14 無重力フライト・フォワードスリップ #48

「次はパラボリックフライト実行のため、チェックポイントC2地点まで飛行します」

 そう宣言し私は右のディスプレイに表示されている地形地図の目標ポイントをタッチし、一緒にオートパイロットスイッチを入れた。これらは安全にパラボリックフライトを実行するためのいわばコースと高度調整の意味がある。操縦桿を握っている手から力を緩められるつかの間の休息だ。わずかに手が震えているのが分かる。ほんの二分程度の飛行で、飛行機はあっという間に目標地点のC2に着いた。

「これよりパラボリックフライトに入ります。オートパイロット・ディスエンゲージ」

 無重力飛行に入るためピッチ(機首)を下げ目標の高度までの降下、速度を上昇させる。

「高度、速度チェック、ナウ」

 そのまま即縦貫をグッと引き、同時にエンジン出力を運用最大出力まで上げる。多少無理な操縦にはなるが、六〇度バンクの時よりも急操作をしなかった。高度計の値が絶えずに更新される。目標高度到達までに一〇秒かからない。手順通り操作を行うと、一瞬だけ身体が重くなったが次第に頭、脚、操縦桿を握る手すべてが軽くなった。ふと制服胸ポケットに差し込んでいたペンが宙を舞う。成功だ。浮いている時間はスローモーションされたようにゆっくりと感じられた。


『いいぞ、その調子だ』


 失速を回避するため、すぐに姿勢を戻し、再び加速させる。

「課目二つ目が終了しましたのでこれより、ベースレグへ向かいます」

「パターンフライトは大丈夫そう?」

 今まで無言だった船堀先生が口を開いた。空気が張り詰めていたと思っていたが、そうでも無かったようだ。

「距離感はもちろんグライダーとは違いますよね?」

「そうだねー、じゃあ高さと位置は合わせるよ。I have」

 若干ルール違反のような出来事に戸惑いながら、高度とコースを合わせてもらい滑走路と平行になる様に針路をとった。

「よし、大体これぐらいなら普段のグライダーと同じ距離と感覚になるからグライダーだと思って飛んでいいよ。You have」

 操縦桿を託され、翼と滑走路の見え幅の距離感を保ちながら飛ぶ。これにより着陸までグライダーと同じタイミングで減速や旋回ができるようになる。

「それでは最後の課目フォワードスリップの準備をします。チェックリスト――」

 正直この課題が私にとって一番の問題になる。華雲の家で練習をした時も、結局強風の条件下では三回に一回程度しか成功していなかった。フォワードスリップは本来動力なしの滑空機が着陸に際し、高度が高すぎた場合高度処理をすることで適正なパスまで降下する飛び方である。

 中学二年生の頃週一で通っていた社会人ソアリング倶楽部で桜井さんが少しやり方を教えてくれた気がする。当時はデモンストレーションをしただけで実際に私自身の手で実行したことがない。それでも後腐れが残らないようにやらなくてはいけない。ベースから滑走路へと旋回すると逆光で視界が一時的に狭くなった。そこで頭上に備え付けられているサンバイザーを、太陽の光が当たらないところまで、スッと下ろした。機体をわざと高めのパスをとりながらアプローチしていく。適当な高度を保ち、ここぞという瞬間でラダーと操縦桿をそれぞれ左右逆になるようにとる。翼に当たる抵抗が変わり、鈍い風切り音を立てた。ラダーのあて方がイマイチ弱かったため機体が左右に揺れ動く。修正しようと多めに踏むと、余計揺れが強くなってしまった。早く中立になるちょうどいい場所を探さなくては……。影もないプレッシャーという魔物が、背後から全身を包むみたいに襲ってくる。通りで課目の一つとして選ばれるわけだ。バンク六〇度旋回にしても、パラボリックフライトにしてもまるで試合では無く、コンテストをしているような気分。余計なことを考えていると操縦桿を握っている手に力がかかる。


『力を抜いて基本を大切に飛行した方がいい』


 そうだ、まずは力を抜いて揺れを抑え、次に吹き流しを見て、風の方向と強さを確認――あった! 二、三回左右に少しだけ踏み直しながらようやく安定する場所を探し当てた。そのまま、滑走路のエイミングポイントを狙いながら更に二〇〇フィート降下する。

「フラップ・ダウン、一一〇ノット維持」

「いいねこのまま操縦を続けていて。空港のフェンスを通過したらフォワードスリップを戻して、操縦桿を中立にし、軸線を合わせて着陸だ。ちょいと横風強めだから流されたいよう風上側に修正して」

「はい、分かりました」

 フォワードスリップを戻した時点で課目は終了しているので、一瞬操縦桿を船堀先生に託そうと思った。でもここまで来て操縦桿を渡すのは少し勿体ない気がした。それに普段から訓練しているTFUNより比較的簡単に操れる。グライダーは主翼が長いので風の影響をもろに受けてしまい姿勢の維持が難しかった。でもこの機体はほとんど操縦桿を動かすことなく、滑走路の接地地点横にある白と赤のライトを頼りに適正角度を保ちながら進入を続ける。末端を通過し機体の軸線がまっすぐ戻しそのまま線の上へストンと着陸する。

 あまりにもあっさりと降ろせたことに拍子抜けしてしまった。とにかくこれで一連のフライトが終わった。

『JA4397HS Taxing to apron B.お疲れ様でした』

 無線からエプロンまでのタキシング許可をもらう。タキシング中、ふと我に返り頭が真っ白になった。そそれと同時に自分が恐ろしく感じられた。それでもエンジンを切る最後の瞬間まで余計なことを考えないように集中を続ける。滑走路と平行に誘導路を進んでいくが、いつもより遠く感じる目標の場所は見えているのに……。それでもやっとの思いでエプロンに機体を停止させ、暖機運転をしてからエンジンを止め、すべての計器スイッチを切る。チェックリストを済ませ外に待機しているグライダー部の部員に合図を送ると、自然と大きなため息が出た。合図を確認した鳳部長と桜ヶ丘先輩が素早く駆け寄ってきた。

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