第30話 代表者

 あちこち痛みはするが、歩けないほどでもない。ハルは久しぶりに起きだして、アスカの門に近い集会所へと向かっていた。


 アスカにやってきてから一週間は経っていると思う。最初の数日はうつらうつらとしていたので、日数の記憶があいまいなのだが。

 早くヤマトに帰りたいけれど、まだ馬に乗るのは厳しいだろうか……と考えながら、砂の除けられた道を歩いているところで。


「おおハル、おはよう」

 アスカでは入村も顔パスらしいいオキが、門の内側まで馬で乗りつけて、体格に似合わぬ身軽さでひらりと馬を降りながら声を上げた。

「動いてて大丈夫なのか?」


「うん。オキさんこそ、毎日来てて大丈夫なの? 村の仕事は?」

「優秀な村のモンがやってるってよ。おれは今だけこっちに専念だ」


 ハルを心配してくれているのか、オキは毎日アスカに顔を出す。その傍らで、ネリマに話をつけ、ほかの村にも声を掛け。

 この数日でオキとナギが根回しをして集めた、いくつかの村の代表者が、アスカへと詳しい話を打ち合わせに来るという日だった。


「ああ、ハル。それにオキ、こっちだ」

 外の声を聞きつけたのか、ナギが建物から顔を出して手招きをする。


「西側じゃあ、シムラ、イグサ、あとフジミって村に声を掛けた。とりあえず、離れたとこからだな」


 シンジュクから遠いところから根回しするのがいいだろう、という作戦だ。


「こん中じゃ、ネリマとシムラが大手だな。次にイグサ。フジミは規模は小さいが、懇意にしてるんで早めに声を掛けた。武器も人間の数も多くはねえから準備のほうはそんなに期待できねえが、できる範囲で協力したいってよ」

 椅子に腰かけて、オキが状況を説明する。

「今日はシムラとイグサが来る。でよ、南の村はヤマトとのほうが付き合いが濃いとこが多いから、グンジに打ち明けてから手分けして回ろう」


「東側では大き目の村で、タバタ、ミノワ、イリヤ。それとまだ声を掛けていないところでは、カスガとヨダの村が大きい。あそこらはシンジュクにも近くなるので少々躊躇っているのだが、大きいだけに攫われた子供の数も多い。早めに話を通したほうがいいな」

 窓際で窓を背に寄りかかり、ナギは腕を組んで言う。


(……ヨダって、どこだ?)

 眉を寄せて、考える。かつての東京の地名に、そんなのがあっただろうか?


「それからさらに南に行くと、規模の大きさではオオイあたりか。軍備が期待できるのはシバだが、このあたりに声を掛けるのは少し話が固まってからでいいだろう」


「ああ、時期を見ねえとなあ」

 頷いて、オキはハルに向けてひそひそ話をするように手を口元に添えた。

「ハル、あんたも思ってる通り、ほかと足並みを合わせられねえせっかちなヤツや、びっくりするくらいに口が軽いヤツもいる。とりあえず今のところは、信用できそうな村にだけしか声を掛けてないぜ」


「ああ、こちらもだ。資材の調達や人員の確保だけを考えるなら、ギリギリまでは最低限の数でやるべきだろう。ただ村に子供たちを帰すとなると、遠からずほかの村にも事情は通さなければならなくなるがな」


 腕組みのまま、ナギは俯き気味にため息を落とした。


「ああ!」

 思いついて、ハルはつい声を上げていた。


(ヨダって……そうか)


「あ? なんだい、嬉しそうにして」

 オキが片方の眉を上げる。


「ご、ごめん、なんでもない」






 オキとナギ、そしてシムラ、イグサ、タバタ、ミノワ、イリヤ、各村の代表者とハルが、大きなテーブルを囲んで向かい合っていた。それぞれの村に話を通したオキとナギが、ひと通りの人間を紹介する。

 シムラとタバタは、オキたちと同じくらいに見える壮年の男。イグサはもっと高齢で、ミノワはいくぶん若そうだ。紅一点、イリヤは二十代後半と見える女だった。


「それで――そこの坊やが、あたしたちの子供らを取り戻してくれるっての?」


 イリヤの村の女が、ぶっきらぼうな調子でハルを指さした。


「あー、タエよ」オキが苦々しい顔で応じる。「ハルはあくまで、この話を計画する……? というか、計画した人間とおれたちを繋ぐ……? ってことだ。こいつ一人にやらせるわけじゃねえよ。実行に移せるかどうかは、おれたちが、やるかやらねえかってことだ」


 集まった村人たちは、全員が全員とは言わないまでも、それぞれにある程度の顔見知りか、またはそれ以上の懇意の仲かであるらしかった。

 紹介をしたのは主にハルのため。あるいは一人二人は知らない者のため。話し合いが始まると、改まった会合というよりは砕けた調子のやり取りになった。


「ふうん。そりゃ、返してもらえるんなら、なんだってするつもりはあるけどさ。そこの坊やに顎で使われたってね」


「タエ、口を慎め」ナギが女を睨みつける。「私たちだけでは、子供たちは取り戻せないんだぞ。何度も考えたことだろう?」


 小さく鼻を鳴らして、タエはテーブルに頬杖を付きそっぽを向いた。


「いいけど。別に」ハルはそんなタエを横目に見ながら、「だけど、条件が三つある」


 砂漠の村の代表者たちの視線が、集中した。タエも頬杖の体勢でそっぽを向きながら、目線だけハルに寄せる。


「まず、都市から解放された子供たちを、全員、どこかの村で受け入れてくれること」


 オキやナギとはすり合わせ済みの条件だった。そのひとつ目を、ハルは挙げる。


「親と会えない子もいるかもしれない。だけど、それはみんな、あんたたちの村で『客』として受け入れて欲しい」


「客、だと?」

 タバタの代表者という四十前後の男が、不可解そうに眉を寄せる。


「そう」ハルはひとつ頷いて、「都市の中で、労働とはかけ離れた生活をしてるからね。労働力として期待されると困る。家と食事を提供して、あとはその子らの好きにさせてやって欲しいんだ」


 ふうむ、と代表者たちはそれぞれに唸り声を上げる。

 そのそれぞれの表情を見渡しながら、


「村や親たちは自分のとこの子供が帰ってくれば満足だろう? だけど、子供らは全員、選択の余地もなく知らない場所に放り出されるんだ。それで不幸になるヤツがいるんだったら、この計画は実行できない」


 一同は、軽く顔を見合わせる。


「いいよ」最初に答えたのは、ミノワの若い男。「子供らが帰ってくれば、村にとっちゃそれが一番嬉しいことだしね。あとちょっと食い扶持が増えたって、どうってことないよ」


「まあ、そうだな」タバタも低い声で同意する。


「最低でも――」オキが声を上げた。「ここにいるおれらの村で、親の見つからない子供は全員引き受けよう。悪い考えで子供を手に入れようとしてる村に持ってかれねえようにな。あんたらのことは信用していいだろ?」


「ああ」「そうだな」と、全員が頷くのを待って、ナギが「二つ目の条件だ」と促した。


「うん。さっきナギさんから紹介してもらったように、おれはヤマトの客なんだけど。ヤマトはこの計画で、武器や人材の調達には加わらない」


「ん?」一つ目の条件は最初に同意したミノワの男が、眉を上げる。「自分のとこからは、何も出さないのかい?」


「はあ? それであんた、あたしらに全部やらせようっての?」


「ちょっと待て。話を聞こう」シムラの男が、冷静に声を上げる。腕を組み、ハルの顔を正面から見据えて。


「ヤマトは、シンジュクから一番近い」ハルはテーブルに片腕を載せて一同を眺め渡す。「都市の哨戒の連中が、目と鼻の先までやってくるんだ。そこに武器を用意したり、これまで以上の人の出入りがあったら、都市にバレる危険がある。おれが連絡のためにヤマトとシンジュクを往復するのだって、綱渡りだしね」


「うむ。まあ、分かる」これにはタバタが同意を示した。


「ヤマトが危険ってだけじゃないよ。万一ヤマトで不穏な動きがあるのを悟られて、シンジュクが警戒を強めたりすることがあったら、計画はすべて白紙に戻るんだ」


「ううむ」一人だけ年長のイグサの老人が、唸るように言って半分寝言みたいなのんびりした口調で、「ヤマトには、知らせずにことを行うということか?」


「いや。代表者――少なくともグンジさんには話すし、周囲の村への呼びかけには協力してもらえるんじゃないかと思うよ。ただ、みんなに頼んでる軍備や人員をヤマトからは提供しないってことは、認めて欲しい」


「ネリマはそれで構わねえよ」

「アスカも、同意した」

「ここにいる連中を中心に、武器も人間もたくさん持ってるとこから出しゃ、構わねえだろ」


「だけどさ、村同士の序列関係はどうすんの?」タエが不満げに口を挟んだ。「最初の説明から言って、ヤマトが主導権を取るのかと思ったんだけど。ヤマトからは武器も出さないってなると」


 これだよ……。ハルは不快感に眉を寄せた。


「それ、必要? 序列とか」


 みんなで協力し合わないとって話をしているというのに。村ごとの優劣をつけようとするのか。


「一番にだれに従ったらいいのかは、訊いておきたいよね。それから後の、戦果をどう分担するか」


 同意が半分、どうでもいいだろうという反応が少し。少しの間、会合の場がざわめいた。


(たった八人の、しかも最初の話し合いで、これか)


 気分が悪くなってきた。

 それと同時に、体のあちこちの痛みを、思い出す。


(なんか、疲れる……)


 大きく息を吐きだして、目を閉じたハルに、


「おい、大丈夫か?」

 横からオキが小声で訊く。


 反対側の隣で、ナギも少しばかり心配そうに目を向けていた。

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