11 “エース”のフライト #45

「よし、もう完璧じゃないか愛寿羽?」

「昨日よりはだいぶ良くなったよ。でも――」

「ヤバイよ二人とも時間が……」

 部屋に華雲のお母さんがやって来た。

「みんな急ぎでしょ、学校まで送っていってあげるよ」

「花奈ちゃんいいの?」

「ちょうど八王子駅前に用事があるから、ついでってことで。ほら早く」

「華雲ちゃんのお母さんありがとうございます」

「これぐらいしか出来ないけど、応援しているからね」


 学校へ向かう途中の車、ようやく勝手が分かってきた学校の空、地形を一生懸命に思い出し、華雲の家で訓練と研究した内容を含め整理した。……やはり目を閉じ考えるとものの五分程で軽く車酔いをしてしまったので、あとは景色を眺めながら着くのを待つ。いつの間にか膝にチャペがいて、右手の肉球をなめている。そんな姿を見ているといっそ猫になりたい。絶対に叶わないことは分かりきっているがそれでも……。そんなことを思考しながら気がつくと、見慣れた道を走っていて少しずつ学校へ近づく。まるで電波の強度が上がるかのように緊張が高まる。時間というしがらみが無ければ、もっと落ち着いていられるのだろうか。

 しばらくすると毎朝バスが停まるロータリーまでやって来た。普段と変わらない学校がまったく別の建物に思える。車が縁石に寄せられ停まった。

「またいつでもいらっしゃいね。今度はもっと時間があるときに」

「いろいろ、ありがとうございました! また機会があればお邪魔します」

 チャペも「ウニャー!」と頑張れという意味を込めているように鳴き声をあげ、グーのサインを出して様に見えた。……いや多分誰の目にもそう見えるだろう。

 覚悟を決め直接飛行部の第六格納庫まで足を運んだ。いつもとは違う格納庫入り口で、スマホを片手にキョロキョロと辺りを見渡している人がいた。

「おはよう、待っていたよ。というより本当によく来てくれた。心から感謝している」

 私たちが来るまでずっと待っていたであろう鳳部長に迎えられた。第六格納庫からエプロンBを覗くと機体もスタンバイされており飛行部の先輩方が調整を行っていた。ふと後ろから近づくあまり好ましくない気配を感じた。

「お前ら、負けたら分かっているだろうな? 使用権が無くなったら、もれなく廃部だからな。鳳先輩もそのつもりでお願いします。イヒヒ」

「フッ、お前らに潰されるようじゃあ、とっくのとうに廃部しているけどな」

「ほざけ、ほざけ」

 飛ぶ順番はくじ引きで決まり、最初は航空部が飛びそのあとにグライダー部と交互に合計六本飛ばす。飛行部は二年生と三年生二人。グライダー部は柊木先輩、清滝先輩、私の順番になった。

「では改めてルールを説明する。課題はバンク六〇度旋回を左右それぞれ三周、次に無重力フライト、最後はフォワードスリップで滑走路へアプローチでそれぞれの課目を一〇点、合計三〇点満点で評価する。審査員は各部活の顧問の教官を入れ替えて行うものとする。フライト中に質問等は一切受け付けず、各自の判断で飛ぶように」

 敷島先生は一連の説明を行った。

 一本目飛行部の“エースパイロット”と呼ばれる二年生が飛ぶ。飛行部の正確な部員数を知らないがこの場には一〇人見かけた。

「ささ、奴らに“エースパイロット”としての格差を見せつけちゃってくださいな」

「あぁもちろんだとも」

 余裕の口調で言い残すと機体の方へ歩いていった。

「なにが“エース”だよ、カンジ悪い」

 頬を膨らませながら華雲は不満を口にした。私は最初のフライトは敵であろうと、しっかりと目を向けることにした。それと同時に自分の中で曖昧なイメージを固められたらいい方だ。

 目標地点を通過後「審査開始」という旨の無線を受信する。

「流石“エース”の旋回だ。どうだいグライダー部の諸君」

 囃し立てる飛行部の先輩に桜ヶ丘先輩は目を細め、不快そうな表情をした。

「この調子でいけば最初から勝ちが確定ですぜ」

 悔しいが確かに、風の流れに乗った綺麗な旋回の初動、ブレも無く旋回をこなす。私にはとても真似できる自信はない。

 しばらく場の雰囲気に圧倒されながらも、最後に機体が戻ってくるところまで参考になるポイントを探し出すように注目していた。機体から二人が出て来るのを確認すると何故か、自分のフライトでもないのに緊張がほぐれた。一緒に搭乗していた敷島先生は深刻な顔つきで余裕げな表情で浮かれている“エース”と話始めた。

「低めの高度でのアプローチから、課題のフォワードスリップを行ったものの、エイミングポイントの手前で接地するのはいただけないな、よって大幅減点。どうしてだか分かるか?」

「チッ、オーバーシュート(接地点より後方)するよりもいいじゃねーかよ」

「じゃあ、滑走路手前に滑走路と同じ幅の障害物がある。そう、着陸誘導するローカライザー装置だ。それにかすったり、破壊したりするならまだしも、ケガじゃあ済まなかったらどうするんだ? 万が一ダウンバースト(強い下降気流)で激突したら?」

「それは……」

「かつてちょうど君たちが訓練に使っているような小型飛行機が、霧で地上目標を視認できない状態で滑走路に進入していた。普通ならゴーアラウンド(着陸のやり直し)、再度アプローチを試みるのだけど、何を思ったのか滑走路を視認するために操縦桿を下げてしまった、しかも低い高度で。結果メインギアをローカライザー装置に引っかけてしまい、大破した事故があったんだよ。幸いパイロットと乗客にケガは無かったが、一歩間違えたら事故だよ、事故。分かるか?」

 今まで涼しげな顔をしていた“エースパイロット”は顔を赤く染めていた。敷島先生は彼のプライドを粉砕してみてた。

「今後過信しないで常に初心に帰ってフライトするように。では次グライダー部のフライト、いってみよう」

「先生! グライダー部の採点担当は飛行部の船堀先生ですよ」

「そうか、そうか。じゃあ次のフライトまで向こうで葉巻吸ってくるから、戻ってきたら呼びに来てね桜ヶ丘さん」

「……」

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