第23話 ハリボテの街

 毎度トキタの思うように付き合わされているのは腹立たしいが、ニーナの子をはじめ村の子供たちがどんな暮らしをしているのかは気になるところだ。ハルはトキタに続いて、長い廊下を歩き大きなエレベータに乗ってその階層に足を踏み入れた。


 エレベータホールから広場に出て、目を見張る。

 眼前に、街が広がっていたのだ。


 シェルターという建物の中であるにも関わらず、そこには建物がある。いや、しかしよく見ればそれは、「街を模した舞台装置」と言った風で、奥行きも広がりもなくどこか現実味がなかった。

 建物のファザードだけを、吹き抜けの広場の周りに並べてあるのだろうか。


 過去に両親に連れられていって鑑賞した舞台の、あれはオペラだったか、ミュージカルだったか。舞台の上に、家やアパートが並べられていて――それに比べれば、実際に鉄筋コンクリートでできている分、書割りのような安っぽさはないが。


 空には到底及ばないものの天井は高く。太陽とは比べ物にならないものの、明るい照明が広場と周辺の建物を照らしていた。


「これは――」

 ぐるぐると周りを見上げながら、ハルは思わず呟いていた。


「冷凍睡眠層の、中ほどの階層になるな、ここは。スリーパーたちが眠っていたのはこれよりもっとずっと下の最下層部だ」


 ドキリと胸が鳴って、思わずハルは足元を見下ろしていた。

 昔よく歩道に敷かれていたような石畳調の、床があるだけだった。


「目覚めたスリーパーたちが生活するための居住区だよ。似たような体裁の階層が、この上に三層ほどある」


 トキタの言う「最下層部」からシェルターの入り口にかけての長い通路は、まったく飾り気のない無機質な空間だったが、ここは床――というか道にも建物にもそれなりの装飾がある。


 つまり、これまでハルが立ち入っていた場所は、トキタの部屋のフロアを含め、すべてバックヤードだったわけだ。トキタが「表」と言った意味が、分かったような気がした。


 きょろきょろと見回すハルに、トキタは苦笑を見せて、

「どうかね、砂漠よりはきみの住んでいた街に近いか?」


「いや……まあ、壁とか床とか、見た目は似てるけど、だって……舞台装置か、撮影用のセットみたいじゃない?」

「そうだろう。都市の子供たちは、これを当たり前の街だと思っている」


 広場の手前で立ち止まって、トキタは手を後ろに組んでわずかに頭上を仰いだ。


「シェルターの外は放射能で汚染されていて人間は暮らせず、地下に都市を築いて生活している。そう子供のころから教えられてね。――もう少し前に出てごらん」


 軽く背を押されて、ハルは広場の真ん中に出た。

 広場の中心に大きな柱。シェルターの中心、いわば大黒柱と言ったようなものだろうか。その周りを取り巻くように、噴水が設えられていて低く水を噴き上げている。


 足音と小さな話し声が聞こえて、ハッとそちらに目をやった。

 ハルとそれほど歳の違わなそうな、中学生か高校生かといった少年が二人、広場の向こうから歩いてくる。


 自分はここにいていいのだろうか。見つかると不味いって言ってなかったか?

 少々不安になってちらりとトキタを振り返るが、トキタはまるで気にする様子もなく、「もう少し先へ」と手で押しやる仕草をする。二人の男子生徒たちは、噴水の前に立っているハルのほんの数メートルのところを、ハルの姿などまったく見えていないように無視して通り過ぎて行った。


(……は? おれ、見えてない?)


 もう一人。さらにあと一人。二人。途切れ途切れながらもハルの前を素通りしていく少年、少女たち。

 制服だろうか、みな同じような服装をしている。外はもう冬だというのに半そでの真っ白なシャツにスラックス。女子生徒はひざ丈のスカート。


 思わずハルは、自分の恰好を改める。

 砂漠から着てきた薄手のマントに砂よけのマフラー。中に着ているのは、形こそは彼らの着ている服とそうたいして違いはしないが、砂漠の村の、目の粗い粗末な素材の布で作った服。パッと見た感じではかなり違う風体に見える。


 かつての新宿の雑踏ではないのだし。

 トキタの言葉を信じるなら、砂漠から連れてきた子供のせいぜい数百人くらいしか住んでいないというのに、これだけ異質な姿のハルに目を留めもしないなど、不自然すぎる。


 妙な感覚にとらわれて、慌ててトキタの元に戻ると説明を求めるべく道行く生徒たちを指さした。


「おい、あいつらなんで、おれのこと全然気にしないんだ?」

 両腕を広げて、

「おれ、かなり浮いてると思うんだけど」


「不思議だろう?」


 トキタは満足げににやりと笑うと、


「ついでに一回りしてくるといい。店や食堂、学校もある。断言してもいいが、だれもきみのことを気に留めないよ。ああ、私は彼らの生活圏にいない『老人』なので、あんまり歩き回ると少し目立つかもしれない。ここで大人しく待っているよ」


「……でも」

「怖いのかい?」


 にやにやと笑うトキタにムッとして、軽くにらみつけるとハルは広場へと歩き出した。


 噴水の池を回り込むようにして壁伝いに進んでいくと、商店の入った建物が並んでいるような一画があった。

 商店風の建物の入り口には、「MARKET」の文字があり、都市の中にはアルファベットが存在するのだなとハルは思う。


 数人の生徒たちが一人、二人と連れ立って入っていくのを見て、なんとなく続いてみる。

 文具屋、雑貨屋、菓子屋。そういった、学校生活や子供たちの生活に必要そうな店が、商店街のように並んでいた。どの店も奥行きはなく、路面からせいぜい数メートルの小さな店で、店内に並べられた品数もそう多くはない。ガラス張りで、それぞれの入り口に自動ドアが設えられている。ハルがドアの前に立っても開かない。きっとIDカードなりなんなりが必要なのだろう。


 二、三軒をのぞき込んで、ハルは内心で首を傾げていた。

 どの店にも店員らしき人がいないのだ。人はそこそこいるものの、ハルの目に映るのは買い物に来たか、あるいは放課後のヒマつぶしにぷらぷらと歩いている様子の生徒たちだけだった。


(無人販売なのかな……)


 一人の男子生徒がやってきて、腕時計のようなものを入り口のリーダーにかざし開いたドアから菓子屋らしい店の中に入っていった。見ていると、彼はいくつかの菓子の袋を手に取って、レジらしき機械に向かいまた腕時計をかざす。あれで入店して、会計も済ませるのか。


 しかし。無人販売にしたって、商品が手に取れる状態で置いてあるのにここまで人がいないのは、無防備すぎやしないか?


 ハルは少々不安になった。防犯カメラか何かで絶えず見張っているのだろうか。だとしたら、やはり都市に籍を置いていない自分などが歩き回っているのは不味いのではないだろうか。

 そそくさとその場を立ち退き、マーケットの通路を奥へと進む。と、突き当りはゲームセンターのような広い店だった。ここはゲーム機ごとに金を払うシステムなのだろう。入り口のドアはなく、ハルも中に入ることができた。


 見た目にはハルの知るゲームセンターと変わりない。小学生くらいの時に何度か行って以来立ち入ったことがないので、ゲームの種類まであの頃のものと同じかどうか、パッと見には分からない。二〇六〇年代かそのすぐ後に作られてそのまま残っているのだとしたら、あの時代のものなのだろうか。


 ふと、妙な感覚に襲われた。


 もしも冷凍睡眠が成功して、ハルも友達も無事にみんな目覚めていたら、自分はフジタやほかのクラスメイトと一緒にこの「街」で暮らすことになったのだろうか?

 実際に今ここにいるのは、ハルたちの代わりに村から連れてこられた子供たち。


 商店に入って買い物をしていた男子生徒。ゲームセンターに入っていく数人の生徒たち。通路の先の方で立ち止まっておしゃべりをしている二人組の女子性徒。また一人、マーケットに入ってくる――。


 彼らが、自分だったかもしれない?

 目に入る生徒たちに自分を重ねようとしても、うまくイメージできなかった。


 ハルたちの暮らしていた世界からは、ここは恐ろしくかけ離れた、違和感だらけの街だった。

 ゲームセンターの中を足の向くままに歩きながら、ハルはその違和感の正体を探ろうとする。

 あの頃の自分たちを取り巻いていた空気と、ここは何が違うのだろう。


(音……かな?)


 小さく首を傾げる。

 冷凍睡眠室で目覚めた時からずっと聞こえているような気がする、低い機械音はここでも同じ。あそこよりも多くの機械が作動しているような、かすかな音の束。


(いや、待てよ?)


 そんなものが耳につく方が、おかしいだろう。ここは営業中の店舗で、たくさんのゲーム機があって、少なくはない人間がいるのだ。ハルの知るそういった場所は、もっと雑多な音に満たされていた。店のBGM、ゲーム機から聞こえてくる音楽や効果音、そして人の発するざわめき――足音であったり、ゲームを操作する音であったり、もちろん話し声であったり。


 会話をするような静かな声は聞こえる。が、ささやき合うように普通の会話をしているだけ。

 ゲームをしているのだ。勝ったとか負けたとか、歓声にしろ悲鳴にしろ、もっと感情のこもった声が聞こえたっていいではないか?


 考えていくと、音だけではない。空気の動きがほとんど感じられない。建物の中の建物なのだ。風が入ってこないのは分かる。それにしたって、もっと何か動きがあってもいいだろう。たとえば――。

 におい。そう、なんのにおいもしない。


 すべては作り物だった。

 ハリボテの街。けれど、そこにいる人間は、本物のはずだろう?


 なんとなく気味が悪くなって、足早にゲームセンターの外に出る。

 図書館。レストラン。カフェテリア。屋内運動場。プラネタリウム。

 どこにもちらほらと人影があるが、やはり大人数ではしゃぎ合うような声は聞こえない。すれ違う子供たちには特段の表情が見られない。


 広場に戻る手前の映画館のような施設の入り口に、モニターが設置されていて、合成映像のニュースキャスターがニュースを読み上げているような映像が目に入った。音声はなく、カタカナの字幕がモニターの下部をスライドしていく。

 そのモニターの右上に表示されている文字に、ハルは眉を顰める。


 2099.12.5


(二〇九九? だって――どういうことだ?)


 まとまらない考えを放棄して、ハルは広場に出た。

 噴水が、低く水を噴き上げる。そこだけが、動いている。


 いや。循環式の噴水が、繰り返し同じ水を水面の上に噴き上げる。


 時が、止まっているかのような――。

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