13 思いを乗せた重いフライト #47
「あ、ここにいたのさ、二稲木さん。風が弱まったから飛ぶってさ」
清滝先輩が私を探していたらしく、見つけるや否や息を切らしながらやってきた。
「了解しました。すぐ行きます」
髪留めを外し、それで長い髪を一つにまとめ結う。それからグライダー部の拠点へ向かう。
「それと謝ることがあるさ。僕が不甲斐ないばっかりに点数を稼げなくて申し訳無いのさ……。でも無理はしなくていいさ。飛行部の連中も、結局六〇度バンク旋回できなかったヤツが一人だったからさ」
だからといって失敗していい理由にはならない。
「私もとにかく、やるだけやってみます」
気休め程度の言葉を残し私はヘッドセットをつける。この学校に来て一ヶ月半、ようやくここでの飛行ルールや地上目標をほとんど覚えられたところでこれだもの……。付け加えて初めてのタイプの機体。ある程度練習しているとはいえ、機体に慣れるために慣熟飛行をしたいところ。それだけが懸念材料……でも今さら怖じ気づいたところで何も変わらない。
「あずちゃん頑張って! 大丈夫、あたしたちも一緒だよ」
「何も気にせず飛びな愛寿羽。戻ったら抱きしめてあげるから」
「うん、行ってきます!」
機体へ搭乗するとチェックリストがなく、画面に現れる各項目をタッチする方式で進める。シーラス式SR22型……、プロペラ単体ということ自体はTFUNと同じであるものの翼の長さ、コックピットなどまったく異なる。本当に私に操れるのだろうか?
初めて搭乗することは審査を担当する船堀先生は知っているみたいで、サポートをしてもらいながら、エンジンを始動させた。もちろん審査開始まで減点されることはない。
フライトの準備を整え、無線で滑走路のまで誘導を受ける。シミュレーターとほとんど変わりがなく、多少力加減を調整するだけで思い通りに動かせた。ちょっとだけ余裕ができると、改めていつもとは違う独特な緊張感を肌身で受ける。
「Hachioji Tower JA4397HS ready.(八王子管制こちらJA4397HS離陸準備完了)」
『JA4397HS Cleared for takeoff RWY 33. Wind 310 at 4 kt.(滑走路三三、離陸支障なし)』
「Cleared for takeoff RWY 33. JA4397」
手順通りエンジンをふかし、プロペラの推進力である程度まで機体を加速させる。船堀先生の合図で操縦桿を引き上昇させる。その後はいつも通り場周経路に入り、初期ポイントまで飛行させる。
目標高度である三〇〇〇フィートに到達し水平飛行後、巡航チェックリストをこなしていく。
『JA4397HS Change frequency.(無線周波数を切り替えてください)それではどうぞ課目を始めてください』
周波数をグライダー部の地上サポートに合わせる。いよいよここから課目のオペレーション開始――。左手の操縦桿を握り直し、右手のスロットルレバーで速度を調整する。
「まずはバンク六〇度右旋回を開始します。Right side clear」
パワーを上げ速度を増やし、そのままラダーと操縦桿を右へとる。グライダーと同じように初動を加えると、徐々に地平線が傾く。一定の力を与え続けているが、それでも姿勢指示器の計器はまだ四五度ほどを指している。バンクを続けるとそのうち、座席にグッと押しつけられるような感覚に襲われる。そういえば昨日悠喜菜がさくっと『バンク六〇度定常旋回ではサインコサインの定理で2G、つまり体重の二倍の力が掛かると成功する』って言っていたっけ。
モニターの姿勢指示器が六〇度を指す手前でやや左斜めに操縦桿を引いた。旋回中ラダーだけでは釣り合いをカバーできないので、操縦桿を使って調整する。ゆったりと流れていた景色が、より一層ぐるぐると回り始めた。画面の表示ではしっかり角度六〇度の場所を示していた。バンク角、速度、滑り計器ともによし。
『そのまま三周持続だぞ、落ち着けよ!』
無線から鳳部長のアドバイスが流れるが、あえて私は応答しなかった。代わりに操縦桿にある赤いボタンの無線スイッチ(Press To Talk)を親指で二回素早く押した。
旋回は初動さえしっかりとれば、その後はほとんど動かさずに待っていれば自然と旋回し続ける。もっとも風が吹かなければそんなに難しくはない。あっという間に二周目の二七〇度まで旋回した。いつもより早めに方位三三〇あたりかで旋回を終了させたつもりが追い風により規程の範囲より多く旋回してしまった。更に無理に戻したので姿勢が乱れた。すぐに水平に戻し構わず続けて左へ機体を傾け、そのまま左バンク六〇度までもっていく。こちらもジャイロプリセッションを考慮しながら2Gをかけながら回る。座席に押しつけられる感覚、横目で見える地面、限界を突破していく自分……楽しい。今度は目標方位からもう少し手前の早い段階で水平に戻し始める。バンク角をゆっくり緩め三周の三六〇度で止まるように調整……上手くいった。
「Roll out.(旋回終了)」
船堀先生は採点表に加筆した。横目で見ようとしたが、そのまま操縦に集中する。
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