7 華雲の家 #41

 ひとまず華雲の家に泊まるための荷物を取りに戻るため、バス停に向かう。まだ気持ちの整理がつかないし、本当に明日、試合が行われるのかにわかに信じ難い。

 バスに乗り席に腰を下ろし、気持ちを落ち着けるためにぼうっと外を眺める。発車間際に一人乗ってきた。何気なく乗ってきた人見ていると、目を合わせるつもりはなかったが、パッと合ってしまった。

「よう二稲木といつものお二人さん」

「どうも幡ヶ谷君」

「いつもあずちゃん以外のあたしたちは『お二人さん』で括られるからヒドい」

 華雲が後ろの席から小さな声でこぼす。私はただコクコクと頷いた。

「なんや、どエラいことになったんとちゃうか?」

 幡ヶ谷君は通路を挟み反対側に座った。バスも動きだす。

「うん、そうだわね。そういえば確か野球部なのに、どうしてこのことを知っているの?」

「実は俺な、野球部やなくて飛行部に入ったんや」

「そうなのね……」

 あまり深々と理由を聞く余裕がなかったので、素っ気なく返してしまった。

「まあ俺は飛ばへんけどな。そっちは誰が飛ぶんや? もちろん密告はせぇへん。俺らでの秘密や」

「先輩二人と私だよ」

「そうなんやーお前、スゴイやん」

「そんなことないわ、たまたま人数が少なかったから」

「せや、俺らのところは二年生フライト学年一位の先輩、あとは三年生の副部長と部長が飛ぶ予定や」

「……」

 多分一番知りたくなかった情報だろう。せっかく気持ちを落ち着けていたのに、また振り出しに戻ったのかのように呼吸が乱れ、手の中で汗が滲みはじめた。

「俺もな、ホンマは皆で楽しく飛べればええと思ってんねんけどな。どうして使用権でこんな争いせなアカンやろうか」

「それを私に聞かれても……」

 そろそろ私の気持ちを察して欲しいところ……。奥歯を噛みながら気持ちを鎮める。それから無言のまま駅の大通りまで戻ってきた。

『まもなく八王子駅北口に到着いたします』

 バスから降りると、幡ヶ谷君にまた声をかけられる。

「ほなまた、本番まで頑張れな。勝っても負けても友達やからな」

 何とも怒りたくても怒れなく、もどかしさだけが残された。

「ありがとう、それじゃあ」

 そう伝えると幡ヶ谷君は足早に先に行ってしまった。一瞬ガッツポーズをしたように見えたかと思うと人影に消えていった。軽くため息をつきながら、そのまま三人で駅のガードを抜け、マンションの入り口付近までやってきた。

「あずちゃん準備してきて、あたしたちは中のロビーで待っているから」

「分かった、すぐ戻るわ」


 もどかしく感じられるエレベーター内での時間をやり過ごしたあと、部屋へ戻り、泊まるための支度をできるだけ早く済ませる。電気を確認して、戸締まり、ゴミ出しと洗濯は……時間がかかるので帰ってきたときで。ひとまず部屋着と洗面用具、日用品を鞄に詰め込み急いで出発をする。

 降りるエレベーターには白い大きな布を持ったコンシェルジュが乗っていた。

「これはこれは二稲木様、こんばんは」

「こんばんは、大きな布をお持ちでクリーニングですか?」

 もどかしいエレベーターの時間を紛らわすため何でも良かったので質問してみた。

「先ほどゲストルームを清掃しておりました。貴方様も大きな鞄をお持ちでどこかにお出かけですか?」

「これから友だちの家に泊まりに行ってきます」

「そうですか。ここのところあなた様の雰囲気が随分と変わりましたね。初めてお会いした頃は気鬱そうなご様子で心配していました」

「おかげさまで毎日楽しく過ごせています」

「それは良かったです。当方も安心しました」

 ちょうど二階に到着しエレベーターのドアが開く。

「すみません、これから急ぎの用事があるので失礼します」

「気をつけて行ってらっしゃいませ。また何がございましたら遠慮無くお申し付けください」

「ありがとうございます」


 急いで悠喜菜と華雲が待つロビーへと向かう。二人は寄り添って雑誌を読んでいた。

「お待たせ」

「あずちゃん私服に着替えてきてもよかったのに」

「待たせたら悪いと思って」

「戸締まりは大丈夫か?」

「うん、あとは空から入ってこない限り大丈夫」

「……そうか。それと、なんだか言い顔してるな、何かあった?」

「いや、何でもないわ。行こう!」

 もしかすると内心ワクワクしている自分もいるのかも知れない。


 駅のホームまで移動すると、タイミング良く電車がやって来た。都心部から帰ってきたであろうたくさんの人が波のように降りてくる。逆に電車に乗る人はあまりいなく、車内も点々と人がいるだけで閑散としている。私たち一列丸々空いている席に腰を下ろした。今思えば引っ越して以来、久しぶりに電車に乗った。ドア上のモニターに目線を当てると高尾駅まで七分と表示されている。手前には立川たちかわなどの表示自体があるものの、到着済みなので文字が薄くなっていた。この先は西八王子にしはちおうじと高尾だけに到着予定分数の数字が振られている。もう一つ横にあるモニターには無音ではあるが、アクション系アニメの広告が流れている。やがて電車のドアが閉じ、駆動モーターの音が車内に響きわたる。北海道の石北線のように床下から一定のジョイント音がなく、まるで滑っているかのように流れていく景色を置いていきながら進み始める。本当に私にとって東京という場所は何もかも新鮮。そういえば……。

「二人は普段行くとしたら、どこら辺へ出かけるの?」

 私は買い物などにおすすめな場所を聞いてみた。せっかく東京にいるので少しは知っておきたかった。本当に行くかどうかは別として。

「そうだね、基本的に吉祥寺きちじょうじ新宿しんじゅくで、余裕があれば秋葉原あきはばらまで行っちゃうかな」

 どれもテレビで聞いたことがある地名だ。

「私も出かけるなら都心部へ行くけどな。華雲は高尾からだと遠いっしょ」

「ふふーん、高尾は中央線の始発駅だから、むしろ絶対座って行けるのがメリットかな。時間こそかかるけどねー。そうだ、今度皆でどこかへ行こうよ」

「そうだね。その時は、華雲ちゃんに案内お願いするわ」

『まもなく終点、高尾、高尾、お出口は右側です。中央線相模湖さがみこ大月おおつき方面と京王けいおうせんはお乗り換えです。今日も中央線をご利用いただきましてありがとうございました』

 電車の自動アナウンスが流れ、乗客に終点を知らせる。

「そういえば高尾なんて小さかった頃に来て以来だな」

「小さかった頃って、ゆきなちゃんはいつから高身長になったの? あたしなんて小学低学年は列の後ろの方だったけど、学年が上がっていくにつれ段々と、校長先生の顔が近くなってきたっていうのに……」

「そうだな、私は少なくとも小学生から列の後方だったな」

「ねぇゆきなちゃん、あたしにも身長分けてよ」

 電車が停車し間もなくドアチャイムを合図にドアが開く。席を立つと、私の横から「コツン」と物が軽くぶつかる音がした。

「イッテー」

 何事かと横を見ると悠喜菜が頭を押さえている。

「背が高いと私のようによく吊り革とかに頭をぶつけるんだよ。それでもいいならあげる。むしろ遠慮しなくていいよ」

「……やっぱり今は小さいままでいいかな。気が向いたらもらいにいくよ」

「了解、それまで気長に待つとするよ」

 一見すると話が噛み合っているように聞こえるが、そもそも身長をどうやって分けるの? 考えただけで背筋がゾッとする。


 改札を後にし、華雲の自転車に荷物を載せてもらい、高尾駅から山の方へ足を運ぶ。途中坂を登ったり入り組んだりする道を進み、方角が分からなくなりそうになる頃ようやく華雲の家に着いた。陽もすっかり山の向こうへと沈んでいた。

「ただいま! 二人も入って、入って」

「お帰り、お友だちは一緒なの?」

「うん連れてきたよー」

 居間の方から華雲のお母さんが顔をだした。目元と口が華雲そっくりなのが印象的。

「「お邪魔します」」

「どうぞどうぞ、華雲から話は聞いているよ。ゆっくり――は無理かもしれないけど遠慮しないでちょうだい」

「じゃあ二階にあるあたしの部屋まで誘導開始!」

 ニコニコしながら華雲は私たちの前に立ち、電車ごっこのように列になって階段を上がる。

「そうそう、部屋には手を付けていないよー」

「げ、うそ! こめん、そしたらちょっとだけ部屋の前でまってて」

 日頃の彼女から、何となく部屋が汚いだろうと想像がついていた。部屋のドア越しからでもガチャンとか、パリーン、ドカンと騒々しい物音が耳に入ってくる。心配もしているが、自然と口元に笑わないよう力がかかる。変に様子を見に行くのも失礼な気がしたのでただ待つことにする。

 すっと隣の扉が開き、中から中学生だろうか、黒の学ラン制服を着たままの男の子が出てきた。

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