12 Logarisの整備状況及び通常訓練機体への改修状況 #65

 ちょうど自動販売機があるロビーで、敷島先生と船堀先生が缶コーヒーを片手に肩を落としながら会話しているのを見かけた。何かを話したげな鳳先輩はタイミングを伺っている。


「あーあ、たぁっぷりと、ありがたいお話しをされたなー。今後しばらくくだらない案件で呼ばれたくないなー敷島先生」


「あんなことや、経営理念再確認から、何から何まで盛りだくさん。これならインドの踊っている映画を四時間観る方がまだよかった……」


 空き缶をゴミ箱へ捨てた間合いで、私たちの視線を感じたようだ。


「……ということで、また飲みに行きましょう」


「……そうしましょう」


 船堀先生は抜け殻のように腑抜けた足取りで職員室まで戻っていった。


「敷島先生、来週から本格的に調整をしたいのでLogarisの試運転をお願いします」


 鳳部長たちに声をかけられ、すっと背筋を伸ばした。


「……先生忙しいからついでに二年生に手順を教えてあげるということでよろしく。それにしてもよく頑張ってくれたね。近頃は本当に機嫌悪かったからねあの機体。あとTFUNへ取り付ける例の改修キットはどう?」


 サスペンダーのズレを確認しながら鳳先輩に改修キットの話題へと切り替えた。本当に仕事が忙しいのかは本人にしか分からないけれど。


「問題は無いです。ただ機体が元々アナログで、導入キットがデジタルになりますので、フライターへ速度と気圧数値書き込み際に、エラーが出てしまいます。プログラムを書き換える事が可能であれば対応はできますが……」


「できるが?」


「実はプログラミングが全く分かりません」


「うーん、柊木でも厳しい?」


「……端的に言えば厳しいです。調べながらやったとしても何日かかるか。……運航室に“カペ・アミラド”のコーヒー豆を入れてくれれば、真面目に取り組みたいと思います」


 手を口元にあてながら笑みを浮かべる柊木先輩。


「普段から真面目にやってほしいんだけど……、たまには士気向上ということで先生のおごりでもいいかー。ちなみにいくらぐらい?」


「一〇〇グラムで一万円ちょっとします。通販でも売っていないので直接代理店を経由しないといけません」


「うん! それは無理だ、先生の葉巻より高いや。そっかー、生憎先生も専門外だからアビオニクス(航空電子工学)科の生徒に頼むしかないかー。明日から実習期間だから頼めたとしても三日は覚悟しておとかないと……」


「もしそれよろしければ、あたしに任せてくれませんか?」


 華雲が会話の間に入った。


「エラー内容が分かれば最短で明日までに修正できちゃいます」


「おーマジか。本当にお願いできるか? ……と言うかしたい」


「了解です、鳳先輩」


「ありがとう。できあがったrらメールで送ってくれ。では明日」


「あずちゃんたち、ちょっとまってね。いま花奈に迎えに来て貰えるか聞いてみるね」


 そう言うと華雲は左手でスマホを持ち耳へとあてた。



 偶然幡ヶ谷君が私たちのいるところに姿を現した。


「二稲木さん、俺の闘いっぷり、どないやった?」


 誇らしい気な顔をしながら私に話しかける。


「大健闘だったわね」


 素直に私も悠喜菜と対等に闘った事を賞賛しようと、できる限りの笑顔を添えて言う。


「じゃあ、これで俺のことを——」


「それは別」


 その流れがなければもう少し見る目が変わっていたのかも知れない……。本当に私の何がいいのやら。


「おーい幡ヶ谷、これからカラオケ行くんだろ? 早くしないと置いてくぞ」


 離れたところで幡ヶ谷君を呼ぶ声がした。彼は少し渋い表情をしながら私に顔を合わせる。


「……というわけでほな、またな」


 そう言い残すと以前のように彼は騒がしく足早に去って行った。私は深くため息をついた。気を遣う緊張がほぐれたのか、彼への調子が合わせにくいのか……でも、どっちも正しい。



「——うん分かった、じゃあバス停で待っているね」


 ニコニコと電話を終えた華雲が、この場にいる私たちの表情を伺った。


「……というわけで、このあと花奈が迎えに来るって。それにみんな乗せられるってさ。ちょうどチャペの健康診断が終わったからタイミングよかったよー」


 華雲の口ぶりから一旦家に帰っていないみたい——ということは……。


チャペ「ウにゃアー」


華雲「にゃッハー」


チャペ「ウニャ、ウニャァ」


華雲「にゃにゃ、にゃっはー」


 堂々と足を組み、胴体にはシートベルトをしている猫がそこにいた。両手には魚肉ソーセージをもっていてもぐもぐと食べている……本当にこれは私が知っている可愛い猫なのだろうか、実は診断で何かの手違いで知性の注射でも打ってきたのだろうか。


「ほぉ猫言を話せるのか華雲は……」


 感心している悠喜菜……。ツッコむところが多くてもはや処理しきれない。


「こうしているとこの子喜ぶから。実際はテキトーだよ」


「……」


 心ばかりかチャペは髪の毛を心配しているようだった。もしかすると本当に通じているのかも……。そんな事はあり得るのかかなり疑問でもある。ついでにちゃっかり私の膝の上に乗っかると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしはじめた。こうしていると愛嬌がある猫だ。



「そういえば、この間あずちゃんに突っかかってきた子の名前って?」


「結局誰だったのか分からなかったわ」


 本当は名前まで知っているが、話しを切り出すことはしなかった。確信が無いまま巻き込む訳にもいかないから。ただ今日、あれだけの人数の中でカール髪が特徴であるその姿を見かけなかった。



「ところで華雲、今朝無くしたって言っていた自転車の鍵あったよ」


「本当に? どこどこ?」


「玄関に落ちていた。まったく昔からそうなんだから」


「その様子だと、他にもやらかした事があるんですか?」


 すかさず竹柳君が質問した。私も少し興味を持ちチャペの頭を撫でながら耳を傾けた。


「そうね、自分で買ったばかりのノートパソコンをなくした事もあったよね。まだ幼稚園のとき、目を離したら勝手に特急で二〇〇キロもある松本まで行っちゃったことがあって……、現地の駅員さんから連絡があったときは、びっくりしたんだから」


「えー、その後どうなったんですか?」


「何とか八王子まで帰って来られたから良かったよ。ただ電車賃一万ぐらいまでは許容だったけど、言い分が『迷子になったのは花奈じゃん』なんて言ったから、即こめかみグリグリの刑に処したんだよねー」


 時折ルームミラーに笑顔が映り、楽しそうに昔話をする華雲のお母さん。


「もう花奈ったらそんな昔話をみんなの前でしなくてもいいのに……。今度バツとして麦茶と麺汁入れ替えてやるぅ」


「なら毎朝の卵焼きの砂糖を塩に変えておくからね」


「ヒィー! それはイヤ!」


 私は微笑みながら二人のやり取りを聞いていた。隣で鼻から空気を抜くように笑いこらえていた竹柳君は、やがて肩を小刻みに動かし声に出しながら笑った。反対側の悠喜菜も口元に指をあてながらぎこちない笑顔になった。


「はい、みんなも笑わないの!」


 そう発言した本人が一番楽しそうに笑っている。



 楽しい時間があっという間に過ぎ、気がつくといつものバス停近くまで帰ってきた。お腹がすいたので時計を確認しようと、前のナビにある細かい文字に目を凝らすとちょうど午後一時を過ぎたところだった。


「明後日はザンギ華雲に持たせるから楽しみにしていてね」


「あ、ありがとうございます。嬉しいです」


 そういえば夏休み前の合宿期間で学生食堂が閉まってしまうんだっけ……。普段の授業も大変だけど、お弁当を作らなきゃいけないのもまた負担なので、どっちもどっちだけれども……。 

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