8 ゲーム環境の真骨頂 #42

「あ、どうも華雲の弟、ともっす」

「えっとどうも、お邪魔しています」

 私は反射的に敬語で返してしまった。刹那、初対面なので敬語が無難だろうとも思った。

「君たちコミュ障か?」

「……」

「……」

「あーアレでもない、コレはこっちでー、うおーなんだこのコップに付いている黒い物体は!」

 部屋の中で慌てて片付けている華雲に、智貴君は苦笑いした。

「なんだかヘンな姉ちゃんですが、よろしくっす」

「大丈夫、私らも大空にぶっ飛んでいる変人だからな」と悠喜菜が言った。

「お待たせ、やっときれいになったよ」

 華雲が部屋から出てきた。その左手には黒いビニール袋を持っていた。

「トモ君よ、くれぐれも邪魔しないように!」

「うい、そしたらオレ下で宿題をやるから。じゃあ」

 そう言い残すと智貴君は階段を降りていった。

「まったく、『飲み物持ってくるぜ!』とか言ってくれないのかな」

 両手を腰に当てながらため息をつく華雲。

「あらためまして、あたしの部屋にようこそ!」

 息を整えると両手を大きく広げながら迎えてくれた。部屋に入るとそこは女の子の部屋というイメージとはほど遠いいところだった。

 壁に沿って直角に折れ曲がった机上には、正直どれを見たら良いのか、視界いっぱいに映る三枚のモニター。その左上部から伸びるアームには、ラジオ局にありそうなマイクが、ぶら下がるようにして取り付けられている。更に机から一段下がった台の上に、白くて大きな機械が存在感を放つ。コンスタントにファンが回っている音、アクリル板の内部では多種多彩な色が明滅を繰り返している。目を凝らすとキーボードもマウスも色鮮やかに光り輝いている。部屋で一番大きいはずのベッドが地味に感じてしまう。極めつけは机の前にあるレーシングカーにありそうな椅子が、部屋全体のアクセントをより一層普通とは違うのだと強調している。

「華雲ちゃんこの設備は一体?」

「これは題して“パソコン”だよ」

「……」

「……おお、なるほどな」

「あたしね昔は戦闘機のゲームをやっていたけれど、今は動画編集をしているの。この子のスペックはね、フルタワーATXに、一〇コアを支える一二八ギガバイトのRAM、最上位グラボ、SSDの容量は八テラバイトで――」

  華雲は得意になって説明を進める。パソコンの知識がない私にとっては何の説明なのかさっぱり分からないが、とにかくスゴイパソコンだと言うことは彼女の説明からじわじわと伝わってくる。

「まあ説明は後でいいんじゃないか? とりあえず時間が無いことだし、さっさと始めよう」

「ごめんごめん」

 説明が長くなることを見越したのか、悠喜菜がタイミングを見切った。

「今ソフト起動するからちょっと待ってて」

 慣れた手つきで華雲はパソコンの操作をした。

「あずちゃんここに座って、この手袋とVRとラダー操作用の足にもこれ着けて」

 言われるがまま、手袋と足にサポーターのようなバンドを渡された。そういえば以前パソコンを買いに行った家電量販店で、似たような商品を見かけたことがある。確か……価格は非常に高くて一体どんな人に需要があるのかと思っていたが、ここにいた。

「華雲、そしたら結局三画面を使う意味は?」

「一応VRの様子、調整関係、あとは機体の操作手順を探すためのウェブページでも開いておこうかな」

 悠喜菜へ説明をしている側で、渡されたバイザーの装着方法が分からずカチャカチャといじるが、下手に壊しでもしたらまずいと直感したので諦めた。

「ごめん華雲ちゃん、バイザー装着するの手伝って」

「そうだ、これコツが必要だから」

 華雲に押さえてもらいながらバイザーのバンドを引き、ズレがないかを確認もしてもらった。

「にしても華雲、よくこんなに揃えられたな」

「あーこれは自分で買ったのと、もらったものがほとんどだよ」

「へー、え?」

「前に動画配信をしているって言ったでしょ? パソコン関係全体は、スポンサー契約料と広告収入だよ」

「なるほど案外良さそうだな。じゃあ私も今からネットビジネスを始めるとするか」

「正直時間と運が必要だよ。あたしの様になるまでには、五年ぐらいかかったかな」

「確かにビジネス型収益はヒットしないリスクあるからな。時間という代償を払わないとダメか」

「仕組みさえ作れば後はラクだけどね」

「そうは言ってもだな……」

「よし、これで準備完了!」

 バイザーが起動しなにかのロード画面が出てきた。

「いま視野の認識を調整しているから」

 カタカタとキーボードの打鍵音が聞こえ、しばらくすると滑走路を中心に視界いっぱいに山の風景が広がった。それは現実で見る景色とほとんど相違ないぐらい綺麗。読み込みゲージがいっぱいになると機体のコックピットも表示された。

「どうかな? 見えにくいところとかあったら言ってね」

 試しに頭を左右に振ってみる。右を向けば視点も右に動く。目の前の操縦桿を握ると感覚まで再現されていた。まるで本当に機体に搭乗しているような感じで、想像以上の精度にびっくりした。

「これならやりやすいわ! ただちょっと頭が重いかな」

「それは慣れでカバーしてね。じゃあ時間もないから始めるよ。訓練シークエンス開始!」

 離陸手順は、右下に表示されている動画の通りこなし、あっという間に大空に飛び立つことができた。グライダーと同じように場周経路を飛んでいき、課目演習を行う。あまり見慣れないタイプの操縦桿が左手側にあり、慣れるまでしばらく上昇降下と旋回を繰り返した。いつも思うけど、航空機はどうしてこう独自性が強い機体が多いのだろ? 統一まではしなくても、ある程度は共通化しても良い気がするのだけれども。

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