5 我慢できる許容量を超え、怒りが爆発する #39
『六月四日金曜日、関東は例年より遅く梅雨に入ります。今朝も通勤、通学の時間帯を中心に大気の状態が不安定になるので、お出かけの際は突然の雨に備え日中は傘を持っておくと良いでしょう』
ここのところ晴れ間がないほど悪天候が続きフライトが出来ていない。私自身も数日間飛ばないとなると気持ちが落ち着かない。普段教室の窓から滑走路全体を見渡せるが、曇っていてどんより重たく見える。雨が降っていなくても飛べない理由の一つでもある。この雲の中を飛ぶのは、目隠しをしながら歩くのと同じことだから。
「あれは雲、それとも霧?」
教室に入るとクラスの誰かが、滑走路末端に浮かぶ白くてモヤモヤした水蒸気を指さしながら会話している。
「人それぞれの判断でいいんでしょう? 月曜の航空気象の授業でやったじゃん。空気中に含められる水蒸気の量は決まっていて、気温が下がると含められる水蒸気量が飽和して雲が出来るんだよね」
「よく理解してるな、流石」
この時期になると仲のいい人同士のグループや、私たちのように少人数のグループ、人と関わらず自分を満喫している人などクラス内の組織的な部分が分かるようになった。幡ヶ谷君は持ち前の雰囲気で、本を読んでいる男子に気さくに話しかけている。その男子は本を閉じると嬉しそうに話の輪に入っていった。もしも私が中学生の時にもこんな人がいたら……。何とも言葉に言い表せない悔しさがこみ上げてくる。
結局天気予報通り一日中雨が降ったり止んだりを繰り返す不安定な天気が続いた。六時間目の授業が終わりウーロン茶を飲みながら一息ついた。スマホを確認すると、ちょうど通知が入った。
竹柳君「今日はタイフーンの改修整備があるから、全員六格に集合だってさ。俺は授業が長引くからかなり遅れるか、あるいは行けない」
華雲「了!」
悠喜菜「教室掃除があるから、遅れる」
私も「同じく階段掃除があるので悠喜菜ちゃんと一緒に遅れます」と送っておいた。
部活の同期が集まるグループで連絡を取り合う。実際は竹柳君が先輩から受けた連絡を流すだけの役割となっている。そもそも部活全体のグループがあることは知っていて、そこへ私たち一年生を加えれば情報伝達の手間を省けるが、部長いわく『チームとしての強化』というのが一年生の目標らしい。「そのうち全部活か情報共有出来るグル-プに入れるから」とも言われた。
今度は普段私たちが使っているグループへ通知が入る。
悠喜菜「整備ダルい。掃除長引かせようかな」
華雲「それはダメ! 先輩に報告しちゃうよ」
悠喜菜「そうだ愛寿羽もサボろうよ」
私はそれに対し「ちゃんとやらないと駄目だよ」と送った。
整備作業をサボりたい正直な感情と勉強したいという感情が、小競り合いを起こす。なんだかんだ言いながらも、悠喜菜とほとんど同じタイミングで終わったので、華雲と合流次第部室へ荷物を置きすぐ格納庫へ向かった。
格納庫へ着くと窓の外から何やら人だかりが出来ているのが見えた。普段見ない人が二人いて、なにやら打ち合わせをしていると思い、話の邪魔にならないよう一度外へ出て校舎側から入り直す。ところが近づくにつれ、ただ話をしているだけではない物々しい雰囲気が伝わってくる。私たちは扉をほんのちょっとだけ開け、聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「お前らさ、マジさぁ、調子乗んじゃねーよ! グライダーなんかに乗って何の役に立つんだ? それに聞くところによると結果を残せていないから、もうすぐ廃部だってな」
声の口調から前に飛行部部活見学で私たちを小馬鹿にした先輩達と、どうやらグライダー部の先輩たちが数人で揉めているらしい。
「あまりこの部をバカにすると許さないから」
桜ヶ丘先輩が頭一つも違う飛行部の先輩達相手に食ってかかった。
「なら俺らが上だってのを証明してやる。明日の土曜、俺らの部活成績上位三人と勝負すれば一目瞭然だな。当然負けたら次の滑走路運用方式の会議でお前らが使えなくなるように話を取り付けてやる。するとお前らは無事廃部ってなるわけだ」
「上等だ! 何が何でも潰させない!」
鳳部長が声を荒げるのを初めて目にした。聞いている私も気がつけば緊張していた。
「残り少ない時間でお別れ会を開くことだな」
そのあと飛行部の先輩達は何かを言い残したようだが、ちょうど雨の音でかき消されてしまい聞き取れなかった。飛行部の二人が去ったのと入れ違いで、私たちも格納庫へ入る。
「一体何があったのですか?」
恐る恐る桜ヶ丘先輩に何が起きたのかを聞いた。
「以前から、飛行部との間に
「それについては、すみませんでした。待てば良かったですねあの時」
「悠喜菜っちは悪くないよ。そもそもグライダーの特性を知らない方が悪いし、楓たちも堪忍袋の緒が切れたというか……。今までこの問題を解決しなかった楓たちに責任があるから」
「だったらまたやればいいのさ、カットランディングを」
「バカ! あんた何もわかっていないのね。運用方法を変えられ、使用権も取れなかったらこの部活、フライトどころじゃなくなるんだよ!」
そう口にすると桜ヶ丘先輩は拳を握りしめて、清滝先輩の脇腹を殴った。
「イッタ、ごめん僕の冗談が過ぎた……さ」
「とにかく明日のフライトメンバー三人を決めないといけないな。俺らの部活はとりわけ人数が少ないから」
鳳部長が腕を組み替え、話を続ける。
「あいにく俺は整備だからフライト組より飛んでいる時間は圧倒的に少ない。そこで完全に任せる形にはなるがフライトの桜ヶ丘、いけるか?」
「グライダー部の今後のためでしたら是非飛びます」
「ヘリコプター科の清滝はどう?」
「はい……僕で良ければいいですさ。ただ、あまり期待しない欲しいですさ」
「ありがとう。あともう一人必要だが……」
場が静まり返った。ある程度ではあるが話の流れ的に察しがついた。
「二稲木、俺らの部活のためだと思って飛んでくれないか?」
鳳部長が沈黙を破り私に目を合わせる。
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