5.Who will be more sudden changed.

1 気絶するほどの訓練 #66

5.Who will be more sudden changed.



 夏休み直前の授業が終わり、一週間後の終業式までほとんど合宿に近い部活動期間へと切り替わった。期間が始まった朝はいつもと同じようにホームルームを終えると、それぞれ各部活動ごとに分かれ終日部活動となる。



 誰かが「文化部はやることないし、夏休み始まるまでに宿題を全部消化するんだ」と言っている気がする。確かに夏休みの宿題の数は多くないが五教科で配られたワークブックの厚みがそれなりにあるので、前もって計画を立てないといけない。最もグライダー部に宿題を消費する時間があるのかは分からないけれど。



 部活で使う教室へ行く前に、あらかじめ一年生で決めていたフライト枠を先輩に連絡した。一本六〇分のフライトが一日五本あり、入りたい枠が重なったらじゃんけんをして、負けた人は第二希望を優先に選べるよう私たちはルールを決めた。時間帯によって気流が全く異なるので、朝の時間と午後の締めくくり枠が人気。昼の時間帯は上昇気流に煽られ易く難易度が上がるので、できれば避けたいところ。


「あたし今日もフライト順最後を取れた。やっぱり機体格納でみんながエプロンに出て出迎えられるとやりきった感があるよね」


 どうやら私と同じ事を考えているよう。「本当は格納準備が面倒くさいなぁ」と本音を口に出せればまだ許してあげたいところ。


「でもパイロットは諸元内であれば基本飛ぶだろ? それに毎回のフライトがcalm(無風)とは限らないし」


「ゆきなちゃん、きびしいご指摘を……まるで敷島先生みたい」


 私も薄々分かっていた。少しでも悪い条件を避けて良いフライトをしても、上達が遅くなるし……、かといって難しすぎるのもかえって感覚が掴みにくくもなる。


「『でも基礎が出来ないのに応用は出来ないだろ』ってゆきなちゃん言ってたよ」


 確かにその通りでもある。結局のところ基礎が出来ないのにいきなり応用をやっても、その人の伸び方が大きく変わってしまう。


「あぁそうだ。だからこそ常に勇気を出して高みを目指さないといけない。昨日よりも今日上達できれば上等じゃん。失敗しても確実な成功への道しるべを知る先公がいるから安心だな」


 先生の都合でフライト開始時間がいつもより、遅く始まるようだ。ただ日照時間が長いので多少ずらしても問題はないそう。


 格納庫へ着くと普段通り全員で協力して機体をエプロンまで出すのだが、私だけ敷島先生に呼ばれた。


「二稲木さん入部当時に渡したフライターは持ってる?」


 あらかじめ敷島先生から言われていたフライターを持ってきた。貰ってからまともに使うのは初めてだけれど。


「はい、持っています」


「それじゃあ……行こうか」


 先生は静かに言った。それは何か後ろめたい内容があるかのような口調だった。


「うわー、例のアレかー」


 準備を進める桜ヶ丘先輩がひどく嫌そうな表情を浮かべた。


「どうしたのですか先輩? “例のアレ”ってなんですか」


「いや、アレはやってみればよくわかるよ。説明しないというワクワクドキドキな楽しみがあるでしょう? うん、そうだ、そうに違いない」


 説明をしている割に先輩の表情があまり良くない。一体何が待ち受けているのだろうか。


 先生に付いていき見慣れない階段を降りてゆく。本校舎に地下があるなんて初めて知った。先生が教員証を読取り部にかざすと、自動ドアが重そうに開く。薄暗く部屋の全貌が見えない。次第に不安が膨らむ。


「敷島先生ここは?」

 

 質問に答えることなく言葉を続けた。


「杉本先生の物理基礎の授業で加速度Gについては勉強した?」


「ちょうど運動方程式を勉強しています。たださっぱり分かりません」


「まあいい、地球上にいれば物体に掛かる下向きの力。円運動であれば角速度ωが増えると遠心力が掛かる――というのは後の授業でだ。ところで戦闘機乗りのパイロットが耐えられるGはいくつだか知っている?」


「それは……分かりません」


「大体8Gまでだといわれているんだ」


 先生が何を言っているのか、レベルが高い英語のように理解できない。それに……。


「Logarisの諸元では3Gまでしかかからない筈です」


「それはあくまでも、対Gスーツを着たという前提の話。もし君が曲技飛行で飛んでいる時スーツが機能しなくなって途端にG-LOC(意識喪失)を起こしたら? 自分の意識が喪失するまでの最大Gの数値がいくつかは分かる?」


「そう言われると、今まで最大Gなんて体験したことがありません……」


「そう、それが問題だ。ただ安心して欲しい。実際にGを体験できる設備あるのがだ」


 明かりが点り装置の正体が見えると途端に言葉が詰まった。円形の部屋に中心から鉄の骨組みが伸びていて、そこから一番離れているところに人が一人乗り込めるカゴが付いている。それはまるで巨大な遠心分離機のようだ。


 私は思わず固唾を飲み込んだ。


「えっと……、これは何ですか?」


「これはいわゆる高速で回るメリーゴーランドをイメージして貰えれば分かりやすいかも」


「全く想像出来ません。それに、これってあんまり楽しくないですよね?」


「どうやら体験しても一切情報を他言にしない謎の伝統ができたのかな? 彼女らの時も君と同じ反応だったし。では早速準備を」


 閉じ込められるような圧迫感を感じさせる箱の個室に入りベルトを締める。


 指示通りフライターを頭につけてみるが、ただカチューシャをしているようで違和感がある。一体何の意味があるのかが全く理解出来ずじまい。



「Logarisは対Gスーツのおかげで人体への影響は減らせるけど、それでも曲技飛行時は常時3G、瞬間最大は6Gを覚悟して。今回は適正を含め君の最大値を計るからできるだけ頑張って最後には遠慮無く気絶してください」



遠慮なく気絶って……、そんなに激しいものなの?



 箱のような装置にはコックピットの模型があった。不安に駆られながらも腰を下ろし、外れないようにベルトを着用した後、準備完了の合図を先生に送った。するとすぐに耳をつんざくようなブザーが一回鳴り、訳が分からないまま大きな音を立て機械は回転を始めた。少しずつ身体が下に押しつけられる。やがて内臓が身体の下部へずれるのがわかる。周りの景色は変わらないのがまた気持ち悪さを増幅させた。


「どう? 大丈夫そう? 今は大体2Gだよ」


「はい……体全体がかなり重いですが……今のところ、大丈夫です」


 その後もどんどん加速を続ける。腕も石をくくりつけたように重くなり、思うように動かせなくなった。


 そんな事をお構いなしに加速を続けられる。次第に気分が悪いということを通り越して今度はぼーっとしてくる。まるで寝る寸前のような気分——。


「風景はまだ見えてるかな? ヤバかったらさっき言ったとおり、お腹から思いっ切り力むんだぞ」


 意識が飛びそうで返事をしている余裕がなかった。それに辺りがだんだん暗くなる。停電というよりは溶暗に近い感覚、これがブラックアウトなのか……。

 ついには何も見えなくなった。




 気がつくと装置は止まっていた。まだ回っているのではないかと、疑心暗鬼になりながらあたりを見渡す。


「気分はどう?」


「最悪です」


 まだ何となくぼわーんとする。頭も痛むのでそんなに動かしたくはない。歩くと身体が平衡感覚を失ったようにふらふらする。


「記録G-LOCまでは5Gでおおむね平均通りだったぞ。Logarisには無事に搭乗出来るぞ」


「なるほどです……」


「意識せずこれが実際に起こると恐ろしいでしょ? 暗くなったと思ったらもう向こうの世界だ」


「……とっても怖いです」


「ではこのあとの座学も引き続き頑張るように」


 話しがほとんど頭に入らず、おぼつかない足取りのなか一人教室へ戻る。


「顔色悪いよあずちゃん。何があったの?」


 先輩たちの表情を思い出し素早く首を左右に振った。確かにこれは二度とやりたくない! せめてもの思いやりとして話さないのが、妥当だという事が身にしみて分かった。間違っても内容を知ってしまったが最後……。


「華雲ちゃんもやってみたらよく分かるよ。内臓をひっくり返した後にスプーンでグルグル掻き回される気分がわかるから」


「うー、よく分かんないけど、なかなかグロッキーなご様子だね」


 思い出すだけでも胃の中身を吐き出してしまそう。



「どうだった?」


 苦笑いで鳳部長が私に声をかけた。


「確かに二度と体験したくないです」


「でしょ! アレは本当にヤバイよね」


 恐らく経験したことのある人にしかわからない。桜ヶ丘先輩の説明は正しいかった。


「ハッハッハ、意味分からないけど僕ならその試練余裕で耐えてみせるさ」


「有斗の時は加速度を最初から最大に設定して貰おう。きっと口から内臓が出てかもしれないね」


「内臓がないぞう! ってことなのさ……。ってほらみんなここ笑うところさ。ね、ほら」



『………………』


 しばし沈黙が続いた。



「死ね、バカ。心底つまらないから寒いギャグやめなさいって言ったでしょ! それ本当に面白いと思っているの? だとしたら壊滅的なセンスね。やっぱり戒めのために初フライトで起こった事件を話していい?」


「いえ、もうしないのでそれだけは勘弁して欲しいのさ」


「あれ桜ヶ丘、それって何だっけ?」


「あー“初ゲ”ですよ」


「あー“初ゲ”か。でもしょうがないじゃないか、初フライトだもんな」


「多分その時大事なものを吐き出したのかも知れません。だからこんなおバカになったんでしょう」


「何を言っているのさ、僕は名前の通り優等生なのさ。楓も嫉妬しているに違いないのさ」


「バカバカバカ、バーカ!」


 桜ヶ丘先輩はポコポコと清滝先輩を叩きながら頭で浮かぶ限り暴言を吐き続けた。

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