第2話 「老人と俺」
……
……真っ白だ。
……目を覚ましたはすだか?
……まだあの状態が続いているのか?
……ん? 俺、横になっているのか?
そっか、ここは病院だ! 病室のベッドで寝ているんだ!
……救急車に乗った記憶があるぞ! 初めて乗ったぞ!
……なんか嬉しい……
あれ?
ここは病室じゃない!
俺は上半身を起こし、周りを見渡した。
壁がない!
なにもない空間がずっと奥まで続いているみたいだ。
辺り一面が白い光で満たされているせいか、奥行きがハッキリしない。
この白い光は前の激しい光と違って眩しさは感じられず、どこか暖かく優しい感じがする。
この感覚って……なに?
でも初めて来た場所なのになぜか懐かしい気持ちにもなれた。
いったいなんなんだよぉ?
小さく叫んでみたが、なにも起こらない。
はっ! まさか『拉致、監禁』の類いではないのか?
怖い、怖いよう……
ダメだダメだ! 『こんな時こそ冷静になって周りをよく見ろ』って父親が言ってたよな。
まずは冷静になろう。
精神統一をするため目を閉じて深呼吸をした。
ふぅ〜っ! ひっひっ、ふぅ〜っ!
さっきから……音がない。
耳に意識を集中したが、まったく音がしない。
人の声や風など自然な音も聴こえない……電子音も換気扇などの人工的な音すら聴こえない。
目を開けて周りを見渡したが……なにもない。
人の気配すら、まったく感じられないのだ。
く~っ!
不安な気持ちを抑えながら、この空間の隅々まで目を凝らしてチェックした。
他人が見たらキョロキョロ挙動不審のアブナイ人に見えたかも知れない。
なにか糸口があればと思う自分と、このままなにも起こらない方が安心できる自分がいる。
……これからどうしよう……
不安でとうにかなりそうだ。
「死んでしまうとは何事だ」
突然、どこからか男の声が聞こえた。
"どわっじ‼︎"
いきなりの声掛けに、俺は奇声をあげてしまった。
声のする方を見ると見知らぬお爺さんが真っ白の光の中からスーッと現れた。
古代ギリシャ文明や古代ローマ時代の長く白い衣を被った……確かヒマティオンやキトンと呼ばれた衣服で、ゲームではローブとか呼ばれる服をまとった、いかにもアレな雰囲気な老人だ。
この老人って、ひょっとして……
それより、さっき死んだっていったよな。
死んだって俺の事……なに? 意味、分かんないんだけど……
「オヌシは雷に撃たれて死んでしもうたのじゃ」
……えっ! カミナリ?
確かに雷らしいのが空から……でも俺、ここにいるじゃん!
「自分の身体を見るがよい」
俺は老人の言った通りに身体を……ベッドの上にあるはずの自分の足を見た。
……?
ない! 足がない! 足どころかベッドすらない!
俺はとっさに手のひらを見た。
ない! 確かに手を動かした感覚があるのに見えない……見つからない。
胸もお腹も、大事なトコロも……ない!
俺はない手でない胸を触ってみたが曖昧な感覚でよく分からない……なんなんだ、これは?
これってどういうこと?
頭が混乱を来している。
もう父親の教えの言葉通りの冷静さではいられない。
俺は意味が分からなくなってしまい、ただ老人を見つめ返して答えてくれるのを待った。
「死んでしまうとは何事だ」
"ずごっく‼︎"
同じ事を二度言われた!
それって大事な事だから二回言ったという例のヤツなのか!
しかも、また俺は妙な奇声をあげてしまった!
俺の頭は混乱の極みに陥った。
「オヌシは死んでしもうたから、もう肉体がないのじゃよ」
肉体がないって……どういう事?
「もう少し早く目覚めておれば、元の身体に戻してやれたのじゃがの。
オヌシは年を越しても目覚めんかったからのぉ」
じゃあ、俺の身体は?
「火葬されて灰になってしもうたわ」
なっ、なっ!
「灰になって供養されたら、もう元の身体には戻せんのじゃて」
な、なんだって!
それじゃあ、この状態って……会話だって出来るし……俺、喋ってる? 身体がないのなら口だってないんじゃ……
「今のオヌシは魂と呼ばれる存在じゃて。
魂の、心の声で話しておるのじゃ」
た、たましい⁉︎
それじゃあ、思った事は全部分かっちゃうのか?
あんな事やこんな事も、考えた事が皆んな筒抜けなの?
恥ずかしい事考えてもバレバレなのか?
……そんな事なんか、どうでもいいじゃないか……
すべてを理解した訳ではないが、この摩訶不思議な状態が夢とは思えないくらいリアルで信じるしか自分には出来なかった。
俺……死んじゃったのか……
お父さん……お母さん……俺、雷に撃たれて死んじゃったよ……
雷に撃たれたって、なんか罰が当たったって感じだよな。
ははは……
あっ! ああ、そうだ!
あの娘は大丈夫なのか? 俺の方に向かって来た女の子は無事なのか?
「あの梅の木なら無事じゃよ」
梅の木じゃねぇ!
「あのオナゴは大丈夫じゃ」
良かった……本当に良かった。
死んだのは、俺だけだったようだ。
あの可愛さ学年一位の……あれ、名前なんだっけ?
名前……顔も思い出せないぞ!
……
俺……自分の名前が……分からない。
……
両親の顔も名前も、友達の名前も! 家の住所も、学校も……
なにもかも分からないぞ!
分からない理由を求めて、再び老人の方を見つめた。
「個人情報保護の観点から、オヌシの個人と特定される記憶は改竄させてもらったのじゃ」
うおぉぉぉ‼︎
俺の人権保護はどうなんだよぉー‼︎
「オヌシはもう違う世界の住民じゃて、必要なくなったのじゃ。
過去は過去という事じゃ」
なっ? なんだよう……過去は過去って……
俺は肩をガックリと落とした。
ああ、肩……俺、身体なかったんだ……
俺……終わったんだ……すべて失った……無……だ……
俺は抵抗を辞めた。
周りを見れば今までの世界とは明らかに違うのは一目瞭然だし。
このなんだかよく分からない暖かくて優しい光が安らぎを与えてくれて、抵抗する事を諦めさせてくれるようだ。
ここは死後の世界なんだ……
目の前にいる老人は本当にカミ……いや、まだ決め付けたくない。
俺は天井を見た。
上もなにもなく真っ白な空間が続いているだけだ。
ああ……死んでしまったんだな、俺……
最後に見たのが、あの学年一位の美少女だったのが……救いなのかな。
顔も名前も記憶が改竄されて覚えてないけどな。
あの美少女までいなくなったら世界中の男達は不幸のドン底に陥ったからな、ははは。
でも……
あのあと……告白が成功して……
初めてのクリスマスデートで……キ、キス!
夏は海やプールで水着イベントが……エヘッ!
来年のクリスマスには……エ、エ、エッチなコトしちゃったりして……ムフフ。
そんな未来があったはずなのに……
「いや、それはない」
"じゅあっぐ‼︎"
なんとか抑えていた不安と不満が奇声と共に呼び覚ましてしまい、もう怒りが抑えられない状態に陥ってしまった。
なぜだ! なんで否定するんだよぉぉ‼︎
彼女との未来を否定された俺は、老人でも容赦しない事に決めた。
お前に分かるはず、ないだろ! 適当な事、言うなよ!
老人は俺のヤジを軽く流して話し続けた。
「オヌシの所にオナゴがすぐに来なかったのは、なぜか分かるのかのぅ」
そ、そんなの大した事じゃないんじゃないのか!
俺の告白の返答を一生懸命考えていたんじゃないのか?
「実はのぉ、オナゴは部活の先輩の男子に告白に行っておったのじゃ」
なっ⁉︎
「オヌシの告白が背中を押したのじゃろ、自分が告白する決心がついたのじゃ」
告白? 決心? なんの事だ?
なんの話か分かりきっていたが聞かずにはいられなかった。
「愛の告白に決まっておるではないか」
あああぁ! 嘘だぁぁ‼︎
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