3 ホラ吹き、勃発 #76

 河川敷には縦で平らに開けた場所がある事から、ここが会場なのだろうか。すぐ近くには川がはっきりと水の存在を主張するように音を立てながら流れている。ちょうど長方形に切り抜かれたようなこの場所が滑走路だと分かった。しゃがんで地面を確認してみて思わず口角が上がった、これは離陸と接地で揺れるなんて挑戦的なフィールドだろう。


「大会でパイロットを務める生徒を対象にお知らせいたします。このあとダイアモンド式HK36スーパーディモナにて周辺コースの慣熟飛行を行います。希望者は私が話している場所の周辺に集まってください」

 

「このあたしが荷物持ってるからあずちゃん行ってきて」

「分かったわ。じゃあ、お願いね」


 案内された場所へ足を運ぶと飛桜のTFUNによく似た飛行機が止まっていた。もし二機が遠くで飛んでいると違いがほとんど分からないだろう。

 私は三人程並んでいる列の後ろへつく。そんなに待つことなく私の番がやって来た。

 乗っている他校の生徒と入れ替わりで機体へ搭乗しベルトを締める。


「では準備はいいですか? これよりコース周辺を簡単に飛行して行きます。操縦は私が行いますので、チェックポイントの確認をしてください」


「了解しました。よろしくお願いします」


「ピスト(滑空場にて地上や上空の状況の把握等の総合的な運営を行うための役割)へ、離陸準備完了」


『ラジャー。滑走路一四からの離陸を許可。風一三〇度から一一キロメートル/時です』


「滑走路一四から離陸します」


 パワーが上げられ、カクンと左右に揺れながら加速を始めた。ただ意外にも地面からの振動は小さいうえに滑走の制御も問題ないだろうけど、何だかそれはそれで気抜けする。どうかさっきニヤッとしたのを誰かに見られていませんように――。


 程なくタイヤから翼へと私達を支えている“力”が変わる。担当の人が操縦桿を軽く引き上昇姿勢を取った。すると徐々に目線が高くなり地上を見下ろすような風景へと変わる。八王子と違い山がなく田園が広がっていて、ところどころに家々が密集している。隣の密集地まで歩けば遠いだろうけど、車を走らせる程ではなさそう。何より似た風景が続いているので目標が定めにくい。


 事前にパソコンの衛星地図で大まかな場所を予習し、チャートにも書き込んでいたものの何回も、「ここで旋回するの?」というタイミングで行われた。深めのバンクや急上昇等は行わずあくまでも経路の確認だけで飛行時間は五分もなかった。


「以上で慣熟飛行は終了です。お疲れ様でした」


 あまりにあっという間だったので重要な旋回ポイントすら怪しくなってきた。


「あ、ありがとうございました」


 本当はあと何本か飛びたいところだけど……。他の人も同じ条件であれば仕方無いと思えた。


 機体を降りてから華雲と合流し、悠喜菜たちを探す。


「――それでは疲れているでしょうから今日はこの宿舎でゆっくりしてください。明日は遅れず朝八時にここへ集合をするようにしてくださいね」


 ちょうど悠喜菜が関係者から話しを聞いているのを見つけた。指示された河川敷から更に徒歩十分程離れた場所の宿へと向かう。



「おっとここだー」


 スマホと照らし合わせながらリキ君が期待を裏切られたような口調で喋った。


「本当にここで間違いないのか!?」


「そうだよリキ君、流石にシャンデリア付きのロビーまでは求めていなかったけどこれは……」


「はいはい高碕は当たり前のことを大きな声で確認しなくていいぞ、あとあずなぎは感性がズレているー」


「えーお化け屋敷? あたし悪い子じゃないよ。昨日弟の勉強机に金色のカブトムシのおもちゃを入れておいたこと謝るから!」


「どこがお化け屋敷じゃい!」


「ひいっ、砂かけババア」


「砂かけじゃなくて、毛布かけババアだ!」


『…………』


「毛布かけババアってなんか捻りがない安直さ――」


「華雲よ、野宿になりたくなかったらもう何も喋るな。ひとまず三日間お世話になります」


「あらあらこれは丁寧な子ね、お化け屋敷みたいな建物だけどゆっくりしてちょうだいね」


「今自分からお化け屋敷って言ったよな。聞こえたか力?」


「俺はもう何もツッコまないぞ!」



 昔ながらの座敷部屋に案内され私たちだけの空間になると安堵で腰を落とした。


「ふーやっと着いたね。そうだあずちゃん、さっそく建物を探検してみようよ」


「私は着いたばっかりだから、ゆっくりしたいかなー。それにそんなに広くないから迷うことはないと思うよ」


 長時間の電車に初めての環境で疲れないのだろうか、元気いっぱいな笑顔で訊いてくる。


「よーしでは先遣隊の華雲。何か分かったら報告するように。その間私たちはお茶してるから」


「ラジャー、ゆきな隊長!」



 程なくして華雲が戻ってきた。



「報告します。あたしたちの他には石川、宮城、宮崎の学校が泊まっているよ。それに人数はそれなりに居るみたい。あとご飯は十八時からだって」


「了解ご苦労であった。それまでミーティングでもするか。愛寿羽も調子は大丈夫そう? ぶっ倒れそうになるまで追い詰めたら駄目だからな」


「ええ大丈夫。無理はしないし、そのために少し体力を付けたよ。それに飛行特性や離着陸を散々やったし上位取れるように頑張る。そういえば華雲ちゃん、フライターの調整は終わった?」


「うん、なんとか。あとは慣熟飛行で確認したチェックポイントをチャートと照らし合わせられれば粗方ね。リキくんは?」


「任せろ、座席の調整から計器の調整まで一通りできるから。そう言う悠喜菜もどうだ?」


「風、飛行経路、地形……、すべてにおいて抜かりはないつもり」


「じゃあみんな手をだして!」


 私たちは華雲に言われるがまま手をスッと前に出した。


「がんばろう!」




 ご飯も食べてから間もなくお風呂の順番が回ってきた。満腹で歩きにくい中、タオルや着替えを手に浴場へ向かったものの、リキだけ怪訝な表情を浮かべた。


「おい! なんで飛桜の風呂の時間、ひと枠しかないんだ?」


「だってあたしたち人数少ないじゃん……ってことじゃなくて」


 華雲が縛っていた髪を解きながら答える。


「いやそうじゃない……他の学校は男と女とで最低二枠あるのに飛桜はどうしてだ?」


 悠喜菜がクスクスと不敵に笑い始めた。


「大丈夫だよ、私たち女の・・・しかいないんだから。それに寝るのだって一緒だろ」


 華雲と一緒にようやく事の意味を知った。


「そういう問題じゃねぇ! よく見たら誰だよ、飛桜は女子四人で申請したヤツは?」


「リキは女の子みたいな童顔だから行けると思った」


「浅はかな理由だったー。ってマズいだろ! 犯罪だろ。それにいつ書いてきた? そんなタイミングなかっただろ?」


「一人でガヤガヤ騒ぐなって。サラサラの黒髪ロングの美女で、男子の中で密かに行われている『一番彼女にしたいランキング』一位を取っているのに、男子には若干塩っけに接している愛寿羽の裸が見れるならいいだろ? それに私たちも居るし」


「どうしてあたしがオマケみたいになっているの? それはナイスバディーなあずちゃんに勝てないけどさ……」


「えっと……、二人も何を言って――」


「そ、そうだな。それなら是非とも『最高の景色』拝みたいところ」


「色々と驚くことが多いけれど、もし拝むようなことをしたらLogalisの尾翼に手をロープで縛り付けて離陸滑走してあげるわ。きっと最高の景色が拝めるだろうから」


「それだけは嫌だな。別に今夜はパスしてもいいし」


「え? 三日間同じ人数で申告しているに決まってるじゃん。仮に明日書き直しても疑われるのは必然だけど」


 リキの深刻な表情を楽しんでいる悠喜菜。恐ろしい。


「……ったく弱ったなー今更俺は、どっかのバカのせいで――」


「その割には随分嬉しそうじゃないか」


「まあな、……じゃなくて嬉しくない」


 まともな人はいないのだろうか……。そうだ華雲が――。


「早くしないと時間なくなっちゃうよ。別にしょうがないよね、減るモノじゃないし」


「……えぇ。おかしいのって私だけ?」


「でもあずなぎも俺と一緒は嫌じゃないのか?」


 そうなるよね……、でもこうなった以上、絶対的にダメとは言えないじゃない。


「常に私から反対側を顔が向くならかろうじていいけれど。って言うか絶対見ないで!」


「なら決まりだな。またとないチャンスを存分に噛みしめるんだぞ」


「おっしゃー! じゃなくて、ったく信じられないな」



 結局私たちはみんなで入浴することになった。リキくんにはある程度距離を取ってもらい、振り向くことやおかしな行動をしたら即大空へ“曳航”という誰でも守り易い条件付きで。



「ふー気持ちよかったー。これがあと二日か……」


「あれ、あたしよく考えたらすごく恥ずかしい経験をしたってことだよね……。もうお嫁に行けないよ」


「大丈夫だよ華雲。まだもうワンステップあるから」


 華雲は急速に頬を赤らめ目を左右に泳がせた。


「あ、あたしは……、なにも知らないよ。ぴ、ピュアなんだから。ほ、ほら赤ちゃんだってキスをしたらできるって……」


「あれ、中学の保健体育で勉強しなかったのか? よかったらついでに教えてあげる」


 この場の空気を邪魔しないように、リキと目線を合わせてから。口を開く。


「私とリキくんはコーヒー牛乳を買ってくるから。どうぞ楽しんで」


「まって、あたしも行くから置いていかないで」


「私も行くからさ。……やっぱり華雲をからかうのは楽しいな」


 華雲は悠喜菜から離れ、私の左手を握った。あまり下手な言葉を口にして華雲の立場果ては私の立場を危うくしてはいけないので。黙って華雲がするままに従った。

 ロビーの瓶自販機が視界に入ったところで悠喜菜が声をあげた。


「やった、ここバナナとマンゴースムージあるじゃんかよ」


 じーっと悠喜菜が華雲に視線を送った。


「……あたしお金ないよ。飲みたいなら自分で買いなさい」


「おっとからかいすぎたツケが回ってきた。偶には自分で買うよ」


「つね日頃そうしてください」


 私とリキでコーヒー牛乳、華雲は牛乳を選んだ。それぞれが瓶を手に飲み干した。



「明日は早いからもう寝るんよ」



 とてもいい笑顔で女将さん私たちに声をかけてくれた。


「ひっ、毛布かけババア」


 そんな和やかな雰囲気は華雲によって破壊された。


「やかましいわ! 今から布団かけババアの本領を発揮するから待ってなさい」


 そう言って女将さんはドスドスと足音を立てながら暗い廊下へと姿を消した。

 間もなく放送のチャイムが鳴る。


『宿泊をしている全生徒に告ぐ! あと三分で電気をすべて落とすからとっとと寝やがれ! なお、消灯後廊下をほっつき歩いている生徒を見つけ次第作業を手伝って貰う』


 マイクの電源を「ブチッ」と切る音が響いた。


「なるほど確かにある意味布団かけババアだな」


「早く部屋に戻らないとマズんじゃない?」


 私たちはスタスタ素早く部屋へ戻り床に入った。



――よく考えたら、暑いから毛布いらないよねー。

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紺碧空のグライド・パス ——Azure skies of Glide Pass—— ぎだ 輝雪 @gida-kisetu

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