2 航空身体検査 #21

 一連のテストを終え、そのまま行われた身体測定では、中学の頃より僅かに身長が伸びていたことに安堵した。その反面悠喜菜は複雑そうな表情を浮かべていた。

 ほかにも私たちは空を飛ぶ訓練をするため、あらかじめ希望していた航空身体検査も一緒に受けることになった。検査は目を中心に、聴力、平衡感覚、さらに脳波といった内容があった。検査の途中から間が悪くなり華雲が遅れ気味になった。教室で合流するまでの待ち時間、他にやるべき項目がないかを確認することにした。

 さて次は……

『新一年生、三年生及びグライダー部と飛行部は血液検査も実施します』

「げ‼ うそ」

 私は採血が大の苦手。健康診断においては重要なのは分かっているが、自分の血が採られるのを想像するだけで全身の血の気が引いてしまう。紙で手を切ったとか、そういう不可抗力的なものであればギリギリ大丈夫なのだが。そもそも体力検査をした直後だと結果に影響するのではないかと思うんのだが……。

 私は書かれている用紙を嫌気全快で見つめる。どうにか言い訳を考えようにも真っ当な文言が思いつかない。

「悠喜菜ちゃん私血液検査パスする。予防注射はまだしも、採血とかはどうも体に合わなくて……」

「へぇ〜、採血苦手なんだー」

 悠喜菜の三白眼でニコッとされると、また採血とは違った恐怖心が増してくる。

「ついて行ってあげるから」

 首を大きく左右に振って拒否した。なにかを企んでいるのだろうと警戒していたが、なぜかそのまま教室を出て行ってしまった。ひとまず懸念要素が消えたので、窓から外を眺めながら上手くサボれる口実を考えることにした。


「きゃっ!」


 突然腋の下から両手で胸を掴まれた感触がした。慌てて首だけ後ろに振り向いた。

「あれ、制服越しでも大きいと思っていたけど、実際はスゴイね。何をどうしたらこんなに胸いっぱい、夢いっぱいになるんだ?」

 アニメだけだと思っていたこのシチュエーションが悠喜菜によって現実のものになる。体を左右にひねっても、椅子ごと下がろうにも、どうにもできない。

「そんなの知らないよ! ある日起きたらすでに大きかったし……。って、恥ずかしいから!」

 実際そうだった。特に豆乳を飲んだわけではないし、体操もしたこともない。それに自然に成長する分にはどうしようもない。

「別にいいだろ? これが女子であるが故の特権ってやつだろ」

 さっきから腕が腋をこするので、恥ずかしさと同時に来るくすぐったさにも我慢出来なくなってきた。

「いやっ。こんなところで『特権』を行使しなくていいから! それに、もちょこいからやめて」

 思わず方言がでてしまった。教室にいた男子達数人の濃く、それでもって撫でるような視線が気になってしょうがない。本当に顔をうずめたくなるぐらい恥ずかしいので、早く手を離していただきたいのだが……。それでもしつこいぐらいに揉まれる。更には負荷で肩までも痛くなってきた。


 程なくして華雲が教室に戻ってくる。

「助けて華雲ちゃん!」

「あーえっと、どういう状況? 二人も一体なにやっているの?」

「戯れってヤツだよ華雲。この子『採血が嫌!』って駄々こねるから」

「お願い華雲ちゃん、悠喜菜ちゃんの言っていることは間違ってもいないけど、なんとかして!」

 必死の表情で華雲に訴える。すると察したのか「ここは任せて」と言わんばかりの合図を送られた。彼女は深く息を吸うと悠喜菜の方へ顔を向けた。

「ズルい、あたしよりも先にあずちゃんの胸にさわるなんて」

 一瞬で察した。これはもうダメなやつだと。

「ほら、パイロットには健康が一番大事なんだから、行くよね?」

 改めてじとっとした目つきでにっこりとされると、やっぱり怖い。私は渋々頷く以外なかった。

「……分かりました。行きます。行きますから手を離してください」

「よろしい。逃げたら、わかるね?」

 ペッタンコに言われたくない。なんて言おうものなら、次は何をされるか想像しただけでもおぞましい。いくら胸がスリムだからって、わざわざこんなことをしなくてもいいのに……。


 結果見事策にはまってしまい、戦略的に敗北したような感覚に襲われる。色々な意味で悠喜菜には敵わないだろう。結局嫌々採血を受けることになった。会議室に用意された適当なブースにある丸椅子に座らされると、途端に担当のおばさんに腕を捲られる。ゴムバンドにより露わになった血管に消毒ガーゼを塗られ、間髪を入れずにブスリと刺された。痛いのはもちろん、血が吸われる感覚がとっても嫌。どうして他の人は平然と更には自分の血を見ながらやってのけるのかが、まるで理解できない。今日は調子が悪く他の人の倍以上時間がかかってしまった。その後どうにか終えた私の目には涙が溜まっていた。

 教室に戻り楽しそうに話している華雲と悠喜菜のもとへ真っ先に向かった。

「もう、色々勘弁してほしいよ!」

「本当に苦手だったんだなー注射が」

「注射じゃなくて採血! 間違えないで」

「でも涙目の愛寿羽かわいい! よしよし、よく頑張ったね」

 私の表情を上手く読みながら、的確に言葉を投げかけてくる。

 やっぱり、悠喜菜ちゃんはこわい!

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