彼女の分岐点
「人身売買??」
平穏な日常生活しか知らない自分に
突然そんなことを言われても困惑しかない。
「善良そうな里親のフリをして、
見た目の良い、可愛らしい子供を引き取って
変態の金持ちに高値で売ったり、
児童ポルノ動画を製作する業者に
売ったりしている
ブローカーみたいな連中がいるんです。
欧州では以前から
大問題になっていたのですが、
そういう連中が、
最近日本でも同様の手口で
子供達を調達しているらしいのです」
日本で平和ボケして
暮らして来た自分には
にわかに信じられないことだ。
だが、日本でも
児童ポルノ動画などの類が
存在しているのは事実だし
どこか自分の知らない世界で
そういうことは起こっているのだろう。
「そのブローカーが、
明後日、ここの孤児院に来るのです……」
「なんで、
そんなことを知っているんですか?」
「ファニー様の消息を追うのに、
元軍人としてのコネを使って
いろんなところに
内緒で協力をしてもらっていたのですが
その経路で入手した情報です」
ジルは一瞬言葉をつまらせた。
「そいつ等に
ファニー様が見つかったら、間違いなく
どんな手を使ってでも、例え攫ってでも
ファニー様を手に入れようと
することでしょう……」
自分にとっては、
まったく現実味が無さ過ぎて
なんとも理解し難い。
これは彼女の、
ジルの妄想ではないのか?
もしくは何かの詐欺的なものとか……。
ただ、そこに
リアリティをもたらしているのは
あの金髪少女の美しさだ。
確かに彼女であれば、そういう輩が
欲しがりそうだというのは理解出来る。
不本意な言い方ではあるが、
間違いなく高額で売れるだろう。
もし今回のジルの話が妄想だったとしても、
幼児への性的虐待が目当てで
彼女を引き取ろうとする者が居ても
おかしくはない。
自分がご近所さんに
ロリコン趣味だと思われるのを
怖れていること自体が、
実際にそういう人間達が居る
ということの証左でもある。
このままでは
そうした者達の毒牙に掛かってしまう、
その可能性は充分にあるだろう。
これも六億円の呪いなのか?
そもそも六億円当たったことが
現実味が無いというのに、
また随分と現実味の無い、
これまでの私とはまったく縁の無い話だ。
やはり、相応の対価を払え、何かを成せと
そういうことなのだろうか……。
−
「どうでしょうか?
一時的にでも構いません
ファニー様をあなたの
養女にしていただけませんでしょうか?」
赤い髪のジルは
涙ながらに訴えて来る。
私は何故か、
大学生時代のことを思い出していた……。
上京して安アパートで
一人暮らしをしていた自分。
隣の部屋には
そんなボロアパートには
相応しくないような
綺麗な女性が住んでいた。
付き合っていた彼氏が
ヤク中であったらしく
薄い壁一枚隔てた向こうから
乱痴気騒ぎの声や
喧嘩の怒鳴り声が
毎晩のようによく聞こえて来た……。
だが、しばらくすると
隣の女性が
部屋で自殺しているのが発見される。
その時、思ったのだ……
何故こんな綺麗な女性が
こんな不幸なことになってしまったのか?
もっといくらでも
他に生き方があったのではないのか
どこかで違うルートへの
分岐点があったのならば
彼女には
もっと違う世界線があったのではないか
例えば、もっと真っ当な
全然違う男と交際していたとか
一人暮らしではなく
実家で暮らしていたとか
一人暮らしだとしても
まったく違う地域に住んだとか
どこが彼女にとっての
破滅ルートへの分岐点となってしまったのか……
あの時、そう思った。
もしジルの話が本当であったのならば、
ファニーという少女にとって
今がその分岐点ということになるのだろうか?
もしここで
彼女が泥沼に沈むことが無いように
自分が掬い上げてあげれば、
彼女の人生は分岐して
別ルートに入ることが出来るのだろうか?
それを自分が
やってしまっていいのだろうか?
分岐しない方がよかった、
なんてことはないのか?
こらから先、
きちんと育てられる自信が無いのに、
今ここで彼女を養女にするのは
それこそ無責任というものだろう……
それは分かる……
だが、そんな先の責任を考えて
もしかしたら
明後日には死ぬかもしれない
今しか助けられないのかもしれないのに
そのまま見て見ぬフリをするというのは
それは正しい選択なのだろうか?
それ程、先のことは大事か?
今は彼女の人生を分岐させることが
最優先ではないのか?
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