11 水鉄砲大会(後編) #64
ちょうど竹柳君が銃を持ち周りを十分警戒しながらふらっと歩いてきた。
「あれ、竹柳君も私と同じチームだったの?」
「そうみたいだな、ひとまず最後まで生き残ることに専念しよう」
次の瞬間竹柳君が水を浴び、ゼッケンが溶けてしまった。水の勢いが強かったのかその場に尻もちをついた。
「うっはー、もう敵がきてる!」
反射的に華雲が竹柳君を撃った敵女子を打ち負かした。もう何が起きているか理解が追いつかなくなってしまった。
「え、衛生兵! 要救助者ここにあり! 死んじゃダメ、リキ君」
華雲が大きな声で叫んだ。
「んなもん居ねーよ! お前はただのゲームのやり過ぎだ」
ふと誰かがゼッケンを持って来たかと思うと、その男子は竹柳君に着せ、破れた方を自分に当てがった。
「ほら、これでもう大丈夫だ。先に退場するがあとは僕の分まで生き残れ!」
「本当に居るのかよ! 衛生兵が……、っていいのかよ!」
「いいんだ、僕、濡れたくないし。この混乱に乗じて早々にベンチへ退却する」
「あ、おい!」
竹柳君にゼッケンを託した男子は人の間を縫って逃げるように去って行った。
「冗談じゃねぇ。マジかよ」
「こうシチュエーション戦場でよくあるよねー」
「逆に見たことねーよこんな場面! 今泉はやっぱもっとゲームやって学び直せ」
「りょうかーい」
嬉しそうに敬礼のポーズを取る華雲。やり取りの直後、更にBチームが押し寄せてきた。よく目をこらすと、先頭では悠喜菜が統率を執っている。
華雲は数人に囲まれたが、撃たれる前に上手くしゃがみ、間をくぐり抜けると背後を取り確実に仕留めた。異様に運動神経が高いというのも相まってか、徐々に人数が減ってきた。
「ゆきなちゃん隙ヤリ!」
ふと悠喜菜の姿が見え、加えて彼女の周りに人がいなかった。そんな中へ水鉄砲の照準を合わせた華雲が何回か引き金を引いた。華雲の攻撃に即座に気が付いた悠喜菜は、水の軌道を読んで当たらないよう避ける。
「甘いな華雲。ところで頭がガラ空きだぞ」
「え? なんのこと――」
華雲は頭上から水風船を浴びた。衝撃でヘアゴムが緩まり、顔が一瞬にして赤い髪に覆われた。
「うにゃー、家に帰ったら花奈に怒られる案件じゃん、げふっ、鼻までもー!」
すでに撃沈されている華雲に流れ弾ならぬ流れ水を浴び、どうやらその水が鼻に入ったようだ。私は即座にドラム缶の陰に隠れ、気付かれないよう全体を見渡す。
ほんの少し離れたところでドヤ顔をする悠喜菜。味方だと心強いのに敵になるとかなり手強い。それにまだ中盤なのに味方がほとんどやられてしまったように見える。
「あ、ドラム缶の後ろに誰かいるぞ!」
まずい私の位置が敵に知られてしまった……。華雲が守っていた補給場を崩されたことに気がついた幡ヶ谷君が全力疾走で向かってきた。
何人かの先輩と一緒になって持ち場を防衛する。私も夢中で水鉄砲の引き金を引き続けた。ただ、華雲みたいに水を顔にかけられるのが嫌だったので、目を瞑りながら撃つ。当然敵に当たらないどころか、あっという間に水がなくなってしまった。ただ幡ヶ谷君が来るまでにいくらか時間を稼げただろうか。
「やるぞー、やるぞー!」
気がつくと鉄砲の水がなくなっていた。タンクが空なのを知った敵達にもれなく狙い撃ちされる。駆けつけてくれた幡ヶ谷君が一掃してくれたが、それでも水が滴り落ちる程の被害を受けた。
「ホンマにすまなかった二稲木!」
薄々こうなるとは思っていた思っていた。体全体に変に力を掛けるわけにもいかず、やられるがまま水を浴びた。下手をすると、ソロよりもびしょびしょなのではないだろうか。
「ごめんね、あとはお願い」
「任せろや、カッコエエとこみせたる」
「……頑張ってね」
はいはい、よく分かりました。私は適当に言葉を彼にかけてから、水を滴らせたまま華雲が待つベンチへ向った。
「お疲れさま、あずちゃん。たぶん誰よりも濡れているよー」
「本当に最悪……、それと下着透けてないよね?」
「うーん、よく見れば若干透けているけど、正直誰も見ないから大丈夫! それに暑いしすぐ乾くと思うよ」
既に制服に着替えていた華雲は、ビスケットを美味しそうに食べながらまるで観客気分でいる。
ベンチに座る前、たっぷりと水を含んだ制服をできる限り絞った。ソックスはどうにも出来ないので仕方無く濡れたままにしておく。腰を下ろす頃には人数が更に減り、場には残すところ両チーム合わせて十人ぐらいとなっていた。ベンチは日陰になっているので、乾くのに時間が掛かるだろうし、かといって陽に照らされるのも……。
「いやーすご、二稲木はどうしてそんなにビチャビチャなの? 初ソロ後みたいなことになっているぞ」
首を傾けながら驚いた様子で鳳部長がやって来た。おかしい……周りと遜色ないぐらいに絞った筈なのに……。
「やっぱり結構濡れていますか? 私……どうやら、男子の格好の獲物にされました。お陰でまた制服をクリーニングに出さないとです」
「そいつは難儀だな、少なくとも着替えてくればいいのに」
体操着を忘れたという事実を先輩に伝える事はあえてしない。前に華雲がAIMJを忘れたとき「航空人たるもの忘れ物は――」と始まって面倒だったから。
「最後まで悠喜菜ちゃんがどうなるのか気になりまして。ちなみに鳳部長はどちらのチームですか?」
「俺は……さっき校長が言っていた『どさくさに紛れて職員室を襲撃する輩』は俺のこと。今年はなんと試合には参加させて貰えず、こうして水の用意や雑用等を任されているんだ」
「……まったく、襲撃したくなる気持ちは理解できなくもないけどね」
部長の陰から頭が乾ききっていない柊木先輩が姿を現した。
「……愛寿羽ちゃんそのままだと風邪引くよ、……髪を拭いてあげる」
柊木先輩はそう言うとタオルで髪を拭いてくれるみたい。私は髪に付けている髪飾りを取り外し二つに折り返した。
「……前から気付いていたけど、その髪飾り可愛いね。そういえばフライトではいつもこれで一つに纏めているよね。……すごく便利そう。私もいつもはヘアピンをしているけど、今度バイトでしてみようかな」
「これをくれた人にとっては、私を探す目印みたいなものでして――」
先輩のタオルからフローラルのいい香りが漂ってくる。気を取られてしまった私は大人びた柊木先輩の仕事先が少し気になったものの、聞き出すタイミングを逃してしまった。
「愛寿羽ちゃんはその人を知っているの?」
「それが……実は何も知らない上に手掛かりもなくて」
「見つけて貰えるように情報をインターネットに発信してみてはどう?」
以前にも呼びかけはしてみようと思ったが、なかなか気が進まなかった。お父さんという唯一の知り合いがいなくなったその人が、私のような存在に満足するのだろうか。
「……いずれにしても、見つけて貰えるといいね」
「はい」
「お、あれはアツいぞ!」
悠喜菜が総攻撃を側転で回避しかけたところ、手を滑らせ転倒した。
「チャンスや! 今なら倒せる!」
うつ伏せになった悠喜菜めがけ、何回か引き金が引かれる。彼女に当たる直前、ギリギリのところでくるくると回りながら避けた。
「今のは危なかった」
あっという間に体制を立て直し表情こそ冷静のままだが、少し息を乱している。
「チッ。あともう少しやのにー」
「残念でしたー。常に最悪な状況を見据えてないと虚を突かれるからな。……おっと私が言っている意味が難しかったかな?」
「クソ、バカにしやがって」
「そうやって感情的になると足下をすくわれるぞ」
そんあ二人のやり取りを笑う部長。
「ははは、あれは説教をしているのか、バカにしているのかまるで分からない」
「悠喜菜ちゃんはそういう人です……。ちなみに私はもう慣れました」
「部活で敵に回したくないから、今度媚びを売っておこうかな」
「……鳳君、媚びを売るというのはあの子に《・》も《・》効かないと思う」
先輩二人が何かを思い出し、それを悠喜菜に照らし合わせているように思える。
「それも、そうだな」
幡ヶ谷君は、大きな水鉄砲で悠喜菜に迫った。
「あー因縁に思い当たる節はないが、かかって来な」
「泣いても許さへんで。自分がいかに矮小なヤツかを教えてやる」
「は、お前がそれを言うのか? まったく低く見られたものだな」
二人が話しているさなか残った人達が、鉄砲の水を補充したり、水風船を作ったりと決戦の準備を進めた。
「今回の俺はひと味もふた味もちゃうでー。この観客数、このチームの数。まだ俺らが有利や」
「観客数が多くても攻撃力は上がるとは限らない、だから甘いって言ってるんだ」
「そう言ってられるのも、今のうちやで」
「おい! 何だアレは」
「ドローンか……上等だ全員相手してやる」
どうやら誰かがドローンを操作しているようだ。
「お、そんなのズル! よし、我が軍勝利のためドローン部が加勢してやる!」
私達のチームにいたドローン部の先輩が部員を呼び集めると、スマホをポケットから取り出した。間もなく空いた校舎の窓から続々とドローンが列を成して飛び出してきた。その数は二十機に及ぶ。
「おいこら! 向かわせたらダメだ! ヤメロー、やめてくれ」
校長先生の制止を求める悲痛な声が響くが、無視し前進を続ける。
途中、場に落ちている鉄砲や未使用の水風船を器用に拾い上げると、一斉にドラム缶周辺へと集まった。
「ダミー機は経路をプログラミングして、人間が操作している機体をカモフラージュする。これで勝利率がグッと上がるはずだぞーい」
次から次へと機械的に水をくみ上げると、それぞれ一定の間隔でホバリング(上空にて制止)をはじめる。悠喜菜はあっという間に四方を囲まれてしまった。ドローンが一斉に悠喜菜へと照準を合わせた。彼女の表情はやはり慌てるわけでも、諦めるでもなく冷静だった。
一斉射撃が始まる前、或いは少しだけ水が銃口から出ていたのかも知れない。いつの間にか水鉄砲を二丁手にしている悠喜菜は、器用に動きながら狙い撃つ。飛ぶ元気を無くしたドローンたちが次々と地面へと高度を落とす。
「あの一年どうしてあんな動きができんだよ! 俺が操作している機体が最初にやられるし……」
がっくりと肩を落としたかと思ったら、そのまま地面へと座り込んでしまったドローン部らしき人物。周りにいた数人の部員も酷くため息をついた。
「あのバカ、飛桜で貨物輸送ビジネスをはじめるって言っていたはずなのに。合計二〇台、概算で一四〇万がパァだ……。勘弁してくれ、来年度の予算が……。でも乾燥させればまだいけるか」
校長先生が凄い顔で頭を抱えながらその場でうずくまった。おそらく今年をもって水鉄砲大会は永遠になくなるだろう。
「……何だか戦争の歴史を見物しているみたい。正面切っての闘い方から、最後は無人機による闘いとね」
「世の中は銃弾よりも早く進むからついていけないよー」
「……鳳君は弾丸よりも速やかに、奉仕活動しないとこのままじゃ卒業出来ないと思う」
「手伝ってくれてもいいんだぞ。あとトイレに職員室に管制室、おまけに部活動棟全部が残っている」
「それはつまり飛桜の用務員さんですね!」
「違うわ、今泉。せめて庶務と言って欲しいぞ」
「しょむってなんだ、用務員さんの上位互換? グレート用務員さん?」
「華雲ちゃん、それは全然違うと思うわ」
華雲にとって言葉の違いは些細なのだろう。本当にどうやってこの倍率の高い高校に入れたのかが全くもって不明。
「ゆきなちゃん! そこの男子達を皆殺しにしちゃって」
今度は敵チームの悠喜菜を応援しはじめた。忙しいというか、本能のままに行動しているというか……。それでも何でも楽しめ、笑顔になれるところがいい。
「おいおい、いつから敵に寝返ったんだよー今泉。最初に言っていることと逆だし」
「だってあたしいつでもゆきなちゃんの味方だもん」
「そうか、そうか。じゃあ俺も同じ部活の仲間を応援することにする」
そう口にした直後、深く息を吸った竹柳君。
「高碕! 負けたらソロの時、バケツいっぱいに入れたコーラを被ってもらうぞ!」
声に気がついた悠喜菜一瞬怖い顔をしてから水風船を投げてきた。その怒りを体現したかのような赤い高速球は、避ける間もなく竹柳君の顔を直撃すると、体操着ごと上半身を濡らした。
「ゴフっ。……もう余計なことは言わないことにする」
彼は水滴のぽたぽたと落ちなくなるまで動けずにいた。
再び悠喜菜と幡ヶ谷君の攻防戦へと戻った。ベンチで観戦をしている人たちは既に起伏のない状況に飽き、スマホをいじりはじめたり会話を楽しんでいたりしている。
「それで、あれって今日中に決着つくのか?」
「たぶんゆきなちゃんが、そろそろ決着をつけるかもです」
ようやく髪を思い通りに弄れるまでに乾かした華雲が、いつも通りのハーフアップに結び直しながら先輩に答えた。
『両者そこまで!』
何の前触れも無くマイク越しに校長先生の声が聞こえ、いきなり決着が付いたようだった。その刹那を偶然見ていたかったので、パッと見ただけではどちらが負けたのか分からなかった。目を凝らして二人の服を見てみると水が当たった様子もないし……。
『結果は両チーム引き分け』
「は? なんでやねん、エエところだったのに!」
途中で引き分けを言い渡され、幡ヶ谷君が憤然たる口調で抗議する。
「そうだ、そうだ。中途半端はマズいだろ!」
「調子のんなよ、アホ運営!」
「ブーブー」
一部の観客からもヤジが飛ぶ。もはやチームで決着がつかなかったことで、大会の意味が薄れているのも事実。それにドローンを失ったことも、分からなくもないけれど……とにかく無茶苦茶だ。
『最後まで二人はよく頑張りましたが、これ以上長引かせるとこのあとの仕事が……。大人の事情で切り上げたお詫びとして、購買で使える一〇〇〇円引き券を生徒全員にプレゼントしちゃいます』
場の怒りを抑えようと必死になっているのが覗える。意外にも「一〇〇〇円はかなりデカい」と嬉しがっている声が多数挙がり、あっという間に沈静してしまった。私自身も嬉しいには嬉しいが、胸にしこりが残ったような違和感を覚えた。それと同時に悠喜菜には今後も幡ヶ谷君に絶対に負けて欲しくないとも思った。
『では、拍手で二人を称えてくださーい』
一瞬の沈黙のあと、全体に拍手が沸き起こった。
「案外やるじゃん、幡ヶ谷」
「お前もな、高碕」
二人は握手をしながらお互いの闘いぶりを称え合っている。それは友情が芽生えた感動的な瞬間なのかもしれない。
『以上で飛桜の水鉄砲大会を終了します。なお来年は別の遊びを計画しようと思います。では解散……』
校長先生の覇気のない声に後ろ髪を引かれるような感覚に襲われる。ただあまり関わっていけないと直感で悟る。スタスタと去る生徒と一緒に場をあとにした。
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