11 座学の成果 #30

 五月も下旬に入り、右も左も分からなかった頃に比べれば、部活での動き方や活動の流れがだいぶ理解できるようになった気がする。平日の放課後は、ほぼ毎日二時間三〇分通しでの座学を受ける。帰る頃には正直ヘトヘトになるが、好きな分野なので全然苦ではない。むしろ航空の知識がッ広がる快感を噛みしめているぐらいだ。華雲達も時々先輩に質問をしながら楽しそうに勉強している姿を見ていると、何故か安心する。


 フライトも平日は授業の関係で一時間三〇分を二~三本(フライト)しか飛ばさないものの、週末は六本を飛ばす。土曜日の絶好の晴れ日、いつも通り期待を格納庫から駐機場に出し試運転をする。その時は、前触れを一切感じさせず唐突だった。

「フライトコースの二稲木さん。飛桜の滑走路三三、一五の数字の意味と場周経路のダウンウィンドレグ高度は対地プラス何フィート?」

 機体の点検を終えたところに先生から唐突に聞かれる。もちろん焦らずに答えた。

「長さが二五〇〇メートルの滑走路に表記されている、数字の意味は方位を表しています。着陸する際にはこの番号が無線で通達されます。トラフィックパターン(場周経路)ダウンウィンドレグの高度は対地プラス一二〇〇フィートです」

「正解、次に余裕そうな表情の高碕さん、航空機と飛行機の違いは?」

「航空機というのは空を飛ぶ機器の総称で、その部類の中で枝分かれした一つが飛行機です。最も私たちの部活ではエンジン付きのグライダー、動力滑空機の部類です」

「よし次今泉さん。TFUNの水平飛行時の巡航速度と滑空時の速度、着陸時における横風制限の意味とその値は?」

「えーっと巡航九〇ノットで、滑空も同じく九〇ノットです。着陸横風制限は横から風を受ける風が一定以上になってしまうと安全運航ができなくなります。よってその様なときはフライトを見合わせるべきです。あとこの機体の横風制限は一五ノットです」

「よく勉強したね。では最後に整備コースの竹柳君、TFUNの飛行前に行うことは? できるだけ詳しく」

「そうですね、まずは外部点検で機体の異常が無いか及び、整備状態の確認をします。そのあとに試運転を実施しエンジンの状態、燃料供給等の確認、無線設備の点検をします。そしてフライト前には気象状況の確認、フライトプランの提出、機体の積載物確認も忘れずにやっておきます。これらは『機長の出発前の確認事項』として航空法で定められています」

「全員よくできました! そしたら今日は座学を頑張ったご褒美として一年生全員の初フライトをしてみようか。柊木みんなのフライトプラン、送信しておいて」

「……了解しました、敷島先生。一年生はフライトの順番、決めておいて」

 口を開けポカーンとする華雲は、今ひとつ状況が分かっていないような様子だ。私も手に汗を感じはめた。

「今までの座学で飛ぶ訓練をするのに十分な勉強をしたから、自信を持っていいのさ。ちなみに一年生の皆はなのさ?」

「はっ?」

「えっ?」

「……」

「自分は男なんですが」

 いやらしいほど笑顔になっている清滝先輩の背後から、桜ヶ丘先輩がすっと拳を振り下ろした。

「ギャー‼」

「あ、あたしは、そうだけど……」

下を向き頬がぽわっと赤くなる華雲。

「違うよ華雲ちゃん、あれは多分『初めてのフライト?』って聞いているのだと思うよ」

「ご名答なのさ」

 間髪入れずにまた叩かれる。

「痛いさ! もう悪い冗談はやめるからさ」

「う、うんありがとう……。そういうことだったんだね、あ、あずちゃん。あたし無駄なこと口走っちゃった。皆でじゅ、順番を決めよう」

 悠喜菜にタイミングを見計られた。

「じゃあ順番を決める腕ず――」

 言い切る前に、慌てて間に入る。

「悠喜菜ちゃん今度はじゃんけんで決めない? 場所も無いことだし」

 腕相撲より確立で勝負する方が最も平等に決められる筈だと思った。それに対し悠喜菜は特に反論が無かった。

 結局じゃんけんでも悠喜菜は強かった。フライト順番は悠喜菜、竹柳君、華雲、私となった。また最後になってしまった。これが苦手な決め順だと最初なってしまうのに!


 このあと天候が変わることがないとはいえ、煮えたぎる感情を抑えながら、時間を消化できるだろうか。

「悠喜菜っち、チャート図を貸すよ」

 搭乗準備を始めている悠喜菜に桜ヶ丘先輩が近づいた。

「なんだこれ? 変な直線や円ばっかりですね」

「これは地図の航空版で、いろんなところから空港同士が結ばれていたり、空港の無線周波数や管制範囲を表す円があったり、あとは目立つ大きな情報が描かれているのが特徴なんだよ。でも今日のところは取りあえず地形だけ分かれば十分だからね」

「なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」

「それじゃあHave a nice flight!」

 悠喜菜と桜ヶ丘先輩の背丈の違いを見ていると、まるで姉妹みたいだ。ちょうど悠喜菜が姉で、桜ヶ丘先輩が妹のよう。

 そのうち先生がやってきて、みんなが見守る中キャノピー(透明の円蓋)が閉められた。

 機内で敷島先生に手伝って貰いながらチェックリストの手順をこなす悠喜菜の姿が映る。

「マスター・オン!」

 悠喜菜が大きな声とともに親指をあげると皆も同じ動作をして復唱する。胴体の中心よりやや後方に位置する衝突防止灯(白色に閃光する光で他機から視認しやすくなっている)が二回ずつ強くストロボ発光を始めた。爽やかな風が体に当たり、機体も左右に揺れる。悠喜菜が後方を見ながら、安全確認をする。

「コンタクト!」

 悠喜菜は機内から指をグルグルと回し、エンジン始動の合図を送る。

「あ、そうだ悠喜菜っち! エンジンの始動だけ気を付けてね。くれぐれも……」


『ガリガリ』


 桜ヶ丘先輩の警告が届く前に悠喜菜が何か、いけないことをしたようだ。始動の一瞬に鳴った、金属と金属が擦れ合う音がそれを物語る。

「あちゃー、慣れない頃に楓も二、三回やってるけど今回も派手にやっちゃったね」

 機内の敷島先生も、苦笑いをしながらこちらに顔を向けた。

「え、なになに?」

「スターターボタンを長押ししすぎると回転の勢いが余って、甲高い金属音がするのと、歯車が正しくかみ合わずにそのまま削れるからあまりよろしくないのさ」

「なるほど、そうなんだー」

 その後も先生と一緒にチェックリストの項目を進める。

「あれはコントロールチェックだね」

 操縦桿を左右方向と前後方向に最大まで動かし、途中で異常がないかを確認する。確認後先輩が親指を立てた。

 パーキングブレーキを解除してパワーを上げ、機体が少し進んだところですぐにパワーをアイドルへ戻しブレーキをかけると、機体はすっと停止した。

「ブレーキチックも正常だったから、いよいよ出発だね」

 ダイブブレーキ(翼に立ち上がる空気抵抗を生む装置)が閉じられるのを合図に部員の皆が手を振り始めた。先生も手を振って応えてくれた。私たちは悠喜菜の乗るグライダーが誘導路に出たのを確認し格納庫へと戻る。

「さてこの後滑走路の標識と地面のライトについての座学をするさ。君たち飲み込みが早いから教えやすいのさ。ま、まだ知識は僕の方が豊富だけれどさ」

「バカじゃないの? 油断していると今に抜かれるからね」

「はい、すみません、なのさ」

 強烈なツッコミで清滝先輩は肩をすぼめ、しゅんとした。

「あー、取りあえず教室へ向かうとするさ」

「悠喜菜っちには、後で教えてあげてね」

 華雲は指先を頬に当て、不思議そうな表情を浮かべながら先輩に聞く。

「どうしてですか? 先輩方が教える方がゆきなちゃんにも、わかりやすいと思うのですが」

「確かにそうだけれど皆から教えてあげる方が復習にもお互いのためにもなると思わない? もちろん行き詰まったら聞いてね。基本は答えるから」

「わかりました!」

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