第8話 護国の剣、ついに結婚する

揺すられる。

甘い眠気が散っていく。

分かる。

シルバが俺を起こそうとしている。

だから、俺は、目を開けた。


「…起こしてすまない…」


ふっと笑ってシルバが、ゆるゆる俺の頭を撫でる。

ふにふに頬を、触るな。

きもちいい…。


「ラック、ラック…駄目だ、起きてくれ」


「んっ…なんだよ、どーした…んだよ……」


起きろ、と言われ目を覚ました俺は、呆然とした。

神殿に居た。

しかもただの神殿じゃない。


光の教会本部の、教皇様が住む神殿だ。

一度シルバに連れられて、来たことがあるから間違いない。

あの古くから大切にされてきたステンドグラスの美しさ、覚えてる。

外は真っ暗だが、中はやけに明るい。

不思議な空間だって前も感じたけど、以前より増してそう感じる。

こんな、警戒しなくて良い場所、始めてた。

え、いや、ちょい、待て。

え、なんで?

なんで、神殿に居るんだ?

帝国の城からめちゃくちゃココ、遠いのに。

俺は目の前にいるシルバに説明を求めた。

けど、その恰好に目が点になった。


「……なんで、正装してんでやがりますか?」


神殿だからか?

え、じゃあシルバ殿下モード?

俺も剣モードにならないと、と思ったら、俺も正装していた。

シルバと揃いの、白銀の式典服だ。

この間誂えた。

戦闘服と一緒に。


…着替えさせたの?


目で問うとすいーっと銀の瞳が逃げた。


「これから結婚式だからな。さぁ、ゆこう」


「え、え?誰の?こんな夜中に?」


シルバは俺に何も説明せず、手を引き祭壇へ向かう。

俺は出口近くの長椅子に寝ていたようだ。

礼拝を聞く為に長椅子が並んでいる。

そこには誰も居ない。

神殿には、俺とシルバともうひとり以外、居ないようだった。

さくさく、赤い絨毯を踏んでいくと、そのもうひとりと目が合った。


「教皇様…お久しぶりでございます…」


もうひとりが思ってたより大物で、俺は驚いた。


「お久しぶりでございます、護国の剣殿。お元気そうで何よりでございます」


教皇様はとても穏やかな笑顔で俺に挨拶してくれた。

俺でも分かる。

このひとは、本当に、神の声を聴ける存在だ、と。


「…ゼクラム教皇よ、わたしとラックの神前婚をすみやかに執り行え」


「御意に」


「…ん?しんぜんこん…え…けっこんしき…する…?」


手を繋いだままのシルバに問う。

銀色がふんわり微笑み、俺の頬を撫でる。


「ああ、そうだとも。…扉を開き、神の御前で誓おうラック」


「大神様の、御前の扉は開いておりまする…さぁ、誓いを…シルバ・グラファム」


そう告げる教皇様の頭上に、確かに荘厳な扉が浮いていた。

繁栄と祝福のレリーフが刻まれた扉は開き、眩い光が神殿内を照らしていた。

明るいと思っていたのは、この扉のお陰だったのか。


「はい、わたしは、わたしのすべてをかけて、生涯永劫ラックだけを愛することを誓います」


凛々しく雄々しく、シルバが誓う。

俺に、愛を、誓う。

じーんと胸にきた。

熱くて、嬉しい。


泣きそうになっていると、シルバがきゅうっと手を握ってくれた。

教皇様が俺に告げる。


「さぁ、誓いを、ラック」


俺には姓が無い。

その代わりの、たいそうな称号が使われることが多い。

でも、シルバが、ただの俺と愛を誓ってくれた。

護国の剣じゃない俺と愛を誓ってくれたっ。

神様。

神様。

神様、俺、シルバと結婚出来るんですね。


扉の向こうと、教皇様と、シルバを順番に見る。

みんなが俺に優しい眼差しを向けてくれた。


「誓います!俺はっずっと、ずっと、死ぬまで!死んでも!何処までも!シルバをっシルバ・グラファムだけを愛することを誓いますっ!!」


飛び跳ねる勢いで、俺は誓った。

叫んだ。

神様になんて一度も祈ったことないからこそ、これだけはきいて欲しくて、俺はシルバへの愛を叫んだ。


教皇様が祈りを呟く。


柔らかく、扉から光が発せられる。







ふたりの愛に祝福を


祝福を


祝福を







俺にだってわかる。

神様が。

祝福、してくれた!


「シルバ!シルバっ!」


「ああ、わたしのラック…わたしの伴侶…」


俺はたまらなくなって、シルバに抱き付きた。

吐きそうなほど嬉しいぞ!

俺、結婚、しましたー!


「この身永く在りますが、これほど素晴らしい式は初めてでございます…おめでとうございます、シルバ様ラック様」


「ありがとうございます教皇様!ありがとうございます神様!!」


「偉大なる大神よ…親愛なるゼクラム教皇よ…感謝、致します」


シルバが深々頭を下げるので、俺も一緒になって頭を下げた。


空気が光が、笑ったような気がした。

顔を上げると扉は消えていて、教皇様がにこにこ笑っていた。

明るい光が無くなったので、シルバが魔法でランプを灯した。


「さて、今夜はここへお泊りになられますか、シルバ様」


「いや、城へかえる。すまなかったな、押しかけてしまって」


「いえいえ…こちらの不手際が一番の問題でございます…書面不要の婚儀にて、もはや何も、何も問題なくおふたりは結ばれてございます」


「うむ。文句があるなら大神にまで、という…証の指輪だラック手を」


シルバが広げた手の平に、二つの揃いの指輪が存在していた。

それは祝福してくださいった神が、俺達に与えてくだしゃった指輪だぁ…。


「ひゃぁ…ゆびわ…は…無くしたら死ぬから身体に刻んでくれぇ」


「ほっほっほ、さすがは護国の剣殿、違いますなぁ」


「ああ、さすがわたしの剣だ。わたしもそうしよう」


でも一応、指に嵌めて貰う。

夢でしたので。

そして俺もシルバの指に嵌める。

夢でしたので!


「…ところでシルバ」


うっとり指輪を眺めながら俺は訊ねた。


「どうしたわたしのラック」


「お前もしかしてさぁ」


「うむ」


「転移魔法使って教皇様叩き起こして神様の扉無理矢理開けて、結婚式、した?」


シルバの銀色の瞳がすいーっと逃げた。


「…もう、今回は超許す、俺のシルバ」

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