9 空を飛ぶために必要な座学 #28
「では、早速だけど今日のところは教科書を使わないさ。何故なら分からなくなって頭が破裂するだろうからさ。代わりにさっき試運転していて、メインで訓練を行う機体TFUN17―E2(タイフーン)についてコックピットの計器類、飛行時のチェックリスト、それと滑走路の諸元について覚えてもらうことにするさ。この段階では楽しく勉強のモチベーションを上げることが目的さ」
パソコンの画面をプロジェクターに映し出し、二人先輩は阿吽の呼吸で色々な資料を開きわずかな時間で準備を完了させた。
「さあ、この写真に注目するのさ」
スクリーンには私たちが訓練するTFUNのコックピットの写真が映し出された。レーザーポイントが当てられ、清滝先輩もやる気に満ちあふれているような口調で説明を始める。
「まずは飛ぶのに最も重要な計器と単位を覚えてもらうのさ。では……速度についてだけど、基本は車と同じで、違うのは単位さ。キロメートル毎時ではなく船舶と同じ“ノット”表記で、一ノットは一・八キロメートル毎時と計算するのさ」
「なるほどだからヘンな速度帯しかないんだね。一ノットは一・八キロメートル毎時っと」
華雲が一人で呟きながらノートをとっている。
「次は高度計で自分の現在高度を示してくれる計器さ。単位は“フィート”で、一フィート約〇・三〇メートル。フィートとは要するに足のサイズさ。アメリカ人の足はとっても大きいのさ」
「えーっと、一フィートが約三〇センチメートルっと」
「滑走路とかはメートル表記なのに、距離は海里の方で言い方は“ノーチカルマイル”なのさ。いっそ単位を統一してくれればやりやすいのにさ……。とまぁ、一年生からすると訳が分からなくが、とにかく慣れるしかないさ。ほら小学生でセンチメートルとメートルをやったようにさ」
「センチ、メートル、ノーチカルマイルがこうで……」
私の横で一生懸命になっている華雲が言葉を詰まらせると、教室に沈黙が起こった。
「……みんななんだか、分かっていない風な顔つきなのさ」
確かに『体で覚える』のは合理的だと思うが、説明が今ひとつピンと来ない。正直私も感覚を覚えるのに苦労した覚えがある。あのときは実際に測ってみたり、飛んだりしてようやく感覚を掴めた。
「なんだチョー簡単じゃん。あたしもっと難しいのかと思っていたのに」
「それな、単位変換をしないで感覚で覚えた方が確かにいいかもな。それに速度と距離が一・八と共通しているから覚えやすいし」
「それは同感」
竹柳君までも簡単というニュアンスの発言をしていた。
そんなに簡単だったっけ? そうか……単純に体で覚えれば良かったのか。全てをまっさらにした状態で。
「ノーチカルマイルが距離、フィートが高さ、ノットが速度であっているよね? あずちゃん」
指で数を数えるような仕草をしながら聞いてくる。
「合っているわよ。それなら、対気速度と対地速度の違いとかも早く覚えられそうだね」
「対気速度と対地速度の違い? なにそれ」
「それはまだ早いさ。この段階ではまだ混乱を避けるために、順を追って教えていくさ。初心者にいきなりプロの技を教えても分からないのと同じ原理さ」
一通り先輩の解説が終わると一旦交代するようにして、桜ヶ丘先輩が教卓に立った。
「では次は飛桜の滑走路、通称
「縦二五〇〇メートル×横四五メートルです」
「お、悠喜菜っちさっそく正解! よく分かったね。キロメートルじゃなくてメートルで答えたのもセンスいいね」
悠喜菜が机下に何かをしまったのが見えた。目を凝らすと飛桜高校のパンフレットがそこにあった。恐らくあれが情報源であろう。
「飲み込みが早く、優秀な後輩たちで良かったね! 有斗」
「そうか、じゃあどんどん教えるとするさ。早速準備するさ」
「はーい」
「そしたら有斗が準備をしている間にもう一つ質問するね。さて、華雲っち飛行機は風に対して、どう飛ぶか分かる?」
華雲は左手で口を押さえながら、一生懸命に考え出した。
「多分追い風だと思います。だって人も追い風を受ければ早く走れるかなーって」
「ブー不正解。でも考え方は決して悪くはないよ。答えはお隣の愛寿羽っちに説明してもらおう、多分知っているだろうから」
「あずちゃん、つまりどういうこと?」
私は他の三年生の先輩が一体どこへ行ったのか疑問に思い、さりげなく辺りを見渡していたところで質問された。
「飛行機はね、向かい風じゃないと“揚力”という空中に浮く力が得られないの。従って向かい風が強ければ強いほど短い距離で離陸することができるわ。あともう一つ補足すると、追い風で人の走る速さは大して変わらないよ」
話出しのところで多少口がまごつきはしたものの、そのあとはスラスラ頭に浮かんでくる。これぐらいの説明なら簡単に答えられるが、航法や空中法規が絡むとだいぶ厳しい。今度ちゃんと勉強しておこう。
「おーなるほど、そうなんだ」
「流石二稲木さん、完璧な説明なのさ」
「ありがとう、あずちゃん。……それと前から気になっていたんだけど、“航空機”と“飛行機”って何が違うの? みんな使い分けする場面が多いから」
「それはね、航空機は空を飛ぶ全ての名称で、飛行機はその中で空気よりも重たい重航空機と呼ばれるジャンルの一つだよ。さらに重航空機には“グライダー”と“ヘリコプター”というジャンルが枝分かれで位置づけられているよ。反対に空気よりも軽い軽航空機は、“飛行船”と“気球”が当てはまるわ」
「うーん。ギリギリわかった、気がする。空気よりも重たい航空機と、反対に空気より軽い航空機……」
「そこまで分かるなんて、素人じゃないね。もしかして愛寿羽っち昔何かで飛んでいたことある?」
「はい、週一で、ピュアグライダーに乗っていました。でもTFUNのグライダーに関しては素人です」
「そうなんだ、だから入試で良い成績を残せたんだ。納得、納得」
「……あとはエンジン計器類、回線数、油圧、オイル温度計があるから、それぞれ覚えておくのさ。それから今日ではないけど後ほど、電波を受信して自分の位置を知ることができる、VORとDMEの無線設備関係も抜かりなく教えるさ」
こうして基礎的な部分を時間が許す限り丁寧に教わる。気がつくと二時間が過ぎ、時計が六時を回っていた。部室に差していた西日が弱まり、辺りが薄暗くなり始める。
「今日の座学はここまで! 最後に一年生の皆にはTFUNの諸元が書かれた飛行規程、五章分と基礎的な知識の数々、これを七日以内に全て書き写してね」
桜ヶ丘先輩は作り笑いを見せながら、多色で大きさもいろいろなノートやルーズリーフを私たちの学年人数四冊分用意した。そのノートを受け取りパラパラとめくる。ページ数はそこまで多くないと思っていたが、細かい文字や表、グラフでびっしりと埋められていた。諸元や機体の寸法、離陸重量や燃料タンクの容量、目に映る限りではざっとこんな項目だった。
「マジか、これ全部一週間以内か」
さすがにさっきまで余裕そうな悠喜菜も声を漏らし、大いに喫驚した。
「ただ読むだけじゃ覚えられないから、僕らは代々こうして書いて覚えてきたのさ。いわゆる伝統さ」
「これでも一応簡略版だよ。気休めにならないかも知れないけれど、本当はまだあるからね」
逆に少なくなっていると考えれば、まだ気が楽だと考えるべきだろうか。いずれにせよ、計画を立ててやらないといけないのは言うまでもない。
「ではみんな頑張って欲しいのさ、今日は解散さ」
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