6 決心への勇気 #40

「ちょっと待ってください。まだたいした時間を飛んでいないのですが……」

 違う。主張したいのはそんなことじゃない。本番で思い通りに飛べるか自信がない。そもそも航空法に『公共の福祉を増進』とあるのに争いをしていいのだろうか? 最も会議でお互いに納得のいく話し合いが出来なかったから、この状況になったというのも事実だけれど。

「もちろん無理にとは言わない。でも学年一位の君なら」

 また、どうしてみんな『学年一位』という文字にこだわり縋ろうとするのだろうか? 誰かが評価した結果に、こんなにも圧力をかけられるなんて……。ふと両肩をポンっと悠喜菜と華雲に叩かれた。

「別にはっきり断っても間違いじゃない。無理に飛ぶ必要もないと思う」

「ゆきなちゃんの言う通りだよ。今がダメでもまたいつか権利だかを取りに行けばいいじゃん」

 私は目を瞑り考える。確かに二人の意見も一理ある。断ったとしても問題はなさそうだが……。でもそのあとに後悔しか残らないのでは? そもそも、飛んだとして滑走路使用権が取れなかったら? それに失敗したら? 思い詰める中、桜ヶ丘先輩に声をかけられる。

「有斗とある程度点数を稼いでおくから。愛寿羽っちはただ飛ぶだけで大丈夫」

「…………」

 飛ぶだけなら何とかなるかもしれない。……ただ私の中でどうしても覚悟が決まらない。ただ飛ぶだけでも、十分難しいのは恐らく先輩も分かっているはず。それで私のせいで足を引っ張ることになってしまったら? と考えると無理することもないが、その選択しも選べない。見渡すとみんなが私に視線を向けている。いつの間にかザーザーと格納庫の屋根を打ちつける雨は止んでいた。雲の切れ間から差し込む夕日の影が少しずつ動き長くなっていく。

「俺ら、いやこの部活には二稲木が必要なんだ。この通りお願いだ!」

 部長が頭を下げる。自分が誰かに必要とされているのだと実感させられる。私は自分のことばかり考えていて、肝心な周りが見えていなかった。嬉しさと期待、圧倒的な不安に襲われる。


「あずちゃん」

「愛寿羽」


 呼ばれた二人の方へ振り返り、脳裏に浮かんだ内容を小声で話す。

「華雲ちゃん悠喜菜ちゃん、確かに安全を考えればやらない方がいいのかもしれないけれど、私が辞退したら他に誰がやるの? 例え身を削ろうとも私がやらなくちゃ」

「じゃあ、本当にやるのか? でも、無理はするなよ」

「……うん。もちろん出来ることは全力でやるつもりだよ」

 手足を震わせながらも、覚悟を鳳部長に伝える。

「可能な限り全力でやってみます」

「ありがとう、本当にありがとう。この部活や皆のために頼むよ」


 こうしてグライダー部からは桜ヶ丘先輩、清滝先輩と私が選ばれた。当日の流れを話し合うため、皆で運航室まで移動した。途中で何も状況が分からず困惑している、竹柳君が合流する。

「それにしても機体がグライダーじゃないとか、ハンデがデカ過ぎるだろ。いくら飛べる日がなくて決着が出来ないからって……」

「機体も合わせないと採点に大きな影響を与えるのと、安全重視の結果飛行部側の機体になってしまうなんて。楓も含めひたすらイメージトレーニングをするしかないですね」

 状況を鳳部長から説明された竹柳君は、ようやく状況を理解出来たようだ。

「……とりあえず、フライトメンバーはこれを持って帰って」

 同じく柊木先輩も部長から説明を受け、課題内容のプリントと今回使用する飛行機の規程ファイル一式をフライトする人の人数分用意してくれた。私たちがプリントを眺めている傍ら、柊木先輩がノートパソコンを立ち上げる。

「いまからブリーフィングをするからこのパソコンを見て」

 フライトをする先輩たちと肩を寄せ合いパソコンの狭い画面を注視する。

「使用する飛行機はシーラス式SR22で登録記号はJA4397HS。その優れた安定性と訓練に特化した機体で初心者にも飛ばしやすく、万が一の場合でも機体全体がパラシュートととなって降下できるほど安全性に優れている。二〇三〇年代の飛行訓練機の殆どを締めるのがこの機体。課題はバンク角六〇度旋回を左右それぞれ三周して、パラボリックフライト(無重力飛行)、最後にフォワードスリップでのアプローチと、どれも難易度が高い内容となっているようね」

 正直もう少し時間があれば、何とかこなせるのだろうか。

「そういえば部長さん、確かシミュレーションソフトにSR22の機体データって入っていましたっけ?」

「そうかそれだ、桜ヶ丘! 運航室のパソコンなら教育用として入っているはずだ」

「……待ちなさい。あなたたち三人分の用意があると思っているの?」

 柊先輩は水を差すかの如く発言する。微かな高揚感が一瞬にして現実へと引き戻された。

「そうさ、フライシミュレーターソフトが入っているノートパソコンも、二台しか無いのさ。部活で貸し出し出来る数も限られているし……そうだ教育方のなんちゃらでソフトを丸ごとコピーしちゃえばいいさ」

「残念ながら前に聞いたけれど、ライセンス丸ごとのコピーは出来なくて仮に出来たとしても動作しないって。ともかく愛寿羽っちを優先するとして、あとはどうする? 楓は最悪確認出来れば大丈夫だけど、でも出来ればちゃんと特性を勉強しておきたい」

「あいにく僕もそんなに飛んだことがない機体なのさ」

 華雲は私の袖をつまんで引っ張った。

「ねーあたしの家に泊まりで練習しない? さっき見たけどあのソフトはあたしも持ってるしSR22の機体データもパソコンに入っているよ」

「本当に? いいの?」

 全く予想していなかった好機が訪れ、思わず聞き返す。

「うん、もちろん! あたしには、これぐらいしかできないけどね。えへへ。それとゆきなちゃんもサポートお願いね」

「役に立てるか分からないが、協力する」

「そうと決まればあたしが先輩に説明してくるね。ソフトの互換性を確かめてくる」

 華雲がソフトのファイルを開き何かを確認するとニヤリと笑った。それから部長に説明をした。

「なるほど……今泉の環境なら大丈夫だ。そしたら二稲木は今泉の家ってことでいいかい?」

「イエッサー、お任せください鳳部長!」

 敬礼のポーズをしながら華雲が返事をする。

「ありがとう、華雲ちゃん」

「いいよお礼なんて。むしろ覚悟を決めたあずちゃんのサポートをしたくてしょうがないから」

 そんな言葉かけ、行動をしてくれる華雲のためにも失敗したくない。

「結果的に三人に押しつける形となってしまい申し訳ない。短い時間ではあるけれど各人しっかりと、できる準備をするんだ。絶対あいつらを見返してくれ! 今日のところは解散!」

 部長が拳を前に突き出した。するとつられるように次々と拳が突き出される。私もぎゅっと拳を握り突き出した。


『ラジャー!』

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