5 眠い授業 #24
五月に入ると日中は長袖ブラウスにスクールベストで過ごせるほど心地よい陽気になっていた。教室の窓から見える滑走脇の緑地から、タンポポとつくしが数え切れないほど咲いていて、和風に吹かれ揺られている。教室に目を向けると華雲は寒がりなのか、制服ブレザーの中に袖の長いカーディガンを着込んでいる。反対に悠喜菜は暑いのだろうか、長袖ブラウスを肘辺りまで捲り、ブレザーをスカートの上から腰に結んでいた。
「華雲、長袖の下にカーディガン着てて暑くないのか?」
「うにゃー、冷房下メッチャ寒いし、あれの風が吹くたび教科書のページがめくれるしイヤ!」
「そのうち席替えがあるといいけどな」
「あずちゃんもこんな時期に黒のタイツとかそれこそ蒸れて暑いでしょ」
「昼は暑いけれど朝晩はちょっとだけ寒いのよね」
本当は腹部から太ももにかけて伸びている傷跡を隠すためにあえて履くようにしてる。脚の傷跡はちょうど高校三年生を過ぎたぐらいに消え始めると医者から言われている。が、やっぱり北海道に比べると昼間が暑いのは確か。
この日はいよいよグライダー部に入部するという緊張感とワクワクする感覚に駆られ、一日中授業に集中できなかった。あっという間に、午後の一番眠くなる五時間目の数学の時間になった。私は窓から差し込む程よい光の暖かさにウトウトした。
「高碕さん授業中は寝ない! ほらここの問題やってみなさい」
指名されたのが私ではなかったが、夢の中へ行きそうだった私の意識は教室に戻ってきた。
数学の
午後の昼寝を邪魔されたであろう悠喜菜は少し不機嫌な様子だ。
「これ漸化式で解いた方が早いじゃないですか。ここを分解したらこうなるので、解はan=3n-8ですよね?」
「せ、正解です。まだ教えていない範囲だというのに、寝ている割には、よ、よくできましたね」
意表を突かれた様子の前田先生は眼鏡を人差し指でクイッと直し平然を保とうとする。いとも簡単に解を出したことで驚いたクラスのほぼ全員が、席まで戻る悠喜菜に視線を送る。
「じゃあ、解けたので寝てていいですよね?」
当たり前かのように答えを出し、当たり前のように寝る宣言をした。
「ダメです! 先の問題でもやっていなさい」
もちろん当たり前の答えが返ってきた。前田先生はやれやれと顔をうつむかせながら首を左右に振った。
「それでは、ぬぼーっとしている今泉さん。次の問題をやってみてください」
「え? あたしですか」
華雲は慌てて左手にペンを持ち、解を出した。
「えーっと、答えはだいたい約三〇です!」
クラス全体が一瞬沈黙したあと、前田先生はため息交じりに初歩的な解説を始めた。
「あの、数学にだいたいとか、おおよそという答えはありません。今泉さん」
そもそも華雲の言うだいたいと約は重複しているのだけれど……。それにしてもどうやって倍率が三倍もあるこの学校に入学できたのか、少し疑問にすら思う。入試で偶然得意な問題が出たのか、それとも他で埋め合わせをしたのだろうか。
解説を終わった後先生はもう一度大きなため息をついた。
「では、次の問題へ行きましょう……はぁー」
授業が終了する頃には、前田先生は疲れ切った表情を浮かべていた。
数学のあとの英語は順調に進み、帰りのホームルームの時間になった。私たちは三人でさっきの数学の話をしていた。
「今泉さん、後で職員室に来てください」
担任の柴崎先生が華雲を呼ぶ声が聞こえた。
「お呼び出しを受けちゃった。さっきの数学のことかな? 部活へは先に行ってて」
「分かった、先輩にも華雲が“やらかした”って伝えておくから」
「ゆきなちゃん、それはちょっと……」
「まあ、任せなって」
悠喜菜のその返事は「確約はしない」という語句を含んでいるかのように聞こえる。
というわけで私と悠喜菜で格納庫へ向かうことになった。
「実際どんな感じだと思う? 部活の雰囲気とか」
「どうしたんだ急に」
「楽しみだけれど、その反面不安があるというか……」
「気楽にやればいいんじゃないか? リラックスだぞ」
「そうか、そうだね」
格納庫へ到着する頃には心の準備ができていた。
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