6 1ターンに751字の罵倒 #59

 次の日の朝教室は何やら落ち着かない雰囲気だった。原因は恐らく私。席に着いても何となく四方八方から、チラチラ視線を感じる。


「皆さんおはよう。とうとうこの学年でソロフライトを行った生徒がいます! そしてこの学校歴代最速記録も更新しましたー」


 柴崎先生は高らかに口を動かした。


「それでは約束通り二本線のバッジを付与したいと思います」


 私は言われるがまま先生の前に立つと、笑顔のまま先生はバッチをつけてくれた。


「よく似合っているね。さ、みんなも頑張りましょう! 早くしないと先生みたいに熟しちゃうぞって」


「何言ってんねん! 柴崎先生はもういい年をしたバ——」


「そうそう、それと今ババアって思った人、言いかけた人はこの後職員室まで来るようにウフフフ」


 一瞬でクラスが静まり返った。何のことだかさっぱりな人、笑うべきなのかそうでないのか判断しがたく結局苦笑いをする人、手を前に出したまま拍手のタイミングをうかがいキョロキョロと周りを見渡す人、意味もなくくしゃみをする人と様々な反応をしている。私もどうしたらいいのか戸惑う。笑っていけない時ほど笑いたくなるし、華雲も「あは」っと一瞬声を出すのだからつられて今にも吹き出してしまいそう。



「二稲木さんおめでとう! ホンマにスゲーな、さすが俺が惚れ込んだ女や」


 沈黙を打ち破り幡ヶ谷君はその場で席を立った。彼の言葉には若干蛇足があるが今は目を瞑っておこう。クラスの空気が変わり、途端に私への拍手が上がった。

 大勢に拍手される経験がなかったが、私なりに精一杯拍手に応える。



「皆さんありがとうございます! これからも自分らしく日々頑張っていきます」



 お父さんとお母さんは今の私を見てくれているだろうか? 本当は直接報告したいのに、叶わないのがもどかしい。せめて頭でも軽く触れてくれれば安心出来るのに……。でも絶対喜んでくれていることには間違いない。


 放課後まで余韻に浸りながら、日中の授業を終える。部活ではLogarisの最終調整を行うためフライトはせず整備をするようだった。華雲は乗り気だが、悠喜菜は柊木先輩と時間を潰せずにがっかりした表情をしている。二人の本心は運航室でまったり出来ないのが残念なのだろう。



「ゆきなちゃん、今日やらなきゃいけない英語の提出物の問題教えて!」


「まだ提出してなかったのかよ、もう問題集から答え写しなよ」


「うーん、でもゆきなちゃんに教えてほしい。ほらゆきなちゃんの説明分かりやすいから」


「仕方ないな、マンゴージュース一本で教えよう」


「にゃっはーありがとう……ジュースか——ま、いっか」


「ジュースは嘘だから、早く片付けようぜ。成績下がったらまた『パソコン禁止令』だろ?」


「いや今度は『ドライバーで分解する』ってさ。うーん、そんなことをされたらあたしは花奈の部屋中にあるコンセントのプラグを全部抜いておくんだから」


「地味ーにイヤな嫌がらせだな、バレやすいしかつバレたら怒られるだろ。ってなによりも発想がカワイイな。さぁ、早くペンを持ちな」


 教室で二人だけが楽しそうに課題を消化している。すぐに終わると思い、それに竹柳君も合流する事になっているので教室前の廊下で待つ。


 廊下は一階まで大きな吹き抜けになっていて、柵に腕を乗せ天井から入ってくる光りに照らされる一階を、何も考えずにぼーっと見つめる。しばらくするとあるグループが私の真横を通りがかる。制服のバッチを見るに同じ学年。二人の男子の間に女子がもう一人。


「あれれ? あたいより先にソロフライトのバッチを貰ったなんて生意気すぎ」


「まじ、それ。本来であれば――」


 私は覚えている。入学式後にも何回かすれ違いざまに私の悪口を言ってきた集団。毎回私が一人になったタイミングを狙ってくる。いつものように相手にするほど時間には余裕がないので、目を合わせずやり過ごそうとした。


「でさぁ、前からあたいらを完全に拒絶してるけど、一体どういう御身分のつもり?」


 このような状況も入学前に想定していた。マニュアル通り聞いていないフリする。下唇を強めに噛みしめながら。


「おーい聴こえてるのか?」


 男子の一人に肩を掴まれると見たくもない女子の顔へ合わされる。私は必死に目線を逸す。



「ねぇ、人が話しているのに無視を決め込むとかどうかしているんじゃないかなぁ。目を見て話す、人として基本でしょ? 本当にどんな育ち方をしていたのか甚だ疑問に思うよ。あ、でもそっか、育てる親がいないからこうなったのか。そもそも二人で操縦していたハズなのに、飛行機を墜落させるほどに性格が捻くれているだろうから。仮に今も生きていたとしてもいずれ事故とか何とかで他人を殺しているのかもしれないし。本当に揃いも揃って実績に縋り付いて、あぐらをかいているんだからある意味では凄いし尊敬できるよ。あたいからすると、その怠慢が例の事故に繋がったんじゃないかと思う。でもねこれって世間の意見や見解だからあながち間違いないはず。君からすると『親をバカにするな!』なんて言いだすのは百も承知。あたいだったら反論したくなるもん。でも勘違いはしないでほしい、それはあくまで個人の意見で他の人からしたらどうでもいい感情論だから。それがまかり通るほど簡単ではなく、重大な事件だという事を再認識するべき。当然結果と動かぬ証拠に対しての反論は無意味。付け加えるとあたいなら、成績優秀で学年二位、才色兼備、品行方正、スポーツ万能、上品でお金持ちかつCのクラスにも人気があって誰もが憧れる存在が意見をすると——あら不思議、自然と支持者が付いて来るんだよね。こうして集めた群勢がやがて他へと連鎖する。結局のところ、どう足掻いても君に勝ち目はない負け戦なのだから諦めて惨めに償い、関係者みーんなの信頼回復に勤しむのをオススメするよ。でもやる気は無いよね? だってそうやって目立つなんて……、とてもじゃないけどあたいには贖罪をしている人には見えないからね。一体どういうつもりなんだろうね。気色悪いうえに理解しがたい、そんな人間は好かないし、むしろ嫌いだ」



 無視をしているつもりは無く単純に関わりたくない。いつもであればやり過ごせるのにこうも、言い込まれるなんて予想外で言われ損にも程がある。強めに噛んでいた唇から血の味が口の中に広がった。


「プライドが火星まで吹っ飛んでる奴に限って、身も心も安い人間だからな。私は素直じゃない人間は好かないなー、むしろ嫌いですらあるかも」


 どの部分から話しを聞いていたのか、静観していた悠喜菜が軽蔑したように言い放つ。


「なんで突っかかってくるん? 本人に聴こえていなければ、すなわち独り言なんだけど……そもそも長身の君には関係ないよね」


「そうかそうか誰も聞いちゃいない話しなのに随分と長かったな。将来は押し売り迷惑訪問販売員にでもなることをオススメするよ。あ、そうそう生憎こちらも聞かれていなければ独り言になるか」


「で、あなた何? 用心棒のつもり? そのお友達が過去に何をしたのか知っているの? どうせ嘘を吹き込まれているんでしょ、そんな安い友達ごっこはよそでやっててよ」



「私は何もしていない!」



 まるで私のせいでその事故が起きたようないいように思わず声を荒げてしまった。


「でさぁ、私の友だち痛ぶって楽しいの? 影でこそこそしやがって。所詮お前らは誰かさんの二番煎じみたいな奴らかよ、心底つまらない」


 悠喜菜が鼻で冷ややかに笑い始めた。


「こいつアホだ、今あたいが話したこと分かっていないじゃん。もしかして理解出来ないの? 驚きだよ」


「こっちは驚愕だよ、本当のことも知らずにネットや世間のみの情報に飛びつくような、自我がなく群れることで自分が強くなったと勘違いする奴らがいるなんて」


「悠喜菜ちゃんもういい……」


「そうか結局要するにお前らってさ、The frog in the well knows nothing of the great ocean. (井の中の蛙大海を知らず)かな? 可愛そうにローカルな事しか知らないでしょうに」


 悠喜菜の挑発にも取れる言動によりついに彼女は沸点に達したようで、歯をキリキリと鳴らしはじめた。


「ワケがわからん事言って見下しやがって!」


 口調を荒げ、右手に拳を握りながら悠喜菜の方へと詰め寄る。男子の二人は後ろで特に行動を起こすことなく見物をしている。その表情はどこか嫌そうにも伺えた。多分この女子に無理矢理付き合わせられているではないだろうか。


「ほらね、馬鹿ってさ、行動が手に取るように分かるんだよな。ついでに言動までも同じなんだな、単調ってここまで面白いんだな」


「それでもあたいの方が強い自信があるんだ! こんなノッポに負けてられない」


 悠喜菜に拳がおろされ鈍い音が周囲に響く。前と同じく呼吸を早め、耐える。


「化けの皮が剥がれてその程度か? お前も当然やられる覚悟があるという訳だよな?」


 悠喜菜は目にも止まらぬ速さでその子の腕を掴むと、背中へ捻り肘を突き上げた。


「イタい! イタい!」


「愛寿羽の心の痛みはこの程度じゃないんだ。よく覚えておけ!」


「痛っ! いたいって!」


 痛がる声の他に関節からパキパキと乾いた音が響く。手加減をしていない本気の悠喜菜が伝わってくる。でもこれ以上は……。


「悠喜菜ちゃん、もういい!」


 悠喜菜は我に返ったようにスッと力を抜いた。掴まれていた女子は腕を振りほどくと「クソが!」とあまり上品ではない言葉を発した。痛そうに腕を支える彼女はふてぶてしく大きな足音をたてながら仲間とともに去っていった。

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