15 結果・空港長兼理事長 #49

 私は脳裏に残った失敗してしまった瞬間を先輩たちに謝罪する。

「すみません。最初の旋回で安定しなかったのと、最後のフォワードスリップの入りを失敗してしまいました」

「その……フライトは問題なしだよ。むしろ完璧すぎてビビってる。ほらアイツらの顔を見てみろよ、開いた口が塞がっていなようだ」

 鳳部長の指さす方向へ目を向けると飛行部フライトメンバーを含めたほぼ全員の口が開いたままだった。

「グライダー部にあんなのがいるなんて聞いてねーよ!」

「二五点以上取れれば勝ちだが、本当にいけるのか?」

「グライダー部と大差をつけることは難しいですが、恐らく我々が勝てるかと……」

「でも結果次第だ。最後の瞬間まで諦めるな」

 そんな飛行部が会話しているのを横目に、格納庫に戻りフライトログを書き込んだ。

 集計が終わるといよいよ結果がモニターに表示される。飛行部の部員たちの表情にも余裕がなくなった。私も思わず目を閉じて祈った。ほんの数秒間だけ、あるいは瞬き程度なのかもしれないが、その間は長く感じられた。覚悟を決め、目を開けると二八点と表示されていた。

「素晴らしい!」

 敷島先生は大きな歓声とともに盛大に拍手をした。それにつられ周りの人も一人、また一人と拍手を始める。

「勝った。勝ったよあずちゃん!」

 華雲が私を抱きしめる。

「スゲー。あの短期間でここまで仕上げるなんて、流石だな! よしよし」

 褒められながら悠喜菜に頭を撫でられる。髪が大いに乱れるが、嬉しさのあまり全く気にならなかった。

「僕も正直、ここまでやれるとは思わなかったさ」

「ほらだからすぐに追い抜かれるって言ったでしょ」

「さてと、これから僕も頑張るとするさ」

「二稲木さん、これを」

 飛行部顧問の船堀先生に呼ばれ、訓練ノートとログブックに確認印を受け取る。

「特に指摘するポイントはないな……、そうだね……強いて言うなら、君のフライトは若い人からしたら“チート”ってやつかな。今後に活躍に期待するぞ。それと、ここにいる空を者たちに、いいきっかけをくれてありがとう」

「いえ、こちらこそアプローチのとき操縦を教えていただき、ありがとうございました」

「シーッ! みんなには内緒だよ。だって君初めての機体なのに慣熟飛行なしで飛んだのだから大したものだよ」

 先生の言葉に自然と笑顔で頷いた。

「ヘイヘイヘイ、一体何のエキサイトメントですか?」

 英語混じりのあまり聞き慣れない口調でやってきたその人は場の出来事に説明を求める様だった。髪の毛が白く、皮膚にしわが目立っているが、背筋が真っ直ぐ伸びていて悠喜菜よりも背が高い。何よりも怒らせたらとんでもなく怖いだろう。

「うわ、理事長だ」

 敷島先生は素早く咳払いをしてから言い直す。

「こんにちは! 理事長」

「なぁ愛寿羽、そういえばこの学校私立じゃないのになんで理事長なんているんだっけ?」

 珍しく悠喜菜が私に質問をした。最も悠喜菜に分からないことは航空関係以外であれば私にも分からないけれど。

「……本当の役職は空港長。ただ暇を持て余しているらしく、こうして学校に顔を出していうるうち、勘違いされるようになったみたい」

「いろいろとややこしいんだな……。それと柊木さん、あの指で風を読むやつ教えてください」

「じゃあちょっとだけね」と先輩が口にすると悠喜菜と一緒に格納庫の外へと行ってしまった。

「さて先生方には詳しい出来事をアスクしたいと思いますので、理事長室までカモン」

「陸先生、俺はこれから用事があるので相手して貰っていいですか?」

「奇遇ですね、私もちょっと野暮用で——」

「では反省の文章を提出して貰おうかな? 敷島先生は先日の校内スモーキングの兼、船堀先生も駐車場でのスモーキング、それと……」

「「わっかりました! すぐに行きます!」」

「オッケー、オッケー」

「理事長が何で知っているのか謎だが……とにかくあとは任せて平気?」

「了解しました」

 敷島先生は鳳部長にそう言い残すと渋々理事長のあとについて行った。

「めんどくさそう。空港長話が長いってことで有名だからなー」


「二稲木さん、ちょっといいかい?」

 結っていた髪をほどきながら、声がした方向へ振り向くと、飛行部部長の陣場先輩ともう二人私をバカにした先輩が横にいた。

「あんたがどうしてグライダー部に入ったかよく分かった気がする」

 陣場先輩の他人事に私は部活動見学当時の言葉を思い出した。

「以前『グライダーは役に立たない』と仰っていましたが、それはやっぱり違います。グライダー乗りは他の訓練機に比べ、翼が長い分ラダーをよく使います。ラダーの使い方の上達がよりも早いと聞いたことがあり、私も実感しています。パイロットとして同乗者を思いやるフライトが学べる最短の乗り物だと私は思います。それに空と風という自然に向き合える楽しさもありますし」

「どうやら我々は大きな勘違いをしていたらしい。確かにグライダーを経験したパイロットが操縦する機体は、乗っていて心地がよかった思い出がある。あーそんなことも忘れてしまうとは……。グライダー部の皆には申し訳なかった。そして二稲木さん気付かせてくれてありがとう」

「あの、その節は、本当に申し訳ありませんでした」

「俺も、だいぶ言い過ぎてしまった。すまなかった」

 私は何も言わずただ三人へ微笑んだ。

「あと滑走路使用権についてだが、今後は我々のやり方を改め、グライダー部にも不利の無いよう生徒会と話し合うとする」

「そうさ! 当然のことさ、あと新しい機体も融通してくれたら……」

 喋る清滝先輩の頭上に桜ヶ丘先輩の拳が音もなく静かに振り下ろされた。

「調子に乗らないの。目標は達成しているからもういいの! それに今の機体で満足しているでしょうが」

「はい、すみませんなのさ」

 周囲が笑い声で溢れた。これが本来あるべき航空人としての姿……。私も満足していた。

「さて、一件落着だな。みんな先生に頼まれた撤収準備開始!」

 鳳部長が声をあげた。やっと緊張から解放された。飛行部の部員らが機体を格納するためエプロンへ向かう。私もあとをつけようと、足を踏み出した途端、全身の力が抜けていく感覚に襲われる。やがてその場に座り込んでしまった。

「あずちゃん?」

「あれれ? なんだが力が入らなくて……。ごめん、すぐ行くから」

 どうしても思うように力が入らなくなってしまった。いまここで限界が来てしまうとは……、家に帰ったら好きなだけ寝れるのに。お願いだからもう少しだけ耐えて欲しい。

 異変に気付いた悠喜菜も向かってきたが、痛めている手を除き片手だけでは私を上手く支えられなかった。

「ほら、俺に任せろ担いでやるから」

 竹柳君は私の前にしゃがんだ。言われるがまま竹柳君の背中へもたれた。彼が立ち上がり、一歩一歩進む足どりのなか、沈むように意識が遠くなっていった。

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