17.5歳の恋
@tatiana175
17.5歳の恋
とりあえず愛といえば聞こえはいいですが、人が人を愛するようになる条件というのはその言葉の持つ重みに反して以外にも些細なものです。そういうことをもう少し理解できていればかつての恋はもしかすれば成就していたかもしれないのですが、今となってはあとの祭りです。
落ち葉のじゅうたんの上にかがんで、一人の少女がこちらに微笑みかけています。この写真は私が気に入って携帯電話の待ち受けにしているものです。実はとある人物のSNSのアカウントに載せてあったものをこっそり保存して使っているものなのですが、私が持っている彼女の写真の中では最も気に入っている一枚です。この人物こそがこれまでの生涯で最も私が愛した女性であり、まぶしい青春です。彼女の記憶はほんの些細なものですが、私にとっては劇的で、今でも時折夢に見るのです。大多数の人間にとって他人の恋の話しなんてつまらないものでありましょうが、ここはひとつ私の話をきいてはくれないだろうか。
彼女と出会ったきっかけは高校3年のクラス替えで同じ学級になったことでした。その後の学校生活に大きな影響を与えるクラス替えは2年に進級する時と同様心躍らせる一大イベントでした。仲の良い友人と同じクラスになれるか、担任の教師は怖くないか。何より可愛い女子と同じクラスになれるか。それで、始業式当日張り出された名簿でめぼしい名前が見当たらなかった段階で、高校最後の一年間は少々味気なく終わってしまいそうだと肩を落としたものです。
ところが教室に入った私の目に運命のあの人が飛び込んできたのです。その日は大体みんな同じくらいの時間に登校してきましたので、私が入るころにはもう席はほとんど埋まっていたのですが、窓際の後ろから二番目の席に座っていた彼女はそうした人ごみの中でもひと際輝いて見えたのです。名前も知らない彼女を見て、私は恋に落ちました。
その手の事情に通じた友人に聞いたところ、彼女の名前はすぐにわかりました。何故こんな美少女の存在が全く知れ渡っていないのだ、と彼に聞いたところ、全く悪びれることもなく、そんなに可愛いか?と聞き返してきました。あろうことか私をB専扱いまでしてきたので、憤慨して、それ以上その話をするのはやめにしました。ただ、彼の言ったことを認めるわけではないのですが、確かに一般受けしそうな顔つきではないようだったのも事実でした。私にとっては確かに魅力的だったのですが、ここでは彼女の容姿について細かく描写することはしません。
しばらく彼女を観察して、休み時間もほとんど席を離れないこと、口数は少なく、友人も少ないこと、部活やクラブには所属しておらず、放課後はすぐに帰ってしまうことなどがわかりました。同じ学年にいて一度も見たことがなかったのはそうしたことが要因だったのでしょう。ライバルがいないことを喜んだのも束の間で、どうやって彼女と関わり合いを持てばいいのか、まったく見当がつきませんでした。
私はまずLINEでコミュニケーションをとろうとしました。進級してすぐにクラスのグループが作成されて既にみんな参加していたので連絡先の入手は容易でした。早速実行しようとしたのですが想定外のことが起こりました。彼女の名前が見つからないのです。実名でないアカウントも一通り探りましたが、彼女の名前に関連するそれらしいアカウント名も見当たらず、おかしいと思ってメンバー数とクラスの人数とを照合すると、一人足りない。彼女はクラスのグループに所属していないのでした。もう現実で声をかける機会を待つほかありませんでしたので少々難航しそうだと思いました。しかし好機は意外にも早く訪れました。最初の席替えで本当に幸運にも彼女の隣の席になったのです。次の席替えまでの一か月弱が勝負といったところでしょう。が、もとより口数の少ない彼女でしたので、二言三言で会話が終了する場合がほとんどでした。誰もが知っていそうな話題を振っても、彼女の「よくわからない」とか、「そう」とかいう返答であっさり終了してしまうのです。次第にその日の提出物とか、明日の持ち物といった極めて事務的な会話を週に数回交わすだけになりました。次の席替えを翌日に控えた日の昼休み、私はいつも一緒に飯を食べていた友人のところへは行かず、自分の席で弁当を広げました。「お、なんか嫌なことでもあったのかい?」と、からかってくる友人も無視して、黙々と弁当を頬張りました。隣では私の思い人もさぞつまらなそうに昼食をとっています。それでも私は、最初で最後になる彼女との会食をかみしめるように過ごしました。
期末試験も終わり最後の文化祭が迫ってきました。といっても、受験を間近に控えたこの時期の文化祭は一部の(といってもそれなりに多数の)人間が異様に盛り上がるのみで、私はほどほどに楽しもうというような心持でいました。私たちのクラスは露店で焼きそばとかかき氷とかを販売することになりました。心底面倒だと思いましたが当日のシフト表をみた私は思わず神の存在を信じたくなりました。彼女と同じ班だったのです。まったくやる気のなかった文化祭準備も急にやる気が沸き起こっていて、気づけば、一部の盛り上がっている連中と同じくらい働いていました。前日に班内で話し合って役割を分担し、準備に取り掛かるため翌朝は早くに学校へ向かいました。しかし、ここでも予想外の事態に見舞われます。なんと彼女は文化祭当日、体調不良で欠席したのです。思わず仮病を疑いました。(おそらくこの予想は当たっていたと思うのですが。)彼女とともに活動することを通して親睦を深めるというようなルートはこの時点で途絶えました。まぁおそらく来ていたとしてもそのような未来はなかっただろうと思いますが。
行事も終わって夏休みが始まりましたが、この夏は朝から夕方まで講習があって、一切の自由はありませんでした。受験が近づいている手前、大して不満に思いませんでしたが、これ以後彼女との進展もなく高校生活を終えるのだと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになりました。この辺りから私は徐々に彼女への愛をゆがめていったように思います。
毎日同じ生活ばかりが続くと、何か変化が欲しいと思うようになるものです。それは私に限らず大多数の人間が受験期に抱えていて、それでも解消しがたい悩みでした。そこである時ふと、ちょっとした話題を提供してやって、退屈を晴らそうではないかと、思い立ったのです。学校生活でもっとも盛り上がる話題というのは、それは色恋沙汰に関することです。あまりその手の事情に詳しくない私もたった一つだけとっておきの話題を知っていました。ほかでもない私の恋のことでした。最初に友人からB専扱いされて以降私は自身の片恋相手をひた隠しにしてきたのですが、ここへきて、あらゆる友人に打ち明けました。だいたいの生徒は文化祭の時点で恋を成就させるか、轟沈するかで終えていて、しばらくそうした噂が途絶えていた時期でしたので、私のこの話は格好のエンターテインメントとなって、周囲が私をはやし立てるようになりました。休み時間に不用意に彼女に声をかけるようそそのかしたり、頻繁に告白を勧めたりするようになりました。退屈を感じていた上、この手の状況を経験したことのなかった私は、周りに言われるがままに道化を演じるようになりました。
秋の暮れのことです。そのころ教室ではみんなガムを噛みながら授業を受けるようになりました。授業態度としては最悪ですが、眠気覚ましという極めて実用的な理由でしたし、受験が近づくと教師も勉強以外のことにあまり気を使わなくなるということもあって特に咎められることはありませんでした。私もボトルガムを堂々と机の上に出して、くちゃくちゃやっていました。ある時、いつものように彼女のほうに目をやると、口がもぐもぐと動いていることに気が付きました。彼女もガムを噛んでいたのです。同じ屋根の下、この瞬間に私と彼女とが同じ行為をしているという事実だけで満足するべきでしたが、ふとある考えが浮かびました。
その授業の休み時間、私は教室の隅に置いてあるごみ箱のほうを注視していました。お目当ては、彼女が捨てるガムでした。期待通り彼女は先ほどまで咀嚼していたガムを紙にくるんで捨てにやってきました。私は彼女の二本の指でつまんである聖遺物の形状を目に焼き付けました。そうして人目につかない時間帯を見計らって発掘作業を行うことに決めたのです。しかし結局この日は極小のダイヤにありつくことはできませんでした。予想以上に発掘作業に難航したのです。あくる日も彼女がガムを噛んでいないか常に監視の目を光らせていましたが、どうしても採掘の工程で行き詰ってしまうのでした。それからしばらく、自分でガムをかむことも忘れて授業中も休み時間も彼女のほうばかり見ていました。煩悶とした日々が続きましたが、ついにその日が訪れました。普段彼女は授業一コマの間は同じガムを噛み続けて、交換することはないのですが、先生が職員室に忘れ物を取りに行った際に机から取り出して新しいガムを噛み始めたのです。吐き出された古いガムは小さな紙に包まれて彼女の机の角においてありました。あとは気づかれないようにさりげなくあれを奪い取ればよいだけです。それも驚くほどにうまくいって、彼女は授業が終わってから真っ先にトイレに向かったのです。彼女の机のわきを通る際、おそらく誰にも気づかれないであろう早業で彼女の机にある「
ポケットに忍ばせた収穫物を、象牙をいじるような手つきで撫でまわすと、既に時間が経過していて冷たくなっているにも関わらず、不思議な温かみがあるように感じられました。用心深い盗人はわざわざトイレの個室に入って、誰にもその瞬間を見られることなく劇薬を口に含みました。味を出し切って役目を終えたガムが私の口内で再び命を吹き返し、その甘美な感触に私は荒ぶる感情を抑えきれませんでした。このガムは死ぬまで吐き出さないと決意しました。
個室から出るとトイレには誰もおらず、ちょうど授業開始のチャイムが鳴りました。のんびり歩いて教室に戻って「遅れてすみません。」という一言でクラスの注目を浴びて、私は席に着きました。ぼんやりガムを噛みながら授業を受けていると突然、大声で私の名前が二回ほど呼ばれました。「はひい!」と情けない声で返事をして先生のほうを向きました。先生はお怒りのようでした。そういえば、この恐ろしい教師の前でガムを噛んだことはこれまで一度もありませんでした。
ものすごい剣幕で、ガムを噛んでいたことを叱られ、やっとの思いで手にいれた生涯の伴侶は数十分と経たないうちに再びその役目を終えました。そのうえこれをきっかけに授業中にガムを噛んでいるやつらが次々に摘発され、クラスでガムを噛むものはいなくなりました。もう二度とあの感触を味わうことはできなくなったわけです。ともあれ、この一件のおかげで私の青春の一ページに「思い人との間接キス」という事実が刻まれたのでした。
周囲からは教師に説教されたことだけでも冷かされたのですが、この事件の真相を打ち明けたところ、伝説のような扱いを受けるようになって、いよいよ私は後に引けなくなってしまったのでした。
友人に誕生日を祝われたことがない人生を送ってきた私ですが、この年には素敵な誕生日プレゼントをもらうことになりました。少し高級そうなペンでした。それを渡してきた友人に、一体何故こんなものを買ってくれたんだいと聞いたところ、そのペンはペンではなくて、盗撮用のカメラでした。今は便利な時代でなんでもネットで安く買うことができます。友人からもらったそのペンも2000円を超えない程度の金額で、以前私が彼女の写真を欲しがっていたのを覚えていて、ふざけて買ったのだといいます。悪い冗談だと思いましたが結局私はそのカメラを用いて500枚以上の写真を撮影したのですからその友人のプレゼントのチョイスはハイセンスすぎたと言わざるを得ません。卒業式を終えるまで私の胸ポケットには黒光りするそのペンが常にさしてありました。
受験が迫ってくるともうみんな私の恋なんて忘れて勉強に没頭するようになりました。道化を演じる必要がなくなった私も本腰を入れて勉強をするようになり、彼女のことはきっぱり諦めてしまおうと思うようになりました。受験までは本当につらく、代り映えのしない日々を消費するだけで試験当日という恐怖が徐々に近づいてくるのです。呑気に過ごしていた昔を思ってため息ばかりついていました。それでも終わってしまうと案外あっけなく、あとは合格を神に祈るだけになりました。つまらないと思っていた高校生活も終わりが近づくと寂しいもので、教室にあるものすべてが愛おしく感じられました。
もう彼女のことはきっぱり諦めると決めていましたから、卒業式の日に何かしでかそうということは思っていなかったのですが、ここへきて開放的な雰囲気が私の周囲と私自身を道化に変貌させてしまいました。「たとえ成就しなくても私は彼女への愛を告白する!」と宣言し再び小英雄だったあの頃の私に戻りました。手紙を机に置くという古典的な方法で彼女を体育館裏に呼び出し、告白するという手はずになっていましたが彼女のことだから姿を見せることもなく終わって、それをみんなで笑いあうことになるだろうという風に考えていました。
机の上においてある手紙を読んだ彼女は予想に反して一直線に私のところにやってきて次のようなことを告げました。「この一年間お前が私に対してしてきたことはすべて知っている。この期に及んで“愛”を告白するなどといったバカなことをしようものなら私はお前を許さない。そもそもお前の私に対するそれは愛でもなんでもない。ろくに会話をしたこともない私に対してお前がどんな愛を抱きうるというのか。開き直って道化を演じていたのも腹立たしい。お前らと一生会わなくてよくなるこの日を私がどれだけ待ち望んでいたか、お前にはわからないのか。お前が本当に私を愛しているなら、せいぜいおとなしくして私の機嫌を損ねないようにすることだ。」
と、おおむねこのようなことを今まで彼女の口から聞いたこともないような調子で、しかもそれなりの人数がいる教室の真ん中で告げられましたので私は押し黙るしかありませんでした。手紙が無記名だったにも関わらず、迷うことなく私にあの告白をしたところから考えるに、どうやら私が隠せていると思っていた上述のような出来事は全部彼女に知れていたようでした。責任を感じた友人が私を慰めにやってきましたが、この時感じたのは悲しさというよりもまずは申し訳なさでした。
つい最近友人から彼女のSNSのアカウントがあると教えられて、少し覗いてみました。フォロワーも少ない小さな非公開のアカウントでしたので、その友人のアカウントを借りて見る以外方法がありませんでしたが、そこで今までに見たこともないような笑顔で映る彼女の写真がありました。私が撮ったどの写真よりも、美しい一枚でした。彼女が今どうしているのか私には見当もつきませんが、幸せそうに微笑む彼女の姿を見て、深く安堵しました。彼女に対する私の思いを愛であったと今でも思っているのですが、あの日彼女から告げられたこともまたある程度真理であるように思います。確かに私が彼女に恋心を抱いたのは彼女の容姿を気に入ったということだけが理由で、その段階では名前さえも知らなかったわけですから。結局私が愛していたのは彼女という人ではなくて、あの容姿を持っている人間であって、同じ見た目であれば彼女でなくても同じような感情を抱いていたことでしょう。けれども、やはりそれを愛と呼ぶよりほかないように思うのです。少なくとも私はあの感情に与えうるほかの単語を知りません。それとも、彼女のいう愛というものは私が知らないだけで全く別のものとして存在しているのでしょうか。今や彼女に尋ねることはできないし、聞いてもきっと答えてはくれないのでしょう。それでも写真の中で優しく私に微笑みかける彼女なら答えを与えてくれるように思ってしまうのです。これも愛と呼んではいけないのですか?
完
17.5歳の恋 @tatiana175
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