10 水鉄砲大会(前編) #63
人工芝になっている校庭へ私たちを含め続々と生徒が集まる。二年生がいなくてもそれなりに人が多い。太陽がじりじりと私達を照らし、アスファルト上部は熱が反射したために空気が乱されるのか、空間が歪むように映る。これなら悠喜菜の言うとおり、教室でおとなしく読書や授業をしている方がまだ良かった。生徒も徐々に暑さに苛立つ様子が見受けられる。
「ここに攻撃用に水鉄砲と水風船に水を補充する用のドラム缶、その隣には水に溶けるゼッケンがある。みんなにやってもらうのは水鉄砲大会」
いつの間にか校長先生が朝礼台の上に立っていた。
「水鉄砲大会?」
周りで文句を口にしていた女子生徒が興味を持った様子で呟いた。
「そうか、だから体操着を持ってくるように言っていたのかー」
ふと華雲が何かを思い出したような口ぶりで話はじめた。
「え? 華雲ちゃんそれどういうこと」
「あれ、あずちゃんもしかして学校からのメールを見なかったの?」
そんな筈はない、授業の持ち物を確認するのだから見逃すなんと事はないのに。
「もしかしてまた体操着忘れたの?」
「うん、そうみたい。と言うかそう……忘れた」
「みんな、なんで体操着持ってるん? せや、二稲木さん今度こそ貸してくれへん」
周りを見渡し驚く幡ヶ谷君とその仲間。一部の男子も鞄から体操着を取り出した。
「私も持ってきてないわ。それに貸したら私はどうすればいいかな」
ちらほらと忘れたであろう男子が目立つ。その部類に分けられるのは何とも言えなくなる。
「華雲マジか、私も持ってきてないぞ。それよりも華雲が持ってきているってのはダメじゃね? な愛寿羽?」
「そうね、悠喜菜ちゃんの言う通り。どうして今日に限って忘れ物しなかったの?」
何となく悠喜菜に肯定した。自分でも「また忘れ物をしたか」とうんざりしている。
「うーん、二人もあたしがこの間筆箱を忘れたからって……まあ、今日のところは制服が濡れても、明日は任意で私服登校していいみたいだし。それに部活は整備しかないから大丈夫なんじゃない?」
「とにかく今日は制服で乗り切ることにするわ」
「そういえば華雲、どうやら私もそのメール届いていないんだが」
「もう、二人ともちょっとスマホみせて」
私と悠喜菜は華雲にスマホを手渡した。華雲は慣れた手つきでメールアプリを開き『迷惑メール』のタブを開いた。
「ほら悠喜菜ちゃんは迷惑メールに入っているよ。ドメインを承認していないと通知が来ないにきまってるじゃん。あずちゃんはもしかして自動削除しちゃったのかな?」
「なるほど、よく分かった。校長のメールが『迷惑メール』とか笑えるな」
腕を組みながら、悠喜菜がニヤッと笑う。
「ありがとう華雲ちゃんあとで設定を変えておくわ」
「では体操着を持ってきた人は更衣室で着替えてもいい。持ってきていない人は親御さんに迎えに来て貰うか、又は特別に学校バスにて送迎するぞ。えっと、……担当するのは数学の前田先生と国語の柴崎先生、物理の
「じゃああたし着替えてくるね」
「……了解、華雲ちゃん」
体操着が仮にあったとしても、恐らくみんなと着替える段階で傷跡がバレてしまうのだろうか。いずれにせよ“忘れた”と言っていて正解だった気がする。本当にこの傷跡が忌々しい。
「柴崎先生……事前何にも聞いていないですよ。それに中型を運転する随分久しぶりですし。えっとざっと人数は四〇人ぐらい?」
前田先生は驚きでズレらした眼鏡を直しながらながら困惑もしている。
「バカ言ってんじゃないよ、あの校長。……大型運転できるかしら」
対し柴崎先生は少々ご立腹している様子だ。杉本先生は微動だにせず呆然と立ち尽くし
「あはは、将来もし教員として働く事になっても……、絶対飛桜には赴任したくないな」
誰かが実もない事を口にしている。確かに社会人として働くとなると、突飛な予定変更をしたいといけないのは大変。でもそれも仕事と割り切れるのも先生の強かさだと思う。
私の耳には更に船堀先生が敷島先生と会話しているのが耳に入った。
「時々こういうのも企画するのはいいんだけど、一体誰がいつ授業の埋め合わせをしないといけないんだろうな。それに事前に一斉メールしていたとはいえ、忘れている子多すぎないか? 管理が理事長管轄の部署じゃなかったっけ」
「この企画自体僕は嫌いじゃないですがね、船堀先生。確かに学校内部は校長が、空港関係だけは理事長が管理していれば、こんなミス起きないのにね。前に聞いたことがあるけど、どうもそういう訳にいかないらしくて」
「あ、そうそう敷島先生がこの間やっていた航空燃料の計算間違っていたぞ、なんでリッターじゃなくてガロンで算出しているんだ? 頼みますよ、敷島先生」
「あーそれ、その直後に直して提出しておいた。船堀先生はいつのデータをご参照で? それにちゃっかり土日のお弁当を経費として算出していたような……」
「は? それぐらいは……それに敷島先生も葉巻を経費に――」
「うわっ! バカ、声に出すなっ」
「おや、聞き捨てならないねー。ひとまず理事長室へカモン」
「理事長今のは、冗談でして」
「私のルームでティータイムでもしながら詳細にアスクしますからね」
「あーあ、アレは完全に終わったな」
悠喜菜は口元を緩めた表情は嬉しそうに映った。
しばらくすると華雲が戻ってきた。半袖に短パンといかにも涼しそうな格好をしている。
「さあ、ルール説明だ。出席番号または席順の奇数はA、偶数はBで別れ、生き残り戦でAチーム対Bチームという形式にて全校生徒で勝負していき、チームの誰かが生き残ったらそのチームの優勝で、最後に残った人は最優秀生徒として大学受験時にスポーツ推薦をあげたり、あげなかったり……。とにかく相手の背中や正面に水を当て、ゼッケンが溶けたら終了の生き残り戦だ。ただし故意に地面に寝そべる行為や、味方同士で背中合わせになるのは禁止だぞ。言うまでもないが、有刺鉄線よりも向こう滑走路へ行かないこと、本当に新聞に出るからな。あくまでも校内にいるように」
ため息を一つ漏らし、言葉を続けた。
「それと昨年どさくさに紛れて職員室を襲撃してくれた輩がいるが、もし校内に水鉄砲や水風船を持ち込んだら即失格で外野ベンチへ行ってもらい、後日一週間全校のトイレを掃除を命じるから心しておくように」
灼熱の校庭に呼ばれて乗り気ではなかった生徒たちが徐々に闘志を燃やしはじめた。依然私はやる気が出ないが、もし下手に校内に留まっていたら不正行為と勘違いされ一週間トイレ掃除をさせられるみたいだし……、仕方がない。
出席番号の組分けでは華雲と一緒になれたが、悠喜菜だけが偶数なので相手側Bになってしまった。
「ゆきなちゃんナシのチームでどうやって闘うの? あずちゃんは運動オンチなところをみんなに狙われそうだし——」
「……運動音痴は余計だわ、華雲ちゃん」
「でもたまたま偶数で分けられるからしょうがないな。大丈夫、苦しまないよう即座にベンチに送ってあげるから」
三白眼で怖い顔をする悠喜菜、微かに口元が笑っているから余計に恐ろしく感じる。
「さぁー、二稲木は俺が守ったる。俺の活躍、しっかり目に焼き付けとってな」
同じチームになった幡ヶ谷君は張り切っている。もし相手チームだったら華雲にやっつけて貰おうかと思ったのに……。他の女子達はひっそりと男子と交代した結果、ほぼ男子対女子のような組み合わせになっていた。チーム人数が崩れるのと、幡ヶ谷君からの指名があって私と華雲も移籍したかったのに最終的に動けなくなってしまった。
「あたしもあずちゃんの近くにいようかな。その方が安全そうだし」
「しっかり守ってね。華雲ちゃん」
「ラジャーって、なにかちがう気が……、ま、いいっか。戦争ゲームで鍛えたこのカンを生かすときはきた!」
「夏日にエアコン暖房にしようとするクセに、ホンマに大丈夫やろうか、あいつ……」
私たちのAチームでは作戦会議を行う。三年生と一年生の間には微妙な溝があるのか、結局学年で二手に分かれ相談した。
お互いの会話に耳を傾けると「誰が先陣を切るのか」とか、「俺が指令をやる」「いやお前はバカだから俺だ」とか、「誰が女子を守るんだ」とか対策よりも自分のやりたいことを主張し合っていて、まるで統制が取れていない。例え会話に混ざったとしても、合理的な作戦内容が思いつかないので、全体の総意に従うことにした。
途中会話までは聞こえないがBチームの様子を伺うと、特に話し合いをしているようには見えず、各々個人で闘うようだ。そんな中悠喜菜は片手でスカートからベルトを外すと、膝あたりまでスカートが長くなった。なるほど普段からスカートが短いと思っていたが、理由がこれで分かった。
ピストル型の水鉄砲を腰にまき直したベルトに差し込みんでから緩み具合を確認している。その姿はこんな闘いにも慣れているような立ち振る舞い。一体どこで学んだのやら……。
「さて高碕! お前とは今日この場で決着をつけるねんな」
「勝てるといいね。さっさと外野へ送ってやるからな」
『えーでは、準備はいいですか? では第二回全校水鉄砲大会開始!』
マイク越しに笛が吹かれると同時に軽快な音楽が鳴り響く。全員が一斉に飛び出したせいで途端に場が混沌とした。
「俺は! この闘いが終わったらあいつに——」
どこかで聞いたことがあるセリフを叫んでいた彼は即座に撃たれた。
「アレがパターンってヤツだね。何人か道連れにするかと思ったのに、フラグの回収が異常に早かったね。つかえないルーキーめ」
「華雲ちゃんもあんな風にはならないで」
「うーん、それは何とも言えないなー。あそこに強敵がいるんじゃ難航不落だね。多勢で攻めても厳しいかも……」
開始三分も経たずに続々と退場者が出る。せっかく校庭の広さを活かせるのに、短期決戦で勝負をつけるつもりなのだろうか。今後の展開がまったく予想できないのがちょっぴり怖い。そんな私たちは比較的ドラム缶のある後方で待機している。無理に前線へ出ると多分訳も分からず、びっしょりと水を被って終わってしまうだろうから。
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