第42話 探索
この時代にも、自動車というものは数多くないものの存在することはするらしくて、砂漠の村々の入り口までジープで乗り付けてもそれほど警戒されることはない。
が、村の手前で降りる。
そして一切の武器をそこに置いて門に近づくことが、砂漠の村々の人々と平和的に付き合う条件だということは、何度かの「探索」で分かっていた。
トキタとハシバ、スギノ、モリオの四人は、ジープを降りそれぞれの手に麻袋だけを持ってゆっくりと村の入り口に向かう。
門前で麻袋を砂の地面に置いて、トキタは門を守る村人に声を掛けた。
両側に一人ずつ。内側に数人。そこそこの大きさの村だ。
「われわれは、旅の者だ」
ようやく少しずつ必要な会話から覚えた、片言の「現代語」で話しかける。
「可能なら、村の中で少しばかり休息をさせてもらいたい。礼の品はこれだ」
足元の麻袋を示して言うと、門番は互いに軽く顔を見合わせた後、小走りにやってきて彼らの足元に置かれた麻袋を改める。
「武器は持っていないな?」
「ああ。あのジープに銃を置いてきた」
「旅の目的は?」
「商売の相手を探して、村々の見聞がてら遠征を続けている。この村は、なんと言うのかな?」
「ヒヨシの村だ」
「大きい村なのだろうな」
麻袋を改めていた門番の一人が、感心したように声を上げた。
「ほう、見たことのないものばかりだな。これは……」
「魚を調理して、保存用に油漬けにして缶に詰めたもんだ。長持ちするし持ち歩けるから、旅にも便利だよ。市場なんかじゃ時々出ている」
「ふうむ。これは? ランタンの一種か?」
「ああ。足元を照らすのに向いてるんだ。ここを押すと灯りがつく。太陽充電式だから、昼間明るいところに置いておけば夜じゅう持つし、繰り返し使える」
「なるほど……」門番たちは、しばし話し合って、「いいだろう。入ってくれ」
「ありがとう」
招かれて、四人は門を入った。
探索の目的は、周辺の地理と村々の様子、この時代についての情報収集。
都市にある珍しい物品をいくつか持っていけば、村々は歓迎して招き入れ、茶を振舞ってくれる。
この世界では、砂漠を渡ってやってくる人間は武器を持つ者以外は「客」として受け入れられ、もてなしてもらえるらしいということが分かってきていた。
おそらく――とトキタは推測する。
世界が崩壊してからの数百年。新宿をはじめとするシェルターから、二〇六〇年代の文明を持つ人間――それは「避難者」であるかもしれないし、ことによるとどこかのシェルターの「覚醒者」であるかもしれない――が砂漠へ出て行って、村々に技術や物品を分け与えてきた経緯があるのだろう。
そうして伝説のレベルと言ってもいいかもしれないが、「外からやってくる客が、村に富や幸いをもたらすことがある」という認識ができているのではないか。
ただし、それはあくまで「どこかからやってきた素性の知れない旅人」。新宿から来たなどと言えば、たちまち余計な災いを招くことになる。
周辺の村々から、新宿という都市が毛嫌いされていることも、最初の数度の「探索」で分かっていた。
恐れられていると言ってもいいかもしれない。スリーパーたちが眠っている間に、眠らずにシェルターに入った「避難者」が周囲と様々な確執を起こしたのだろう。
「まったく、後で目覚めて外に出てくるあたしたちのことも、ちょっとは考えてくれたら良かったのにね。風評被害もいいとこだわ」
モリオはため息交じりにそう言ったが、都市の人間が現代を受け入れられずに二〇六〇年代の暮らしを続けようとする限り、都市と現代の村々との衝突は避けられないのかもしれない――とトキタも後から思い知ることとなった。
村の入り口からほど近い建物に招き入れられて、茶を振舞われる。
都市の中の保存食の茶と違い、葉から入れる村の茶は香りが高く美味かった。
自分たちの住んでいた場所とは言葉が多少違い、不自由しているのだと説明して、片言を詫びる。
スギノがリュックの肩に付けた機械のスイッチを入れて、トキタに頷いた。外の言語を採取し分析するのだ。
最初の頃に、小型のレコーダーをポケットに忍ばせていたら、それが村人に発覚して武器ではないのかと疑われた。表立って着けていればそれほど怪しまれないことが分かり、技術者であるスギノが改良したものだ。
茶を飲みながら、村の有力者と話して村の情勢や周囲の状況を聞く。
トキタたちからは、もてなしと情報提供の礼に、缶詰や調味料、菓子などといった村には珍しい食糧と、簡単な機械類を置いていく。珍しすぎるものでもいけない。その匙加減も、次第に掴めてきた。
外の暮らしの様子を、スギノやモリオ、ナツキなどは楽しんで積極的に知りたがった。
彼らはいずれ、外に出て現代の人々に交じって暮らしていくのかもしれない。
ムロイは興味を示しもしない。一、二度「探索」についてきて、「こんなところではとても暮らせない」と言ってシェルターに引きこもったまま。だが、孤独に耐えることさえできればシェルターの中で暮らしていくことも不可能ではないと思えた。
不可解なのは、ハシバだった。彼はかつての文明のない砂漠の村々の暮らしを毛嫌いしながらも、毎度の「探索」についてくる。終始不機嫌そうに口を結んで、難しい顔で他人の話を聞いているだけで、会話に入ってこようとはしない。
いまだに現代の言葉が少しも理解できないというわけでもないのだろうから、話を聞いてはいるのだろうが。
モリオが鬱陶しがるのも無理はない。村人たちの手前、もう少し愛想よくしてもらえたほうが助かるのだが、ハシバは他人の思惑などまったく意に介さないのであった。
「下等な村々に媚を売らなければならんなど、不愉快極まりない」
帰りのジープの後部座席に踏ん反りかえって、ハシバは険しい声を上げた。
「だからハシバさん」助手席のモリオが横目遣いでわずかに後部を睨む。「毎度毎度そんなに面白くない顔しながら来るんだったら、もうやめたらいいじゃない。あたしは結構好きだよ、村の人たち。仲良くしたいから、そんな険悪な感じのヤツについてこられると迷惑なんだけど」
彼女は積極的に村の人々に質問をし、気の利いた相槌を打ったり明るく笑ったりする。朗らかで闊達な彼女は、村の人間からも気に入られ、有益な情報を得ることができた。
そうして彼女は、年長者でかつての時代の有力者であったハシバに対しても、遠慮なく苦言を述べる。
「そうだなあ」
運転席のスギノが苦笑する。
「スリーパーがみんな覚醒したら、おれたちも今後のことを決めないとならないわけだから。ぼちぼち、考えておいたほうがいい……だろ? トキタさん」
「ああ」
ハシバの隣で、トキタは頷く。
つまり。この奇跡的に覚醒したわずかな人数で、シェルターの中で暮らしていくか、それとも外に出て、いま探索に回っている村々の人々に紛れて生きるか。
村々の「客」というのは、いまのトキタたちのような短期の休息者だけでなく、外からやってきて村に根付いて暮らしたり、ある程度の期間ごとに村々を渡り歩いたりすることもあるらしい。
そのような生き方をすることも、覚醒者たちには可能だった。
「この感じだと、おれは、外で暮らすのも一考の余地ありだと思うな。最初はびっくりしたけど、村人たちの暮らしもそんなに悪い環境じゃないみたいだし、やっていけないほど不便なこともなさそうじゃないか」
「あたしもそう思う。あのシェルターで一生暮らす? そのほうが無理。そりゃ、全員無事に覚醒して新しい社会ができるんだって思ってた時は、シェルターの中で暮らすのもいいかなって思ってたけど、今となっちゃ、ね。毎日同じ面々と顔を突き合わせて、新しい話題って言ったらだれかが死んだことくらい。やってらんないわ」
「おいおいモリオ先生。だから、そういう言い方はするなって」
「ごめんなさーい。だけど、医者として未来の人間の役に立ちたいってそれなりに崇高な理念を持って眠ったのよ、あたしだって。それが自殺者の死体検分ばっかりじゃ。もういやになっちゃった」
いやになった、とは言いながらも、死を選んだ覚醒者たちや常に鬱々として周囲に当たり散らしているムロイのような悲壮感は、彼女にはない。もともと身寄りもなく、眠りにつくことに抵抗はなかったという。
一緒に眠りについた者のほとんどが死んでしまったと知った時こそショックだっただろうが、外でも人の暮らしが続いているということが分かってきて希望が湧いたらしい。
スギノも似たような心境になっているようだった。
だが――。
「正気とは思えん」
フン、と嘲笑のような息を漏らしながら、ハシバが苦々しい声で言う。前の席で先ほどの村の話に花を咲かせようとしていたスギノとモリオは、言葉を止めた。
「都市の中にはあれだけの文明があるのに、好きこのんでこの低俗な社会で暮らそうというのか。嘆かわしい」
「『あれだけの文明』があったって、だれも暮らしてなきゃ意味がないって言ってんの。それよりも、外ならこの時代でだってあたしの知識を役に立てれると思うな」
「うん、おれも……前時代の知識を現代に役立てながら暮らしていくのは、悪くないと思うなあ」
「都市の中に、社会を作ることができるとしたら、どうだ?」
腕を組んで砂の地平線の向こうへと目をやりながら、ハシバがぼそりと言葉を落とした。
「はあ?」
「それ、どういうことですか、ハシバさん」
「そのままの意味だよ」
「は……だって、これから全員起きたって、十数人しかいないんだよ? どうやって社会を作るっていうのよ。あたしたしが外に出るほうが、よっぽど現実的でしょ」
「われわれが外に出るという選択肢があるのなら、外の人間が中に入るということだって考えられるだろう」
ええ? とスギノとモリオは不可解な顔をした。
外の――現代の砂漠の村に生きている人々には、特段その暮らしに強い不満を持っている様子は感じられない。都市の中に素晴らしい文明があると説得されたところで、都市への拒否感、嫌悪感を払拭してでも中に入ってこようとするなど考えにくい。
現実的な意見とはとても思えず、現状、ハシバのその「可能性」に興味を持つ者はいなかった。
「カナイ・ヒロシさん」
呼びかける声に、答えはない。
目を薄っすらと開け、うとうとと瞬きを二、三度。そのほかに、動く部分はない。まだ覚醒しきっていない男にもう一度呼びかけ、反応がないと見ると、装置と点滴を確認してトキタはベッドを離れた。
覚醒を始めて四日。
そろそろ短い会話ができても良さそうな頃合いだが、それが遅れていることに不安よりも安堵が勝るのを認めざるを得なかった。
起きれば――。遅かれ早かれ、この状況を話さなければならない。
スリーパーを覚醒させるという作業が、これほど辛いものになるなど、眠る前は想像もしなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。
新しい時代にスリーパーたちを次々と覚醒させて、シェルターの中にコミュニティを作り上げていくのだと。わずかな数の管理者で二千人以上を覚醒させるのだから、一人一人の覚醒に立ち会う時間は多くはなく淡々とした「流れ作業」にならざるを得ないかもしれないと。
そんな風に想像していたかつての自分が、滑稽に思えた。
「まだ? カナイさんは」
訊きながら、モリオもどこかほっとした様子を滲ませている。
「ああ。だがそろそろはっきりしてくるだろう。リハビリの準備にかかろうか」
覚醒に数日から一週間ほど。その後のリハビリにも個人差はあるが、歩けるようになるまでそれほど長くは掛からない。肉体の変化を完全に止めるコールドスリープは、例えば病気やケガで長期間体を動かさなかったのとは違い、筋力にさほどの劣えはないのである。
一般向けには起こすタイミングに個人差があると説明しているが、正確に言えば、タイミングは装置の維持機能の状態に左右される。カナイは、この新宿のシェルターの中で久々に「起こし時」を迎えたスリーパーだった。
最初の数人が目覚めてから、一年以上が経っていた。十五人が目を覚まし、六人が死んだ。
「こんどの彼は、どんな顔をするだろうね」
特段の感情のこもらない口調で、モリオは独り言のように言った。
「トキタさんも、イヤな役回りになっちゃったね」
「……この狂ったプロジェクトを推進させた罰だと思っているよ。仕方ない」
「罰を受けて欲しい人はほかにいるみたいだけど。そっちはなんとも思ってなさそうね」
ハシバと周囲の対立は、ますます深刻化していた。
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