9 懐かしい家族団らんでの食事 #43

「六〇度バンクいくよ」

 私は操縦桿を深めに倒す。

「気持ち深めにバンクして」

「了解」

 悠喜菜と華雲がアドバイスをしてくれる。

「ちょっと速度が多いよ。もっと操縦桿を調整しながら、速度を落とす方がいいな」

「うーん、バンクの初動が難しくて。旋回中に調整すると、かえって安定しなくなるわ」

「そしたらもう少しだけ、ラダーを踏むのはどうかな? 操縦桿はバックプレッシャーを与えるだけで十分なはずだよ」

「ラジャー」

 一時間三〇分ぐらい練習をし、ようやく旋回と無重力フライトの要領を掴めた。

「少し休憩しようよ、花奈はながご飯できたってさ。みんな早く行こう」

「いいのか? 私までごちそうになって」

「いいから、いいから」

 部屋に入った時点で気づかなかったが、ドアのすぐ横にある棚に、輝かしいトロフィーがあった。


『Fighter Battle Japan Zone 2028 準優勝』


「華雲ちゃんこれは?」

「ちょっと前に大人気の戦闘機ゲームがあったの覚えてる? そのオンラインで闘うトーナメントのやつだよ。今となっては部屋の飾りでしかないけれど」

 以前よくテレビのコマーシャルで目にしたことがある。架空世界の均衡を守るために戦闘機で敵をやっつけたり、妨害基地を破壊したり、時にはピンチの味方を守ったり、内容が面白くて有名なフライトゲーム。

「あたしその次にあった試合で、永久BAN(追放)になったの。でも後悔はしていないんだよね」

 赤髪の黒みがかった毛先を指でくるくるとしながら言葉を続けた。

「準決勝で最後の一機というところでシステムにバグが発生して、あたしの機体だけ体力が減らないのに気がついたの。地面擦れ擦れで一騎打ちになったとき、明らかにあたしの機体が先にやられたはずなのに、気がつくと私が勝っていたの。だけど、それがどうしても納得いかなくて、抗議したのだけど取り合ってくれなくて」

「どうしてそこまで……別に言わなかったという選択肢もあっただろに」

「もしあたしがその選択をしなかったら、今こうして二人に出会っていなかったかもね」

「そうだよな」

「実は飛桜でもeスポーツ特待生の条件として、部活もeスポーツ系にしなくちゃいけなかったけれど。でもあずちゃんたちと一緒にいたいと思ったからグライダー部にしたの。前に柴崎先生と相談して承諾してもらったんだー」

「そうだったんだ華雲ちゃん……」

「ひょっとすると、動画配信で『My Is Me』という名前で配信しているのは華雲かよ。なるほど、そうなると色々辻褄が合った。だから学年順位がアレなのか」

「成績は関係ないよ、ゆきなちゃん!」

「悠喜菜ちゃんそれはつまりどういうこと?」

「知らないのか愛寿羽? 華雲はネット動画界では登録者一五〇万人越えの有名人だよ」

 えっへんと高らかにドヤ顔をする華雲。

「昔は戦闘機のゲームを配信していたけれど、今はいろんなジャンルのゲームをやっているんだよ」

「お姉ちゃん、早く来ないと冷めちゃうぞ。お父さん出張でしばらく帰ってこないから待たなくていいんだよ」

「はーい、今いくから!」

 返事をしてから息を少し吸うと、そのまま大きくため息をついた。

「……じゃあごはんを食べにいこう」


 こうして私たちは華雲の家で夕食をいただくことになった。他の家族と団らんの食事にお邪魔するのは初めてだがどこか懐かしい。テーブルには溢れんばかりに盛られている唐揚げに、ピーマンの肉詰め、グラタンにサラダ、白米と味噌汁からは湯気が立っている。そんな豪華さをより強調するかのようにテーブル真ん中に置かれた枝豆の山。

「デザートもあるから、どんどん食べてちょうだいね」

『いただきます!』

「あ、アッツ!」

「ほら華雲、できたてだからちゃんと冷まさないとダメでしょ」

 私の過去にあった同じような記憶に懐かしさを覚える。


『お母さん! 今日の晩ごはんはなぁに?』

『今晩はあずはの大好きなステーキよ』

『わぁ、やったー!』

『野菜もしっかり食べるんだぞ。じゃないとお母さんみたいに美人になれないぞ』

『またまた上手なんだから』

『ほっほっ、あっつい』

『しっかり冷まさないと、口の中やけどするわ』

『うん、わかった』


 その記憶が華雲たちに重なり、目尻が重たくなる感覚がするかと思うと同時に視界が若干にじむ。そんな思い出がよみがえる中、何かに「はっ」とした様子の悠喜菜に肩を触れられる。

「あの猫今、人間みたいな動きしなかったか?」

 視界の先には白くて丸くなっている猫がいた。ちょうどタイミングが悪いのか、それとも彼女の見間違いなのか、特に気がかりなところは無かったかに見えた。

「ほらあれ、腹を掻いている様にみえないか?」

「あ、え?」

 確かにボリボリとお腹を掻いている様子は、まるで週末にテレビばかり観ているダメおやじのそれだった。

「チャペ、またその仕草をやってる。もーう一体どこで覚えたの?」

「ある意味では珍しい猫だな。演芸団に売り込んだら有名になれるんじゃね? そうかまずは私がネットで売り込もう」

「チャペはもともと、どこだったか覚えていないけれど森のような場所で出会ったような……」

「どこかって、それに随分と曖昧なんだな……」

 悠喜菜が枝豆を剥きながら、静かに呟いた。

「お姉ちゃんあのとき『このままじゃかわいそうだから』って言いながら、一緒にずぶ濡れのまま帰ってきたじゃん。その後熱を出したから記憶が飛んだんでしょ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。大変だったんだあのときは」

 餌を食べ終わった白猫のチャペがゴロゴロと喉を鳴らした。華雲が合図すると答えるようにチャペは、モコモコな身体を揺らしながらやってきた。てっきり華雲の方に行くのかと思ったが、私の足首あたりで全身を何回かすりすりしてから膝に飛び乗った。毛がふさふさとしていてとても触り心地がよかった。ただ見た目に反してすごく重い。

「チャペ、その下心にあふれる表情をするのやめなってば」

「大丈夫だよ、私は気にしてないから。猫にそんな感情は無いって」

「普段あたしにはちっとも甘えないクセに、もーう」

 膝の上でチャペはくつろぎ始めた。こんな不安定な場所よりも、もっと広い場所に行った方がいいのに。でも暖かい。

「愛寿羽は猫にもモテるんだな。いいなー」

「わざと言っているよね? 悠喜菜ちゃん」

 動かなくなったかと思うとチャペはそのままグーグー、寝息を立てながら寝てしまった。

「まったくもう、しょうがないんだからー、そしたらあたし先にチャぺを寝かしてくるね」

 重そうに華雲はチャぺを運んでいった。


「愛寿羽さん悠喜菜さん、うちの華雲とお友だちになってくれてありがとう」

 華雲のお母さんは湯飲みを置き私たちに言った。

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