4 飛行部の横暴 #38

 教室へ戻ると先輩は一見普通にしている様だが、足下に目を向けるとガクガクと震えていた。教室で何があったのかは二人と神のみぞ知るようだ。その後私はしばらくフライト準備と次回以降の予習をしながら静かに順番を待った。


『JA2778HS request landing information.(JA2778HS着陸情報を要求します)』

『JA2778HS hold your position.(JA2778HS現在のポジションを維持してください)』

「ねえさっきから、ゆきなちゃんの機体ずっとホールドされてない?」

 呟くように、華雲が口に出す。私は飛行計画表を書いていたために気にも留めていなかったが改めて言われてみればそうかも知れない。

「そういえばそうだね。TFUNを降ろして貰えないのかな? 確かこの時間管制デスクは柊木先輩のはずだったわよね」

「確かにおかしいねどうして飛行部なんだろう……」

「でた、飛行部の嫌がらせなのさ。でも指示に従わないと事故が起こるかも知れないから本当に厄介なのさ」

『JA2778HS request landing information again.(JA2778HS再び着陸情報を要求します)』

『JA2778HS still hold your position.(JA2778HSまだ現在のポジションを維持してください)』

『Negative.(要求を拒否します) あのさぁ、かれこれ二〇分は待たされているんだけれど、いつ降りられますか?』

 無線越しからでも悠喜菜の怒りがひしひしと伝わってくる。

『飛行部の機体を先に着陸させるため、もうしばらく待機してください』

 それでも構わず管制側は待機命令を貫く。しばらくこのやり取りが行われた。やがて悠喜菜は諦めたのか無線を沈黙させた。

『……JA2778HS request cut of landing RWY33.(JA2778HS滑走路三三側へカットランディングを要求します)』

 空気の流れが変わるように状況が一変した。

「「そんなのアリ(さ)?」」

 清滝先輩と桜ヶ丘先輩先輩が大いに驚いた。

『なおこれ以降、電源確保のため無線を遮断しまーす』

 無線の向こうで悠喜菜がまた三白眼で不気味な笑顔になっているのが想像できる。

「なるほどね、モーターグライダーのエンジンを止めて滑空状態にすることで、着陸の優先順位を強制的に上げる方法を取るとは。悠喜菜っちもやることがなかなか大胆ね」

 桜ヶ丘先輩も感心している。着陸の優先順位は何かしらの緊急事態が発生した航空機から優先され、その次にピュアグライダーのような自力で上昇が出来ない航空機が優先される。モーターグライダーはエンジンで飛行機同様自由に飛び回れるため管制官の決めた順に従わされる。そこで一時的ではあるが、滑空状態のグライダーになれる特性を逆手に取って、優先順位を格上げさせた。若干緊張感が蔓延るなかちょうど柊木先輩が教室へ戻ってきた。

「先輩、管制業務は良いのですかさ?」

 私も疑問に思っていて質問しようとしたが、清滝先輩の方が早かった。それに対し先輩はため息をつきながら答える。

「……あの人たちが『早く帰りたいからもう一時やる』って聞かないの。でも次の愛寿羽ちゃんのフライトは私がやってあげるね」

「おーい愛寿羽っち、そろそろ行った方がいいよ」

「分かりました、行ってきます」


 結局あれが着陸の無線だったので、私もフライトのため格納庫へ向かう。私はふと回り道で面倒な格納庫経由でなくても、直接エプロンへ出る方法がないかを考えていた。だが、機体が動ける範囲は有刺鉄線で囲われており、直接入るには両開きの扉に上から三つかけられている南京錠を解錠しなければエプロン入れない仕組みだった。まるで『関係者以外立ち入り禁止』と言わんばかりの厳重さ――、そうか逆に安全確保のため極力人を入れない仕組みなのか。滑走路の中で人が遊んでいたり、寝ていたりしていたら大変だ。格納庫も入り口とエプロン側の出口と計二つあり、尚且つそれぞれの扉には監視カメラも厳重に見張っているので保安に役立っているのだろう。


 髪を結び必要な道具を確認してから、エプロンへと出る。エプロンには既に機体が所定の位置に駐機していた。不機嫌そうな様子で、翼の踏んでも良い付け根部分に立った悠喜菜は、指をポキポキと鳴らしながら鋭い目つきで管制塔を見上げた。

「あいつらマジ何なんだよ」

「地上でやり取りを聞いていたよ。でも飛ぶ以上、私たちは指示通りしか飛べないのが厄介だよね。あれがちゃんと公的な機関だったらそこまで不平等にはならないけど」

「高碕、なかなか面白い判断だったね。でももし先生が、カットランディングのやり方を知らないお客さんだった、もしくは急な体調不良に陥った場合だったら、どうするつもりだった?」

 悠喜菜の口元が緩む。

「そうですね、結局のところ飛行規程にあるようにエンジンを切っても切らなくても着陸の方法自体はそこまで変わりません。従って『知らない』という線はないと思いました。体調不良の面でも訓練教官なら、体調には気を遣っていると思ったのでそれも無いと思いました。もちろん急病になる確率なんてたかが知れています」

 彼女は自分の持ち合わせているであろう航空と、グライダーの知識全てを先生にぶつけた。

「こりゃ参った! でも今後この手を使わないように。やりすぎると人として帰ってこれなくなるから、っと多分ここまで言えば理解できるはず」

「分かりました。傲慢な人にならないよう精進します」

「よろしい、時に降りかかる理不尽にも耐えるんだぞ」

 悠喜菜は機体を降り、格納庫内へと入っていった。

「では次、二稲木さんいってみようか。今日は姿勢変換の手順の仕上げをしていこう。今日から極力自分の判断力だけでフライトしてみてください」

「了解です。よろしくお願いします」

 このころになるとフライトの流れをほとんど把握できるようになってきた。チェックリストを進める速さは初めての頃よりも若干スピードアップしている。無線も覚えてきたので積極的に送話に挑戦する。

「Hachioji Tower JA2778HS ready for takeoff.(八王子管制JA2778HS離陸準備完了)」

『JA2778HS roger cleared for takeoff RWY33. Wind 264 at 4kt. Report over 5mile.(了解、滑走路三三離陸支障なし、風二六四から四ノット。五マイルを超えたら通報してください)』

「Cleared for takeoff RWY33.Report over 5mile JA2778HS.(JA2778HS離陸許可確認、五マイルを超え次第通報します)」

 柊木先輩の聞きとりやすい声を受け離陸する。


 訓練区域では前半姿勢変換をおさらいし、後半は上空でタッチ&ゴー(一旦着陸したあと、再び加速し離陸する訓練科目)の疑似練習をした。あらかじめイメージしていた通りの飛行ができて満足した。

「正直ここまで上手いのはびっくりだよ。それじゃあ実際に滑走路でタッチ&ゴーしてみようか。吸収するの凄く早いから、もう少しで操縦もモノになりそうだよ」

「了解しました。針路を飛桜に向けます」

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