8 好きだからこそできる勉強 #27

 座学で最初にモーターグライダーや航法について、ありとあらゆる勉強を始めることがこの部活で活動するために必要になる。部長も「これは空が好きだからこそできる勉強。並の人は難しくて発狂する内容」と口語していた。中学生の頃にも似た勉強をかじったことがあり、曖昧だった部分を改めて一から学べることに少しだけ期待していた。


 部室とはいうものの、前方にはごく普通の教室にある黒板と教卓があり、その他違う点は三人掛けの長机があるぐらいだった。私たち女子は三人まとまって座り、一つ隣の長机に竹柳君が腰をかけた。それからあらかじめ用意しておいた筆記用具と新しいノートを机に広げ待機する。そんな中、華雲だけはタブレットにタッチペンを机に出していた。

 しばらく待っていると、重たそうな表情をしながら桜ヶ丘先輩が真新しい本を山のように抱え教室へ入ってきた。

「ふー、まずは日本中のパイロットが航空機の運航に必要な情報がつまった本AIM-J(Aeronautical Information Manual Japan:公益財団法人 日本航空機操縦士協会発行)と、気象学の本、あと無線通話要領の資料、最後に航空法の本を配るね」

 教卓から響く鈍い音がその重さを物語った。それに加え一人一人に配ってくれる先輩に感謝と同時に申し訳なさがこみ上げてきた。


「では一番初めに教えておくと、上空では地上の七〇パーセントの力しか発揮できないと言われているのさ。だから地上で一四三の準備をすることで、ようやく上空で一〇〇パーセントの力になるのさ。航空従事者が学ばなければいけない大まかな科目は、気象、工学、通信、航空法規、空中航法さ。これらは来年受ける学科試験に大いに役に立つから、その試験勉強も兼ねた“座学”なのさ」

 前から入ってくるなり清滝先輩はまるで、プレゼンターのような立ち振る舞いで教卓まで歩いてきた。

「うんうん。確かに大事なことだねー。で、なんで有斗は手ぶらなの。頼んでたパソコンは?」

「今は全部スマホかタブレットに資料を入れる時代さ。だからこうしてポケットに入れて持ってきたのさ。ほら今泉も紙じゃなくて、タブレット端末と時代を先取りしているみたいなのさ」

「そうじゃないんだよな、あの先輩なかなか気が利かない男だな。モテないなーありゃ」

 悠喜菜がボソッと口にした言葉が耳に入る。

「ところで先輩、航空法規と空中航法はどう違うのですか?」

「良い質問だ今泉さん。僕も一年生のときに先輩に同じ質問をしたさ。航空法規は空の法律という解釈で大丈夫さ。空中航法は飛んでいるときに風などの情報が変わったら、到着時間をまた計算しなくちゃいけなくなるさ。そういったときにフライトコンピュータで再計算することがあるのさ。つまりフライトコンピュータ略してフラコンの使い方、他にも滑空比の計算などとにかく算数を使う分野さ。ところで今泉さん算数は得意なのさ?」

「ちょっとニガテかもです」

「ちなみに試験で一番難しいのがこの科目で楓は二回挑戦したけどダメだったよ。有斗は算数が得意でしょ? そう考えるとある意味では凄いよ」

「お褒めにあずかります、今度分からないところ教えてあげるのさ」

「それなら風力三角形の求め方を教えて」

 さっきまで怒られていたことが嘘のように和やかな雰囲気へと戻った。

「了解なのさ。ところでゴメンやっぱパソコン持ってくるさ……。ファイルが上手く開けないのさ」

「は? だから言ったじゃん、まったくもう! 責任持って運航室まで取りに行ってきて。……一年生には申し訳ないけど時間がかかりそうだから休憩していていいよー」

 清滝先輩が急いで出て行ったあと、深いため息が教室に響き渡った。

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