第28話 計画

(まただ……)


 見慣れない天井をぼんやりと見上げて、はっきりとしない意識の中で思う。


 また、知らない場所で目を覚ました。

 一体どうなってんだ、この世界は。


(おれ、生きてるのかな)


 体の自由が利かず、不安になって腕を上げてみる。そのまま両手を顔の前まで持っていって。

 良かった、動く。少なくとも指はケガをしていないようだ。

 腕や頭や顔に、包帯が巻かれたり湿布のようなにおいのするものが貼られていたりするのが分かった。


 はあ、と重い息を吐きだした。


 額に冷たいものを載せられているのを感じて、触ってみる。持ち上げると、水に濡らしたタオルだった。


(タオルって、あるのか……)


 ヤマトの村では、タオルの役割を果たすものと言えばガサガサするシュロの皮の編み物か、薄っぺらいさらしの布みたいなのしか見たことがない。


(タオル、便利だよな。どこで手に入るんだろう)


 またぼんやりと、目を閉じた。

 ここはまだ、アスカの村なんだろうか。

 アスカの村でも自分は、傷など手当されて額にタオルを載せベッドに寝かされるくらいの待遇をしてもらえるようになったんだろうか。


 軽い足音が聞こえて、重いまぶたを持ち上げてみると、部屋の入り口の脇にハルと同じくらいの歳格好の少女が立っているのが目に入った。この村には、この年頃の子がいるのか?


 目が合うと、少女はさっと入り口の陰に隠れ、続いてぱたぱたと走り去っていく音。

 オキの娘といい、彼女といい。おれ、そんなに怖いかなあ。


 それで、思い出す。オキがいたのだ。話を聞いたと言っていた。ハルの無謀な行動とその目的は、彼からヤマトに伝わってしまうだろうか……。いずれにしても、あのナギという男が協力してくれそうには見えなかった。

 この大きな村が味方に付けば、それだけで数カ村分の力になるかと思ったのだが。


(どうするかな……)


 考えていると、今度は複数の足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。


「おおい、目が覚めたって?」

 大声で聞いてきたのは、オキだ。

「どうだい、気分は」


 最悪だよ。そう答えようかと入り口に視線を向けると、オキの巨体の後ろから複雑な顔をしてついてくるナギの姿が目に入った。


 ずれ落ちたタオルを拾うと、オキは分厚い大きな手をハルの額に当てて、フン、と鼻を鳴らした。それから枕元に置いてあった盥でばしゃばしゃと雑にタオルを濡らして、ろくに絞りもせずにまたハルの額に載せる。

 これじゃびしょ濡れではあるが、冷たくて気持ちが良かった。


「あんた、丸三日も眠ってたんだよ」

「……三日?」


 驚いて、思わず飛び起きようとして、体中の痛みに「ううぅっ」と声が漏れていた。


「おっと。まだ寝てな」

 オキに優しく肩を押さえられベッドに引き戻される。


「グンジさんたちに、そんなに長く留守にするって言ってこなかった」

 痛みを堪えて、ハルはオキに訴える。

「心配してるかも。帰らなきゃ」


「ああ。そのことなら」とオキは軽く背後の男を振り返る。


「ヤマトには、すでに遣いを出した」

 いささかバツの悪そうな顔で、ナギが会話を引き取る。

「きみのことは、ちょっと用事があってアスカでしばらく預かると、礼の品を持たせてな。傷が癒えるまで、ここでゆっくりしていくといい」


「……それは……ご親切に、どうも」

 ため息をつくだけでも胸に激痛が走るのを耐えて、精いっぱい皮肉を込めて、

「何日か動けなくなるくらいに叩きのめしてやったって、ちゃんと伝えてくれた?」


 苦い顔をしたナギの横で、オキが「はっはっはっ」と豪快な笑い声を上げた。


「いいぞ、もっと言ってやれ。危うく殺されかけたんだかんな。遠慮するこたねえぞ」


 ナギはオキをひと睨みして軽く息をつくと、

「……申し訳ないことをした」

 深く頭を下げた。


「あっはっは、簡単にゃ許すなよ? ま、その体じゃ当分は馬に乗って帰るのは無理だ。急ぎたきゃ荷馬車を出すが、それでも揺れるしかなり堪えるぜ? せいぜい美味いもんでも食わせてもらって、のんびりしていけ」


「……オキさんは、どうしてここに?」

 聞くと、オキは近くの椅子を引き寄せベッドの横に腰を下ろした。


ネリマうちアスカここと交流があるのよ。アスカはちょっと変わった特産物が多くてさ、ネリマを経由して西のほうの村に卸すんだな。ま、そういうこともあって、おれはこいつ、ナギとは昔っからの馴染みでな。ちょいちょい顔を出してるんだ。あの日はたまたま商売の話できたら、門の中で騒ぎが起こってるって聞いてよ」


「きみのことを心配して、それから毎日通っている」

 ナギはため息交じりに言って、目を伏せた。

「おかげで私は、毎日説教をされている」


「で、だ。ハルよ。辛かったら無理しなくていいんだが、いま少し話せるかい?」

「いいよ。シンジュクの話?」

「おお。その。本当なのか、……子供らを取り戻せるってのは?」

「うん」

「どうやって……いや、その前にあんた、なんでそれを?」


 椅子に座ったオキが、覗き込むようにしてこちらを見ている。その肩越しに、ナギも真剣なまなざしを向けてきた。


 ハルは少し考える。寝起きのこのぼんやりした頭で、上手いこと説明できるだろうか。ありのままを打ち明けるなら簡単だが、そうも行かない。そう、ハルとトキタの正体を隠して、それから村の連中が先走った行動に出るようなことは言わないように、だ……。

 一度、目を閉じて大きく息を吐きだす。


「おい、無理はしなくていいぜ? 後にするかい?」

「大丈夫」


 実際辛いのだが、早く話を済ませたいのも本心だ。


「以前――、ツルミの村からシンジュクに商売に来たっていう隊商を、ヤマトの村で助けたことがあって」

「ああ、グンジから聞いたことがあったな。毒虫に刺されて片腕を落としたってヤツだろ?」

「そう。その人たちからシンジュクのことを聞いて、行ってみたんだ。もしかして商売の相手になるんだったら、ヤマトは近いから便利かなって思ってさ。そしたらそこで、あの都市の中に住んでる人間と会って」

「あの都市に住んでる? どんなヤツだい?」

「じいさんだよ。あの都市には、大人がごく少しと、村から攫った子供たちが住んでる。都市に住んでた大人が、村の子供たちを連れ込んで人口を増やして、シンジュクの中に新しい街を作ろうと思ったんだ」


 オキとナギは、揃って「ふーむ」と大きく唸るような息を吐きだした。


「で、おれがあったそのじいさんは、その企みに反対して。村から連れて来た子供たちを解放しようと計画を立てている。けど、それを実行するのはじいさん一人じゃ無理だし、都市の人間は都市の外に出ることができないから計画だけあっても動きが取れない。だから、村の人たちとの橋渡しをしてくれないかって頼まれたんだ。つまり……子供らを攫われた周囲の村に、計画を伝えて協力を募るのを」


「あんたはそれを、引き受けたのか?」

「そのつもりだけど。信じてもらえないかもしれないけど」


 とナギを睨むと、長髪の男はやはり気まずげに目を逸らした。


「けど、それにはたくさんの村の協力が必要になる。火薬と、武器と、人手と、それから時間もかかる。都市の中で必要なものを調達しようとすれば、中枢の人間にバレるから。そのじいさんが内側から手引きをするから、外の村から武器と人手を提供して欲しいってことなんだ」


「そうか……けど。結論から言って……」


 言いながらオキは真剣な目をして、さらに身を乗り出した。


「可能なんだな?」


「うん。必要なものさえ揃えば、決行自体はそれほど難しくない。ただ、ものすごく周到にやらないとならない。準備に時間がかかるわけだけど、その間に都市に知られたら計画は白紙に戻るから、大勢の人に知られるのも不味い」


「それで、村の有力者のごく少人数で話をすり合わせたいってわけだな?」

「そう」

「ふうむ」


 またひとつ唸って、オキは軽く首を傾げた。


「だがハル、なんだっていきなりこのアスカにやってきたんだ? グンジには言ってないのか?」


 ハルもまた少し考えて、


「これはヤマトだけじゃ無理なんだ。武器も人も、足りない。だけどグンジさんに先に話したら、周りの村の協力が集まらなくても自分たちだけでやろうとするだろ?」


「まあ、ヤツぁそうだろうな」


「だから、先にほかの村の――できるだけ大きな村の協力を取り付けようと思ったんだ。グンジさんたちに先に話が行くと不味いから、あまり交流のない村から交渉を始めようと思った。いくつか協力してくれる村が見つかって実現の目処が立ったら、話そうと思ってたよ。けど」


 覗き込んでくるオキと、視線を合わせる。


「グンジさんに、知られちゃったかな」


 すると、オキはハルを安心させるかのように柔らかく笑顔を作った。


「グンジにゃこのシンジュクの話のことは言ってねえよ」

「え、そうなの?」

「ああ。グンジはあんたに目を掛けてるし、知ってりゃ一人で来させやしなかっただろ。だから秘密にしてるんだろうと思ってよ。なあ、ナギ、ヤマトにはこの話――」


「ああ。伝えていない。きみにはこちらで手伝ってもらいたいことがあって、少し借りたいと言っただけだ」

「半殺しにしたなんて伝えたら、大変だもんなあ。はっはっはっ」


 ナギはむすっと口を引き結んで目を閉じた。

 この三日間、オキにこの調子で相当苛められたんだろう。ハルとしても、多少は留飲が下がる思いだ。


「良かった……」

 ヘンな方向からヤマトに話が伝わっていなくて。ほっと息をついていた。


「ま、その話は分かったよ。で、シンジュクから子供を取り戻すってのは? 具体的にはどうするんだい?」


 ここからが、大変だ、とハルは思う。二〇六〇年代の文明を、この時代の人たちは理解できないだろう?


「平たく言うと、都市を物理的に破壊して人が住めないようにするんだ。いろいろと、その……思うかもしれないけど、たしかに方法はそれしかない。そのためにかなり回り道になって、時間がかかるんだけどね」


「今すぐ奪還ってわけにはいかないのかい?」


「ああ。都市を破壊しないことには、奪還を強硬に阻止しようとしてくるヤツらと全面的にやり合わなければならなくて。都市は人数は少ないけど、兵力はそこらの村より段違いに大きい。だからそれだと村の人たちにもたくさんの犠牲が出るし、何より子供たちが無事に全員救出できない可能性が高い。それに、もう住めないくらいに破壊しない限りは、また同じことをしようとするだろうって、そのじいさんが」


 ここなのだ。問題は。

 トキタは一、二年の準備期間が必要だと言っていたが、子供たちを一日も早く取り戻したい村の人々が、それほど悠長な作戦に付き合ってくれるかどうか、厳しいところだろうと思った。

 都市を支配するコンピュータシステムを破壊しないと無理なんだ。と言って理解してもらえれば楽なのだが。


「だから、都市の……中枢を破壊するための火薬と武器を、都市のすぐ近くまで時間をかけて少しずつ運び込む。一気に運べば都市の側に警戒されて計画がバレるから、何回もに分けてやらなきゃならないんだ。けど、焦らずにやれば、確実に安全に子供たちを取り戻せる」


「ううむ……」と難しそうな顔で唸って、オキは腕を組む。「そのじいさんってヤツは、たしかに信用できるヤツなのかい?」


「うん……」

 改めて聞かれると、ちょっと考える。おれはいつから、トキタのことを「信用できる」なんて言えるようになったんだ? あの悪人を? けれど――。ヤツは大悪党だし、話はまどろっこしいしいちいち勿体ぶるし、まだ隠していることも多そうだが……嘘はついていない。

「この件に関しては、信用していいと思うよ」


 そう言うと、オキは軽く横に立つ男を見上げ、軽く視線を合わせた。

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