十二年後の病院

あれから十二年、

来年で娘のファニーは二十歳はたちになる。


だが、私が彼女の成人した姿を

見ることはないだろう……。


癌であることが発覚してから、

私は入院と手術を繰り返したが、


それでも

もうどうにもならないくらいに

癌は体中に転移してしまっている。


今も入院はしているが、

もう治療自体が行われていない。


痛く苦しい思いをしない為にここに居る、

ただそれだけのこと。


後は、緩く安らかな死を待つだけ……


それももう

そんなに先のことではないだろう……。



六億円が当たって

娘とジルにはじめて出会った時、

私は余生を二十年と計算していたが、


思いの他、その時は

早くやって来てしまったようだ……。


心残りは、あの子が、娘が、

成人した姿を見られないということか。


それだけは本当に

無念でならない……。



ジルは毎日

病院に見舞いに来てくれた。


後のことはすべてジルに任せてある。


残った財産のことも……。


そもそも宝くじで六億円当たったことが

あの子を養女にして、

ジルをお手伝いさんにして、

三人で暮らすことになるきっかけだったが


確かに、いい夢を見させてもらった


物、食、色などの

どんな贅沢よりも素晴らしい、

最高の贅沢を味合わせてもらった


宝くじには感謝している……。



娘も来年成人することだし、

ジルにも早くいい人でもつくって

幸せになって欲しい、

そんな気持ちもある。


ファニーの本当の父親、

亡き少尉との約束を

ここまで頑なに守って来た彼女


十二年の歳月を費やしたと言っても

まだ充分に若いのだから


これ以上、死んだ人の言葉に、

呪いに縛られていてはいけない。


とは言え、まだまだこの先も

娘のことを見守っていて欲しいという

まったく相反する気持ちもある……


この先の娘の人生を見届けられない、

私の分まで……。



「今日も相変わらず

私の娘は美しいな……」


見舞いに来ない娘の姿を

ジルがスマホの写真に撮って

毎日私に見せてくれる。


それが毎日の楽しみだった。


「そして、相変わらず

怒ったような顔をしている」


「申し訳ありません、

旦那様のお見舞いに来るように、

毎日きつく言っているのですが……」


「いいんだよ……

あの子はまだ、あの時のことを

怒っているのだろう……」


分岐点を分岐させて

破滅ルートを回避させる、


ずっとそんなことを考えていたが

それはただの

思い上がりだったのかもしれない……。


本人が熱望した

分岐点の選択だったのなら、

それを尊重すべきだったのではないか?


例え、それが

破滅ルートだったとしても……。


そんな思いに、迷いに

今もなお囚われている。



どうやらついに

癌に敗北する時が訪れたようだ……。


この十二年の間に起こった

様々な出来事が頭の中を過ぎる。


「私はね、

やはり偽善者なんだ……


娘が日に日に

大きくなって行く姿を見て、


自分の善行が、彼女を通して、

目に見える形で結果となって現れる


そのことに満足して

幸福感を得ていたんだ……。」



最後の力を振り絞って

言葉を口にする。



「あの時も私は、


あの子の、

娘の気持ちを一切考えなかった


あの子の気持ちをまったく無視して

地下室に閉じ込めてしまったのだ……


あの子が

破滅ルートに行ってしまうのを恐れてね


ただ、私は……

それまで積み重ねて来た善行が

すべて無に帰ってしまうのが

嫌だったんだよ……


あの子がこの世界から消えてしまうのが

嫌だったんだ……


あの子を失いたくはなかったんだ……」



もう目を開ける力も残っていない。


私は体を目覚めさせようと

必死に最後の抵抗を試みたが、


それも虚しい無駄な足掻き。



「……旦那様は、本当に、

自分の感情をよく分かっていないお方です」


ジルのすすり泣く声が聞こえる。


「……それを、世間一般では

愛と言うのですよ、旦那様……」


私は眠りに就く


もう二度と目を開けることはないだろう


永い永い眠りだ……。


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