亡き者への愛
突然目の前に現れて、
助けを求めて来た
赤い髪の大柄な女性。
自分には無関係な事として
無視することも当然出来たし、
いつもの自分なら間違いなく
そうしていただろう。
それでも何故か、今回は
とりあえず話を聞いてみよう、
そんな気持ちになった。
彼女の言う『ファニー』という人物が
あの金髪碧眼の幼女であることは
なんとなく感じていたし……
何故日本の孤児院に
あんな子がいるのか、
気になったからかもしれない……。
-
近くにあった喫茶店で、
訳が有りそうな事情を聞く。
対面の椅子に座った彼女は
自らをジルと名乗った。
クォーターで日本人の血も入っており、
以前、日本語の勉強をしていたこともあるらしい。
「孤児院に居るファニー様を
今すぐ引き取りたいのですが、
日本に来てまだ間も無い私には
資格が無いらしく、
必要な書類なども準備出来なくて
お手上げなのです
ですから、
あなたが私と結婚してくださったら、
あなたの名義で
ファニー様を引き取れるのではないかと……」
事情は多少違ったが
偽装結婚という事は
間違いではなかったらしい。
「もちろん、
結婚していただけるのであれば、
夫婦としてのお勤めも
果たさせていただきますし……」
彼女は大柄で恵体ではあったが、
世の一般的な男性であれば
二つ返事で了承してもおかしくない程、
セクシーな女性でもあった。
おそらくこれは
色仕掛けだったのだろう。
しかし、残念ながら
他人との接触を極度に嫌がる私には、
そういう魅力には
まったく興味が無かった。
むしろ、彼女にそこまで言わせる
ファニーと言う幼女が何者なのか、
そちらの方が気になる。
「私は、妻に先立たれておりまして……
他の女性と結婚する気などはありません」
「亡くなった奥様を
今もまだ愛していらっしゃるのですね……」
他人と接触することを嫌がる自分が
死んだ妻以外と結婚することなど
絶対有り得ないだろうと思っていたが、
それは裏を返すと、
まぁ、そういうことなのかもしれない。
ただ、感情に疎い私には
それが愛だという自覚が無いだけで……。
-
「もしよろしければ、
もう少し詳しいた事情を
お聞かせいただけませんか?」
他人に興味を持たない筈の自分が、
そんなことを言ったことに
私自身が一番驚いている。
「こう見えても、
私は実は元軍人でして……
欧州戦線の……」
その辺は言いづらいこともあるらしく
ジルは言葉を濁しながら話す。
今、確かに
世界各地では紛争が起きており、
いずれ日本も巻き込まれるのではないか、
そんなきな臭いニュースも出ている。
「ファニー様のお父上は
軍で私の上官だったのです
本当に素晴らしい、
尊敬の出来る方で
少尉には本当に何度も何度も
命を助けられました
私は心から少尉を敬愛していたのです……
その少尉が
戦死される際に言い残さたのです、
私に……。
『娘を、娘のファニーを頼む』と
少尉の奥様もやはり
すでに亡くなっておられていて
一人ぼっちになってしまう
ファニー様のことが、
本当に心残りだったのでしょう……
私は、少尉に約束したのです
ファニー様のことは
お任せくださいと……。
私は軍を退役してからずっと
ファニー様の消息を追っていました
その頃は、もうすでに欧州には
いらっしゃいませんでしたから
そこで、遠縁の叔母にあたる方がいる日本に
すでに移り住んでいることを知り
私も後を追って、日本にやって来ました
ですが、日本でも
その叔母にあたる方が
亡くなられていて
この孤児院に引き取られたと分かったのが
つい最近やっと分かったのです」
なるほど……
それであんな金髪の幼女が、
日本のこんな孤児院に居たという訳か。
「私は、戦争で
あまりに多くのものを失いました……
今の私にはファニー様だけが
少尉との約束だけが
心の拠り所なのです……」
先程の話の流れからいけば、
彼女もまた少尉を愛していた、
そういうことになるのだろうか。
彼女は亡くなった人との約束という
呪いを掛けられてしまったのかもしれない。
「なるほど、事情は分かりました……
しかし、今すぐでなくてもよいのでは?
ちゃんと信頼出来る方に
相談して手続きを取った方が
いいんじゃあないですか?」
「…………」
無念そうに目に涙をためているジル。
「ダメなのです、
このままではファニー様は
人身売買で
売られてしまうかもしれない……」
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