第31話 説得

「先に言っておくけど」ハルはため息交じりに、「戦果は攫われた子供たちの奪還。それだけだよ。いた場所に帰るだけだから、分担なんて考える必要ない。それから――どこかの村が主導権を取ることが必要なんだったら」


 みんなの視線が集中していた。ハルはナギへと顔を向けて、


「アスカに頼めるかな」


「ああ。いいだろう」

 ナギは大きく頷いた。

「任せてもらって構わない。みなも、それで異存はないな?」


「よし、これでいいだろ? 次行こう」

 ざわついた場の雰囲気をさっさと払拭するように、オキが声を張った。


「分かったよ。んじゃ、三つ目の条件は?」

 ミノワの若い男が促す。


 小さく息をついて、ハルは目を上げた。

 本格的に、あちこち痛くなってきた。代表者たちとの会合の場。初めての顔合わせに少々緊張していたのか、少しの間ケガのことを忘れていたのだが。


「三つ目は」声を上げると胸のあたりが痛んだが、あと少しだと自分に言い聞かせ、「準備の進行と、決行の時期は、すべて都市にいる主導者の判断に任せること。おれが取り次ぐ。準備は全部こちらで決めた段取りに従って……時間はかかるけど、主導者から決行の合図があるまでは、絶対に指示したこと以外はしないで欲しい」


 会議のテーブルが、再びざわつく。

 イグサの老人が、また少々眠たげな声で、


「その準備とやらには、だいたいどのくらい掛かるのか? 決行は、いつ頃かな」


「早くて次の次の雨季の前には」


 答えると、また代表者たちがざわめきだした。


「もう少し早くならんかな。私ゃ見ての通り、老いぼれでな。生きてる間に孫にもう一度会いたいんだが」

「あたしんとこの長老はもっと歳だよ。というかさ、イグサはなんであんたみたいな老いぼれを寄越したんだよ。次からイキのいいのを連れてきなよ」

「タエ、口を慎めと言っているのだ。ここで子供みたいな喧嘩をしてどうする」


「しかし、それほどまでに時間がかかるとなるとなあ」

 タバタの男が言うと、隣のシムラも頷いた。


「ああ。ハル。うちの甥っ子の、まだ読み書きも覚えられないくらいに小っさかったのがな、ぼちぼちあんたと同じくらいの大きさになってるんだ。早く親に合わせてやりたいよ」


 ハルは腕を組んで、視線を宙に上げた。


(おれだって、さっさと終わらせたいよ)


 一年以上もかけて準備をするなんて、トキタから聞かされた時は耳を疑った。


『はあ? あんたホントにやる気あんのかよ!』

 文句を言うハルに、トキタは必要な武器と火薬の量を示したのだ。


「……さっき説明した量の武器を運び込むのに」

 めんどくさいな、と思いつつ、ハルは再度説明する。

「そのくらいの時間は掛かるって計算だ。都市に武器を運び込める機会は三十日に一回。次の次の雨季までだって、もう二十回もない。しかも一度に大量に運べば目立つし大人数で行くこともできないから、少しずつ持ってかないとならない。これ以上早くはできない」


 まだ不満そうに、それでも黙る一同。

 オキがそれへ向けて、テーブルの上に大きな体を乗り出した。


「村のほうにも、問題があるぜ」

 今度は全員の視線がオキに向けられる。

「全部の村が完全にいま持ってるありったけの武器弾薬を提供すりゃ早いかもしれねえが、村の武器庫がすっからかんになっちまったらあんたらだって不味いだろ? そうなるってぇと、新たに調達しねえとならん。だが、一度にたくさん買うこともできねえ」


「村が武器や火薬を新たに購入できる量には、限りがあるのだ」

 ナギがハルに向けて注釈する。

「ひとつの村で、通常よりも多くの武器を仕入れれば、周囲に警戒されて要らぬ波風を立てかねない。近隣の村同士の助け合いは必須だが、かと言って村々の関係は無邪気な信頼だけで保たれているわけではないのだからな」


「けどよ、オキさん」ミノワの若い男が、同じように身を乗り出した。「それだけ気長に武器を提供し続けて、途中で計画が打ち切りになっちまう心配はねえの? そしたら俺ら、武器を巻き上げられただけで丸損じゃん」


「そっちの坊やとその『主導者』ってのが、あたしらから武器を巻き上げようとしてるって可能性もあるよ」

「そうだよ、そもそもその、シンジュクが武器を調達するためにおれたちが利用されているんじゃないのかい?」

「ううむ……言いたくはないが、ハルとやら、そうではないということを、どうやって証明できる?」

「ああ。われわれがオキやナギの顔を立てて納得したとしても、ほかの村から同様の疑惑を抱かれないとは言えないぞ?」


「それは、それこそ信用してもうしかないけど」

 口々に言う代表者たちに、ハルは肩を竦めた。


「せめて、そのシンジュクの主導者ってのに会うことはできないのかい? そいつのこと信用してるみたいだけど、オキさんだってナギさんだって会ってないんだろ?」

 ミノワの男が、オキとナギ、ハルの三人の顔を見比べるように言った。

「『それこそ信用するしかない』としたってさ、会って信用できるかどうか判断したいもんだよ」


 オキは椅子に踏ん反りかえって、「ううん」というような唸り声を上げると、ハルに「どうする?」というように目を向ける。


 少し考える。トキタが外に出てくることはできないにしても、地下通路の出入り口まで出てくれば村人と会うことは不可能ではない。だが、都市への経路を多くの者に知られるわけにはいかない。待ちきれなくなった村人が、ハルたちを抜きにして実力行使に出ては困るのだ。

 いずれ火薬の運び込みにハルのほかに数人で出向かなければならないとしても、それはオキやナギ、あるいはグンジあたりに絞ったほうがいいだろう。


「まず……」

 斜め下に目をやって、考えながらハルは口を開いた。

「シンジュクにいる主導者は、外に出られない。それから、あんたたちがあそこに入ることもできない。運び込みは、入り口の指定されている場所までだ」


「おれたちが入れないって? じゃあハル、あんたはどうして?」


「あそこは……」また少し考えて、「大人の数はそんなに多くなくて、動きは管理されている」


 トキタとハシバの二人しかいない、とは言わないほうがいいだろう。


「おれは、村から攫われた同じくらいの年齢のヤツらがたくさんいるから、そのエリアに紛れ込むことができる。そこで、都市の主導者と会える」


 それぞれが唸り声のようなものを上げる。それ以上の反論をすぐには思いつかない程度には納得しているが、やはり不満も残ると言った具合か。


(そうだよな……)


 シンジュクが武器を手に入れるために村を利用しようとしているという発想は、さんざん煮え湯を飲まされてきた村々では当然のことだろう。むしろオキやナギがハルの話を信じてくれたことのほうが、奇跡に近かったかもしれない。

 あの世界を滅ぼしたほどの文明を保存している都市が、村の時代遅れの武器や火薬を必要とするはずがないのだと、知らなければ――。


(そもそも、攫われた子供を取り返したかったら、自分たちで武器を用意して乗り込んで来いって言ってるのと同じだもんな)


 内部の人間の計画と手引きがなければ村人たちはシェルターに近づくことさえできないとはいえ、都市の計画者に都合の良すぎる話だと思われても仕方ない。提供した武器がたとえ目的通りに使われるにしたって、村人たちには面白い話ではないだろう。


 しばし停滞した空気を吹き飛ばしたのは、唐突に立ち上がったオキの野太い怒鳴り声だった。


「ああ、ああ。分かったよ。てめえんとこの村の子供たちの奪還よりも武器弾薬が大事だって思ってるヤツは、今すぐここから出てってこの話は忘れてくれよ。話が先に進みやしねえ。子供らは協力できる村だけでちゃーんと取り戻して、あんたらそれぞれのとこに返してやるからよ」


 一同は、気圧されたように静まる。


「おれは、この計画に賭けるぜ。このハルと、そのシンジュクん中にいる主導者ってのを信用するさ。理由はねえ。カンだ」


 言い切って、オキは一同を眺め渡す。


「いいか? その読み書きもできねえぐらいのチビが、このハルぐらいの大きさになるまでの長げえ長げえ時間の間にだぞ、子供らを村に取り戻す方法を思いついたヤツがこん中にいるか? でたらめに突っ込んで見回りのヤツらに撃ち殺されて村の人間減らす以外の方法だぞ? なかっただろうよ、今の今まで一個だってよ!」


 だったら、とオキは隣のハルを手で示して、


「こいつの計画に乗るしか手はねえ。あのデカいハコん中のヤツが計画立ててくれるってんだぞ? こんな機会がほかに考えられるか?」


 言い放って、オキはどすんと大きな音を立てて椅子に座った。


「そりゃおれだって、早く息子に会いてえさ。けどな、これだけ待ったんだ。あと少しぐらい、おまけみてえなもんだろ。やることがあるだけマシってもんだよ」


「そう――」テーブルの真ん中あたりに視線を据えて、ナギが静かに声を上げる。「こんな機会は今までなかった。われわれはあの大きなハコに豆鉄砲で挑んで、たくさんの犠牲を出した。『計画』と言えるのは、今回が初めてだ。――ハル」


 呼びかけて、ナギは強いまなざしをハルへ向ける。


「きみは『協力して欲しい』と言ってやってきたが、違う。われわれが、きみに協力を求めるべきなのだ。どうか、あの都市から子供たちを取り戻すために力を貸して欲しい」


「――うん」ナギに頷き返し、「いいよ」


 集まった村の代表者たちも、そこからは不満の声を上げる者はいなかった。


 けれど――と、ハルは思う。

 トキタの真の狙いは、都市を破壊すること。子供たちを村に戻してやりたいという思いに嘘はないし、安全にそれを遂行するためにこの計画が最善であることは確かだろう。だが、村人たちの目的である「子供たちの解放」は、トキタの最終目的ではないのだ。

 もしも村人たちが、それほどの時間と労力を掛けずに子供たちだけを奪還する方法を思いつくことがあっては――その可能性はかなり低いのではあるが――、トキタの計画は達成されない。都市の中枢機能を破壊できるだけの弾薬と人員を集め決行するという彼の計画。ほかに手はないのだという考えに、どうにかして村人たちを導かなければならない。


(それでいいのか?)


 トキタの目論見を叶えるために、ナギに「協力してくれ」と言わせても? 時間を掛けている間に、大事な人に会えなくなる者がいても? 準備にかかる長い時間の間、村の人々に不都合を強いても?


 それに、おれは――。

 そこまでの長い時間、本当にこの計画に付き合うのか?


 いや――決めたんだ。

 ハルがここで迷いを見せたら、村人たちはついてこない。


 全員に頷きかける。

「条件は、それで全部だよ。呑んでもらえるんだったら――子供たちを、取り戻そう」


「おお。頼むぞ。みんなもな」


 オキやナギたちの信頼は、肌に心地よく、一方で重かった。

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