6 入部 #25

 見学の時と同じ扉を開き、中に入ると既に数人がいた。私たちの位置から二人が機体のコックピットを眺めながら談笑しているのか視界に映る。その他にもう二人、格納庫にある翼が取り外された、いわば飛ばなくなった機体の昇降舵を前後に動かしていた。

「こんにちは」

 私は近くにいた桜ヶ丘先輩に挨拶をした。

「あ、どうも。あと一人赤髪の子は?」

「華雲ちゃんは遅れてきます」

「そうか、少し時間があるみたいだから、他の先輩に話すなり好きにしていいよー」

 この状況で「好きに」といわれても……。何をするのが最善なのだろうか。

「ねね、そういえば愛寿羽っちはフライト試験一位だったんだよね。どうしてあの時言ってくれなかったの?」

「それは……」

「さすが、僕が予想した通りなのさ」

 あのとき案内してくれた清滝先輩が寄ってきた。

「でもまあ、僕の方が操縦経験長いわけだし、まずは僕の指示に従わないといけないのさ」

「は? バカじゃないの、誰があんたの下になんかにつきたいと思うの? まったくすぐ調子に乗るんだから」

「相変わらず仲いいですね、お二人とももしかして付き合っていたりするのですか?」

 そっと悠喜菜が言う。

「いや幼なじみなだけで、特に付き合っているとかでは……」

「グフフ、そんなことを言われると照れるのさ」

 桜ヶ丘先輩は怖い顔をしながら清滝先輩の膝を蹴り上げた。

「ギャア‼」

 格納庫中に悲鳴が響いた。


「遅れてすみません! えっと、これはどういう状況?」

 華雲は慌ただしく格納庫に入ってきた。絶対どこかで一連の会話を聞いていたのであろう完璧なタイミングでやってきた。

 二年生の先輩方は、何事もなかったかのように上手く誤魔化しながら仕切り直しをした。悠喜菜は虎視眈々と、次に繰り出す“おちょくり”のタイミングをうかがっているようだが、特に何もしなかった。

「来た来た、これで全員だね。今年は四人……も入ってくれたね」

 私が知る限り同期は三人だけだと思っていた。部員の先輩方と部長付近が集まったときに、同じ学年バッジをした男子がその一人だった。悠喜菜ほど背は高くなく——いや、そもそも悠喜菜を基準にしたらダメか。男子の平均より少し高いぐらい。体格は清滝先輩ほどひょろっとしていなく、これまた平均ぐらいだろう。顔立ちは良いがこれといった特徴も無く強いて言えば誠実そうな印象。

「改めてグライダー部へようこそ。この部活は整備部門とフライト部門に分かれ、それぞれの個性を伸ばしている。そして俺は部長、三年航空整備科で部活ではよく整備をして、よく点検もするおおとり わたるといいます」

「ロケット花火の先輩だー」

 不意に華雲が小声で言うが、一見爽やかそうなこの先輩がロケット花火を職員室へ撃等としていたなんて……。人は見かけによらない。

「では三年生から自分の自己紹介と部活での役割を言っていって」

「……航空管制科三年柊木ひいらぎ 瑛眞えまです。……普段は生徒会会計と運航管理を兼務しています。部活では運航管理を中心に活動をサポートしています。……どうぞよろしく」

 黒い髪の毛が肩に掛かっていて、前髪がちょうど目のところでパッツンとなっている。更にそんなに表情を変化させないところが、どこか大人の女性を思わすような柊木先輩は、人見知りなのか控えめな声量で自己紹介を終えた。

「まあその、印象は多少暗めな人だけど、すごく頭がキレるからみんな頼ってあげて欲しい。よく運航室でコーヒー入れているから暇があったら尋ねてあげて。では次」

「それではお待ちかね、ヘリコプター科二年でフライト部門、清滝 有斗。そうさみんなの優等生男性アイドル清滝 有斗ですさ」


『………………』

「くたばれ」


 なんとも言い難い雰囲気が格納庫全体を包んだ。ついでに暴言も一瞬聞こえた気が——。この先輩のメンタルは一体どうなっているのだろう?

「えー、バカは置いておいて次行こうか……」

 慌てて清滝先輩はポーズをやめる。

「あ、ちょっと待って、どうぞよろしくなのさ」


「じゃあ楓の番ね。二年パイロット学科、桜ヶ丘 楓でフライト組です。よろしくね」

「彼女は整備も兼用で行え、実質両方の部門に対応できるから、機体で困ったことがあれば何でも聞くといい。そしたら、一年生は名前とクラス、フライトか整備の希望を紹介してください」

「あたしはD組今泉 華雲です。今の泉に、華の雲です。どうぞよろしくです! ちなみにフライト部門希望です」

「同じくD組二稲木 愛寿羽です。私もフライトを希望します。よろしくお願いします」

「私もD組、高碕 悠喜菜です。碕は旧字です。よく間違われるので、間違った場合しばきますのでそのつもりでお願いします。とりあえずフライト希望です」

「怖! さて、最後は……」

「はい、自分は竹柳(たけやなぎ) 雅力(まさちか)です。整備として活躍できればと思います」

「それでは一年生の皆さんどうぞよろしく。早速なんだけれど入部恒例儀式、全員に『フライター』を渡します」

 そう口にした先輩の横で清滝先輩が、カチューシャのような白い機械を配り始める。

「これは最近実用化が進んでいる、フライトログなどを記録するためのデバイス『フライター』なのさ。ただ飛桜の所有する機体は残念ながら、Logaris以外対応していないのさ」

 間髪を入れずにそのまま言葉を続ける。

「じゃあなんで今渡すのさって。それは伝統というしがらみってヤツだから仕方ないさ。最も早く配っておけば、学校側の在庫管理の負担が減るとか聞いたことがあるさ……」

「でも今度の改造整備で実習機と、飛行部のセスナに認識キット入れるってのは聞いたけど?」

「その『今度』がいつなのかまだ分からないのさ」

「このデバイスには、フライトのログデータとLogarisでは適正情報が入るので、くれぐれも壊したり、無くしたりしないよう、注意して管理・保管するように。な、どっかの誰かさん」

「僕みたいに、何個か無くしても大変さ」

「そうだね、清滝君。おまえは無くしすぎだぞ! 気を付けるように」

「はい部長、すみませんなのさ」

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