10 飽和する感情・徹夜の訓練 #44

「あの子ね、あの髪色のせいで、小学と中学で友達がいなかったのよ。でも高校に入ってからは、初めて友だちが出来たって喜んでいたの。毎日二人のことも話していたよ」

 思わず悠喜菜と視線が合った。気さくに話しかけるというところを見るに、友だちがたくさんいるものだと思い込んでいた。

「どうかこれからも仲良くしてあげてくださいね」

「こちらこそよろしくお願いします」

「任せてください、あの子いい奴なんで」

 華雲のお母さんは安心した様子で微笑んだ。

「なになに、なんの話?」

「何でもないよ、ほらみんなどんどん食べてちょうだい」

 お皿にはいっぱいの唐揚げが残っていた。元々小食の私でも一休みした後にまた食欲が戻った。時間が経っていて冷めていてもまだパリッパリッのころも。にじみ出る肉汁に中身の鶏肉もやわらかくて後味に生姜がほのかに効いている。

「このザンギ、時間が経っても美味しい」

 思わず言葉が漏れた。

『………………』

「ザンギってなんだと思う? ゆきなちゃん」

「今さっき愛寿羽が食べたのが唐揚げだろ。だからそれじゃないか?」

「もしかして、北海道の人でしょ。『ザンギ』って言い方は北海道の人が多いからね」

「そうか方言、ね。あずちゃんうれしくなるとつい方言でちゃうよね」

「……それについては否めません」

 パクパクと唐揚げを口に運んだ。全部なくなる頃にはこれ以上食べきれないぐらいにお腹一杯になった。

『ごちそう様でした!』

 食器の片付けを手伝う傍ら、悠喜菜はスマホで時刻を確認した。

「私、そろそろ帰らないと。また明日な。ちゃんと休みながらやるんだよ」

 やはりどこか寂しそうなトーンで呟いた。

「悠喜菜さんもしよければ駅まで送ってあげるよ。ここら辺は暗いから女の子一人だと危ないかも」

「ありがとうございます」

「えー、せっかくだし、泊まればいいのに」

「わるい、この後やることがあるからさ」

「なるほどね、そしたらまた明日ね、グッデイ!」

 ニコッと華雲が笑う。私も続いて悠喜菜に挨拶をした。

「どうもありがとう、また明日ね」


                    ◆


 あれからどれくらいの時間が経ったのか分からなくなるぐらい課題のシミュレーション回数をこなした。試験勉強のように、頭に染み込ませるのとはまた違う。状況判断を付け加えるので必ずしも答えが同じとは限らない。似た条件でシミュレートをして今回が良いと思っていても、その次は違う。だんだんと安定したフライトができない自分に焦りを感じてきた。

「あたし眠くなってきたよ。あずちゃんは大丈夫?」

「ちょっとだけ疲れてきたかな」

「わかった、ちょっと休んでいて、その間作業するから。明日投稿する動画を修正しなきゃいけなくなっちゃって」

 左手にマウスを持ちアイコンにカーソルを合わせてからソフトを立ち上げると、目にもとまらぬ早さでタイピングを始めた。

「これをこうして、まず問題のレイヤーを変更。次にルートしてあるファイルを戻してっと。うーん、やっぱりここにエフェクト方がいいかな。ここのトランジションをいじって最後にエンディングをつけてっと、はい完成。あとレンダリングすればオッケー」

「華雲ちゃん、やっぱり何をしているのか全然分からないわ」

 バイザーを外した時に髪留めが乱れていたので、引っ張りながらまっすぐに直す。

「そのリボン、いつも付けているよね。何か理由でもあるの?」

「これはね、私が幼稚園ぐらいの頃、お父さんがアメリカで大会があったときに誰かから私に渡すようにって託されたみたいなの。お父さんからは『ある人が探しているからその人が見つけられるように』ってね」

 そういえば誰だろう。受け取ったときにその人の名前も教えて貰っていないから。……でもその人も私たちと同じように、空を目指しているかも知れないと不思議と直感で分かる。

「楽しみだね、その人に見つけてもらうの。よっし修正版アップロード完了!」

「私、みんなのために頑張るよ」

 白い歯を見せながら笑顔で華雲は「了解」とだけ口にして再び準備をしてくれた。


 同じ気象条件下で何回も繰り返していき、課目が上がるのを実感できた。時間も知らないうちにあっという間に過ぎていった。

「華雲ちゃん、次はもしファイナルで突風が発生したらという想定で訓練したいけど……」

 反応がなかった。とっさにバイザーをとって確認すると、華雲は寝てしまっていた。小さく寝息を立てている彼女に毛布をかけてあげる。

「だからゆきなちゃんってば、あずちゃんが一生懸命やっているから……ムニャムニャ」

 ありがとう、華雲ちゃん。あなたがいなかったら、悠喜菜ちゃんとも仲良くなれなかったのかもね。

 漠然と漂っていた想いがやっと固まった気がした。滑走路使用権や先輩、同期のためもあるが、同時に自分との闘いでもある。もうひと頑張りしよう。私は寝ている華雲を起こしては悪いと思い部屋の明かりを消し、デスクライトを頼りにバイザーを装着する。条件の変更はいろいろ弄っているうちにできるようになった。

 それからまたしばらく練習をした。打開へのヒントは手探り状態で何度も風、雲の状態を変えながら課目をランダムに体が覚えるまでシミュレートする以外ない。何回目なのか分からない頃に、休憩がてらお茶を飲もうと再びバイザーを外した。目が慣れると部屋が薄明るくなっているのに気がついた。窓を覗くと、夜の終わりを告げるように山の輪郭がうかがえる。このままではいけないとバイザーを着けもう一息頑張ることにする。それと同時に不意に寝なければ明日持たないと本能的に感じ、暗闇の中少しの間だけ目を閉じた。まだイマイチ自身が無い部分を残してはあるが、頭の中で干渉都合よく整理し納得させる。バンクするにはラダーがこうで、無重力フライトには速度とピッチ(機首角度)が大切で、フォワードスリップは……。

『グライダーは最高だべ! 風と一体になれるし気流を掴めば、どこへだって行けるべさ』

 初めてピュアグライダーに乗った時を思い出した。あの頃は自分の嫌な記憶すべてが洗い流されるような気分だった。あの頃にもっと練習をしていればよかっただろうか?


「おーい愛寿羽、起きろー朝だぞ」

「あずちゃん、あずちゃん」

 体が揺さぶられる感じと、悠喜菜と華雲の声が聞こえてきた。

 しまった! ほんの一〇秒しか経っていないと思っていたつもりが……。とにかく目を開けると、真っ暗だった。あ、そうだ、バイザーを着けっぱなしだっけ。

 頭を上げそれを外した。途端に光りが眩しいぐらいに目に届く。

「悠喜菜ちゃん華雲ちゃん、おはよう」

「え、あれからずっとやっていたのか? 目にうっすらクマ出来ているし」

「うーん、確か朝方までかな」

 徐々に目が光りに慣れる。ふと悠喜菜の左手側の包帯に目線が落ちた。

「悠喜菜ちゃん手首痛そうだけど、どうしたの?」

「今朝電車内でバカみたいに騒いでいたヤツがいてな、撃退してきた。その時にちょっと」

 目線を不自然に動かしながら話す悠喜菜。きっと説明が面倒内容なのだろうか。

「え、どうだったの? てっきりドジって、電車のドアにでも手を挟んだのかと思ったよ。お大事にね」

 華雲は悠喜菜の予想外の出来事に慣れたみたいだ。

「私って華雲からしたらドジキャラなのか? っていうか撃退にドジとかあるのかよ」

『グーー』

「ゆきなちゃん……朝ごはんちゃんと食べた? 下にサンドイッチあったと思うから、持ってきてあげるよ」

 華雲はすっと部屋を出て行った。悠喜菜の顔を覗くと赤くなっていた。

「多分悠喜菜ちゃんはドジっていうより、腹ペコキャラだと思うけれど……」

「あー分かった分かった。それ以上言わないで、また例のアレするぞ」

 何を暗示しているか大体想像がついてしまうのでこれ以上は口を結ぶことにした。間もなく華雲がサンドイッチを持ってくると、悠喜菜は数個手に取ってはペロッと平らげた。

「ほら早くサンドイッチ食べな。あと少ししか時間無いだろうし、食べ終わったらすぐ最終チェックしようか」

「了解、昨日と同じくサポートお願いね」

 悠喜菜はサンドイッチをもう一つ手に取った。

「あーあたしの分が……。いいもん、下にバナナがあるから」

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