僕は、転生できませんでした。

君の五階だ

はじめてのクリスマスでキ、キス!

第1話 「伝説の梅の木」

 “ドックン!”


 もうこのシーズンが来たのか……


 クリスマスまで指で数えられるまでに近付いた日、俺は放課後の校舎裏でひとり待っていた。

 外は肌寒いはずなのに身体は激しい血流の流れで顔は赤くのぼせ上がり、熱くて全裸になりたいくらいだ。

 校舎裏に生い茂っている梅の木に直に触れて気持ちを落ち着かせてもこの熱は冷めない。


 不自然に一本だけの大きい木……ここには『伝説の梅の木』と呼ばれる古い樹木が植えられている。

 学校の七不思議のひとつだと伝わるこの木には、好きな子に告白する場所として昔から伝説になっている。


 あれ? 不思議でもなんでもない、ただの告白スポットじゃないか!

 七不思議に騙された!


 ひとりツッコミはこれくらいにして大事なのはこれからだ。


 ……俺には勝算がある……


 “ドックン! ドックン!”


 なぜなら今から五日前の事……

 放課後、教室に戻ろう扉の前まで来たが、中から女子達の華やいだ会話が聞こえて来るので、躊躇して廊下で教室に入るタイミングを計っていた時の事だ。

 会話の内容はよくある恋バナというヤツだ。

 どうやら順番に好きな男子を告白しているようだ。

 女子にとってはただの遊びの延長のようなものだが、男子にとってはハイ・アンド・ロー! 名前が挙がれば天国、名前が出なければ地獄だ。


 廊下に隠れて聞いている俺は、ドキドキしながら一字一句聞き逃さないように全意識集中で聞き耳を立てていた。

 その女子会のメンバーの中に学年一位と謳われる美少女の番が来て、彼女はハニカミながら答えた。


 その時、自分の身体に衝撃が走った。

 その娘がなんと俺の名前を挙げたのだ。


 彼女は顔を真っ赤にしてモジモジと身をよじらせながら、真剣な眼差しで本気で答えた……と勝手に想像しながら、俺は顔を真っ赤にしてモジモジと身体をよじらせながら、気持ち悪いほどのニヤケ顔で聞いていた。


 俺はガッツポーズをしながら『ヤッター! 俺も勝ち組だぁ!』と心の中で叫んだ。


 そして今日だ。

 五日も間が空いたのは決して勇気がなかった訳ではない。

 すぐに告白したら『あの放課後の会話を聞いてました』と告白したみたいだし……ハイ、勇気がありませんでした。


 でも高校ニ年の男子だもの、青春したいよ。


 だから意を決して今日、行動に出た。

 デジタルな繋がりがない俺は、靴箱の中に手紙を入れるという古典的な正攻法に出た。


 手紙の内容は『今日の放課後、校舎裏の梅の木で待っています』と簡潔過ぎる文章である。

 いろいろ悩んだが定番が一番良いかと。

 それに梅の木は告白スポットって彼女も知っているはずだ。

 それを理解した上で、必ず来てくれるはずだ。


 ……彼女はなかなか来ないぞ。

 最後の授業が終わって速攻でここに来たから仕方ないか。

 まあ、これからも彼女を待つシーンが来るのだから、これが最初のデートの待ち合わせだと思えば……ムフフ……


 空は急に風が強くなり曇り始めた。

 黒々とした大きな雲が迫ってくる。


 でも俺の心は天気の事など気にならない。

 俺のピュアハートは今まで経験がないドキドキで、彼女の事しか見えない、ほかは見たくない、そんなどうにもならない状態だった。


 “ドックン! ドックン! ドックン!”


 待っている時間が経てば経つほど、自分がおかしくなってくるのが分かる。

 両手の指を胸元で絡ませて脚が内股になって、か弱い表情になっていってる……


 青年は今、乙女になっていた。


 “ドックン! ドックン! ドックン! ドックン!”


 あっ!

 不意に体育館の方から彼女が現れた。

 教室のある校舎からだと思っていたから意表を突かれて、より焦って緊張した。


 “ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!”


 彼女は俺を見つけて走りだした。

 ああ、笑顔だ! 俺に向けて笑顔で走ってくる。


 天気はさらに悪くなり、黒々とした大きな雲は二人を覆うように真上にまで来ていた。

 その雲はとても危険な雲であることを俺はまだ知らない。


 彼女がドンドン近付いて来る。

 彼女の笑顔はやっぱり、かわうゅいぃ〜‼︎

 学年一位と謳われる笑顔だ。

 俺はさらに内股になった。


 俺は確信した。

 NOの返事など有り得ない。

 これからの学生生活は天にも昇るかのような勝ち組になれると……誰もがうらやむベストカップルになれると……まさに有頂天だ!


 “ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!”


 さあ、告白するぞぉ!

 神様ぁ、お願いしますぅ!


 “ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ! ドクッ!”


 俺が深呼吸をして待ち構えていた、その瞬間!


 “ピカぁぁぁ‼︎”


「⁉︎」


 自分のまわりが真っ白になった。

 校舎も梅の木も真っ白だ。

 眩しい……眩しい光の中に飲み込まれた感じだ。

 あまりの眩しさで彼女も、彼女のカワイイ笑顔も真っ白になり見えなくなった。


 “ドン・ジャラガッシャァァーン‼︎‼︎”


 物凄い轟音が全身に響いた、というか強力な力が身体の隅々を貫いて『無』になった感覚を味わっていた。


 ……

 ……無音だ。

 大きな音のあと、なにも聴こえなくなった。

 そして真っ白だ。

 周りの物が、彼女も、梅の木も、すべての存在自体が遠のいていったみたいな……白い光が身体を、いや、自分の世界を包み込んでいる……そんな感覚を覚えた。


 ……遠くから僅かに人の声が聴こえる。


「だぃじょ・・⁉︎」

「しっか・・・‼︎」


 聴こえるのに、なにを話しているか分からない。

 なにも分からない……

 自分が目を開けているのかさえ……分からない。

 辛うじて自分の心臓の音だけが聴こえる。

 聴こえるというより、感じられるといったほうが正しい。


 “どくん! どくん! どくん! どくん! どくん! どくん!”


 いつの間にか大勢の人に囲まれている気がする。

 なにも見えないが気配だけは感じ取れた。


 “どくん! どくん! どくん! どくん! どくん!”


「・・・・・・!」


 なにやら胸に器具のような物を取り付けられ、揺さぶられた。

 しばらく経ってから持ち上げられて、どこかに運ばれて行かれる……そんな感じがした。


 “どくん! どくん! どくん! どくん!”


 “ピーポー! ピーポー!”


「・・・‼︎」


 人の気配は近いのに声がドンドン遠くなる。

 ……その人の気配も少しずつ薄れて行く……


 “どくん! どくん! どくん!”


 ……自分の心臓の音が、やたらリアルに感じられる……

 ダンダンゆっくりになるのはどうしてだろう?


 “どくん! どくん!”


 ……なんか……眠いなぁ……


 “どっくん……

 …………

 ……

 …”


 “ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!”

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