!」


「はっ? なっ、おいっ?」


 慌てた声を上げながらも、オキがハルに続く。

 砂の積もったコンクリの地面を駆けながら素早くあたりを見回し。別の哨戒ロボットがいないのを確認すると、頭のなくなったロボットに飛びついた。


「オキさん手伝って。これ崖の下に落とすんだ、早く!」


 ほかのロボットが来ないうちに。安全圏まで、こいつを持って逃げる。


「なんだと、こら!」


 ハルの無茶な指示に文句の声を上げながらも、オキは動きを止めたロボットの胴にしがみつくと、三輪バイクごと先ほど隠れていた壁に近い断崖へとロボットを押しやる。


「うおぉぉ――なんだ、こりゃ。なんて重いんだ。鎧の重量か?」

「だから……人間じゃ、ないんだから……って!」


 ハルも必死に腕を引っ張るのだが、想像した通りそれは異様に重くて、とても一人で引きずれそうにはなかった。

 ハルよりはだいぶ腕力があるであろうオキが呻き声を上げながら壁まで押して行って、三輪バイクを蹴り倒すようにして引きはがすと、膝の高さほどの壁からロボットの体を突き落とす。


 ザっと音を立てて砂の急斜面を滑りだすロボットの背中に、ハルは飛び乗った。


「おいこらっ……ハルっ?」


 またも焦ったような声を上げるオキに、


「オキさんも早く、崖の下へ!」

 叫びながら、ソリ滑りの要領でハルはロボットに乗って崖を滑り降りていた。


 崖の下はハルが最初の夜にロボットに撃たれて落ちた場所。グンジやルウたちが、このあたりへ毒虫の駆除にやってきたという。かつての中野坂上の廃墟から、この崖を境にして、ロボットの哨戒範囲を外れるのだ。

 次のロボットが駆けつけないうちに崖の下まで逃げてしまえば、勝ちだ。


 ロボットにしがみついて、高速で落ちていく。

 前方に岩か何かの大きな突起物が見えて、


(あ……ヤバ……)


 背中に冷たい感触が走った瞬間、ロボットはそれに激突し、ハルは中空に投げ出される。


「わぁっ!」


 声を上げながら、砂の傾斜に背中からボスンと落ちて。

 すべての動きが止まったところへと、グンジとナギが駆けつけてきた。


「ハル! あんたはまた、なんて危険なことを……」

「無茶はしないでくれと先日言っただろう!」


 半分滑り降りるようにしながらオキも崖下にやってくる。

「おーい! ハル無事か! ケガはねえな? ったく、ひやひやさせやがって!」


 口々に文句を言われながら助け起こされ、ハルはあいまいに笑った。


「ごめん……でも大丈夫だって……それより、ほら、これ」


 砂に足を取られながらロボットのところまで走っていって、馬乗りになって、その鉄の胴をひとつ叩いて。ハルは三人へと顔を上げた。

 マントをつけてそれらしく見せてはいるが、その容貌は都市の中にいるちゃんと人間に似せたロボットよりもずっといい加減で、遠目にはたしかに人に見えても、近くでまじまじと見れば人とは似ても似つかないただの「二本足で歩く何か」だ。


「こいつは、いったい……」


 それでも、ロボットなどというものが存在することも知らない砂漠の村の男たちは、不可解そうに首を捻る。


「ハァ、たしかに人間じゃなさそうだが……じゃあ、なんなんだ?」


「ロボット……って呼ばれてるけど」

 ハルは捕らえたロボットと三人を交互に見ながら、


「あの都市の中にある文明で作った、人間の形をして人間の手伝いをするためのモノ、かな。あの都市の中には人間もいるしもちろん村の子供たちもいるんだけど、その世話をしたり警備をしたりって仕事をしているのは、だいたいこれと似たようなロボットなんだ」


 そう説明しても、三人はわずかに顔を見合わせるようにしただけで次の言葉が続かない。


「一つ一つはそこまで性能のいいものじゃないから、こんな風に頭を吹き飛ばせば――顔のあたりに認識機能が集中してて、そこがいくらか脆くて――、それで壊れて動きが止まるから、こっちに攻撃をしてくることはなくなる。あとはこんなガラクタになる」


 もう一つ軽くガラクタのボディを叩いて、ハルは立ち上がった。


「ただ、この通り鉄でできてて頑丈だから、普通に体に銃弾が当たったくらいじゃ効かないし、ちょっと傷ついても動きは止まらないんだ。確実に顔に当てるか、膝とか関節を打ち抜くなら、このくらいの拳銃でも大丈夫じゃないかって……その、都市のヤツが」


 言いながら、ハルは腰のホルスターから拳銃を引きだした。


 一応は頷きつつも、反応の悪い砂漠の男たち。

 そりゃ、いきなり理解が及ばないよなあ……。仕方なく苦笑を浮かべて、


「まあ、そういうわけで、作戦を妨害しようとしてくる相手は人間じゃないから、遠慮せず撃ち殺していいよって言いたかったんだけど……」


「なあ、ハル。その……『都市の中にある文明』ってのは……なんなんだい?」

 オキが遠慮がちに、不可解そうに声を上げた。


「昔の文明だよ。世界がこうなる前の。あの中にはまだある程度、それが残っててさ。使いこなせる人間が少ないから、もうあんまり意味もないけどね」


 ハルは拳銃を手に引っ掛けたまま、軽く肩をすくめた。


「はあ……そういうモンがあるって、伝説程度には聞いていたが……こりゃ、本当にそうなのか……」


「うん。それで、このロボットたちを操っている機械っていうのが都市の中にあってね。それを破壊しないと子供たちを外に出すときに妨害をしてくるし、一度この計画が成功してもまた村へと略奪に来る可能性があるから、子供たちを奪還しに行ってその機械を壊してしまおうっていうのが、この計画なんだ」


 数日前の満月にトキタを訪ねた時に、ハルはトキタがひと月掛けて検証したという満月の日以外の都市への侵入方法を教えられた。哨戒ロボットだけはどうしても避けるか倒すかしなくてはならないが、物資の運び込みや、ほかの入り口からの侵入も、一応は可能となるわけだ。


 それができるようになると同時に、ひとつ、これまで懸念していた問題がはっきりとした不安要因となった。

 都市への入り口を掴んだ村の人間が、ハルとトキタの指示を無視して準備が整う前に都市への侵入と子供たちの奪還を強硬するという恐れだ。


 村人の中の首脳陣にある程度は計画の具体的な内容を伝え、計画を無視してコトを進めるのは無理なのだと理解してもらわなければならなかった。


 頭の取れたロボットを改め、トキタから教わった補助電源用のソーラーパネルと通信装置を、拳銃数発を使って撃ち抜く。これで、電池切れを待たずに都市との通信が途切れるという。


 完全に沈黙したロボットを荷馬車に載せ、荷馬車の御者台に乗り込もうとするナギに、自分も馬の手綱を取りながらハルはひとつ思いついて、


「ナギさん、サヤはどうしてる?」

 訊いてみる。


 その後、二度ほどアスカに行く機会があったが、サヤとは会っていなかった。避けられているのか、たまたまいなかっただけなのか。それとももしかして、自分一人で新宿を目指して村を出て行ったという可能性はあるだろうか……と気になっていたのである。


「ん? サヤ?」

「うん。えっと……元気?」

「元気だが……サヤのことが気になるのか?」


 真顔で問われて、少々慌てる。


「あ、いや。見かけないから、どうしたかなって……」

「そうか」


 まだ疑問の残るような口ぶりでナギは頷いて、


「何があったのか、最近になって突然言葉を覚えたいと言いだしてな」

「えっ?」


 アスカの村で暮らす決心をしたんだろうか。安堵が胸を掠める。


(そうだったら、助かるな)

 考えていると、


「まだまだ会話が出来るには至らないが、多少こちらの言うことが理解できるようになってきたようで……」


 言いながら御者台に座り、ハルの顔をまじまじと見てナギは顎を撫でた。


「どういう風の吹き回しかと思ったのだが……そうか……きみの影響か?」

「ええ? いや……」


 どんな想像をしているのか知らないが、ナギは何かに納得したようだった。


「ふむ……そういうことなら、早く思いを伝え合うくらいの会話ができるよう、もう少し根を詰めさせようか」

「待って。ナギさん、もしかして何か誤解を……」


「おーい。こっちは準備いいぜ」

「ああ。会合に遅れてはコトだ。そろそろ出よう」

 荷台でロボットを縛り付けたロープを確認していたオキとグンジが、声を上げて自分の馬を取りに行く。


「心配するな。オキには機を見て私から伝えておこう」

 そっと耳打ちをするように身を乗り出して、ナギが言う。


「ちょっと待って! 違っ――!」

「任せておけ」


 確信に満ちた表情で頷きながら、ナギは馬車を走り出させる。


(いやいやいや、任せらんないだろ、どう考えても――)


 慌ててハルも馬に飛び乗り後を追った。

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