15 ぺちゃんこなクレープ #18

「いいじゃん! 元ヤンキーかなんて別に気にしていないし、現にあたしたちを助けてくれたじゃん」

 今泉さんは得体の知れない恐怖を押し殺すような声でやっと喋る。対して高碕さんは軽く鼻で笑いながら口を開く。

「だから? 偶然同じ学校の人だから助けただけだし。今更こんな私に——」

 いてもたってもいられず、私は高碕さんが話しているのを遮った。

「過去に何があったかなんて、そんなのもう変えられないしどうにもならないわ、それよりもこれから来る未来をどう変えられるか行動することが重要じゃないのかな? でも貴方の過ごした過去のおかげで、私たちが助かったのだから」

 今泉さんも私の言葉に続けた。

「それにあたしも、悠喜菜さんが来てくれて本当にうれしかった。もしあのまま助けられなかったかと思うと……」

「そうか……」


 高碕さんはすっと視線を落とす。一瞬だが彼女の心が打たれたように見えた。吐息を着くと彼女は再び口を開いた。

「で、もういいかな? もう話すことは無いみたいだし。こんな私を見た後、どうせお前らも怖がって明日から私を避けるだろうから」

 私たちに背を向けると彼女は去ろうとした。こんな半端じゃいけないと分かっていても、動けない。これ以上彼女に返せる言葉が無い。

「待って! せめて、せめて何かお礼だけでもさせて! 悠喜菜さんに助けてもらったのに何も出来ないなんてそんなのずるいよ、もっと色々な話をしたらきっとわかり合えるんじゃないかな」

「そんなにお人好しに見えるか、私は?」

「少なくとも周りで傍観しているような人よりは優しくて頼りになると思うわ」

「たとえ、法に触れるような事をしていても?」

「それは……」

「……分からないかな、私が迷惑をかけるから、関わるなって言っているんだよ」

「「…………」」

 ダメだ。このままではますます彼女が遠退いてしまう気がする。長い人生から見ればほんの一瞬の出来事かもしれない。しかしそれでは、心の奥底にある気持ちを無理矢理ねじ曲げることになるので、きっと後悔してしまうだろう。でもどうすればいいのだろうか?

 強めの夜風が吹き込み、この場にいる私たちの髪を靡かせた。私は平然を取り繕ろうと、髪を手でかき上げる。ふと、ありのまま正直に話せば良いのではないかと思った。

「別に誰かに迷惑をかけてもいいんじゃない? 私は少なくとも高碕さんに興味が湧いたよ。どうしてこんなに強いのとか、普段は何をしているとか。さっきも言ったけれど、過去を変えるんじゃなくて、これからどう行動するかが肝心じゃないかな。少なくとも未来を変るのを協力することはできるわ。でもそれにはもっと高碕さんのことを知らなくちゃ。だから私たちが迷惑をかけたから、私たちにも迷惑をかけてよ」

「流石、面白いヤツだな、あのアホどもを論破できたわけだ」


 その時高碕さんの方向から「グー」とお腹が鳴る音が聞こえた。


『………………』


 本人は恥ずかしそうに赤めた顔を俯かせた。

「またかよ、階段から落ちたと思ったら今度は腹かよ」

「……そうだ、この近くにクレープ屋さんがあるけど行ってみない?」

 今泉さんはその場の空気を切るように提案した。

「そうだね! 行こうよ」

 私も今泉さんの言葉に便乗し、高碕さんの腕を引っ張った。

「ちょっと……」

 高碕さんは半分諦めた様子でため息をついた。

「分かった、分かった。少しだけ付き合うことにするよ」

 私自身も正直勢いで行動したようなものだった。慣れないことをしているため依然心拍数は高いままだ。今泉さんに付いていき、彼女が薦めるクレープ屋さんに向かった。


 着くや否や、メニュー表を眺める。

「そうしたら、あたしはバナナのにしようかな。悠喜菜さんは好きなのを選んでいいよ」

「じゃあマンゴーので。なんか悪いな」

 特に迷った様子もなく返答した。

「次、あずはちゃんだよ」

「うん、どうしようかな?」

 私はクレープ屋さんと聞いてから、メニューは既に決まっていた。ただそれがあるかどうかは別の問題……。とにかくダメ元ではあるが、聞いてみることにした。イレギュラーだというのは分かっていたので、メニュー表で探しているふりをしながら店員尋ねる。

「……あのー、クレープの生地だけってありますか?」

「ございますが、トッピング等はでよろしかったでしょうか?」

「はい、でお願いします」

 良かったー。これでいつものスタイルで食べられる。

「え? なにそれ裏メニュー?」

 安心したのもつかの間、今泉さんがびっくり仰天の表情で聞いてきた。もうこうなったら割り切って説明するしかない。

「だってトッピングのせいで本来のおいしい生地が味わえないでしょ。それにクレープは温かい方がいいわ」

 手に汗を感じながらも、包み隠さず事実のみを言った。北見駅に隣接するデパートでも同じように注文していた。逆に「これ以外食べられない」なんて、口が裂けても言えない。話題をはぐらかしながら私と今泉さんで割り勘をして高碕さんのクレープ代を支払った。

「ありがとうございました。できあがるまで少々お待ちくださいませ」

 数分待っていると香ばしいいい匂いが辺りに広がりはじめた。

「お待たせしました。バナナとマンゴー、あとクレープの生地でございます」

 出来上がった私のクレープを横目に再び今泉さんがツッコミを入れてくる。

「これじゃクレープじゃないじゃん! ぺちゃんこのナチュラルクレープじゃん!」

 心の中では恥ずかしく思いつつもそのクレープを受け取った。確かにトッピングがない分、平べったくそれこそ今泉さんの言うとおり「ぺちゃんこ」だ。

「文字通り本当にナチュラルクレープだな」

 高碕さんはお腹を抱えながら静かに笑う。初めて高碕さんが笑うのを見た。やっと緊張した空気がほぐれ、なんだか安心もした。つられるようにして今泉さんも笑い始めた。

「もう、二人もそんなに笑わないでよ」


 ちょうど柳の下に五人掛けのベンチがあるのを見つけたので三人で腰を下ろした。余った席に荷物を置き、街灯が夜の町をやんわりと照らすなか、私たちはクレープの封を開ける。どんな話題を出せば良いのか迷っているので、黙々とクレープを食べ続ける。それは二人も同じ考えだというのはすぐに分かった。

夜風が今度は頬に吹きつける。今度はそんなに強くなく心地よい風。まるで私たちの口を開かせるように思える。


「……あのさ、明日から一緒になってもいい? あなたたちといると……その、楽しくて、それでもってなんだか落ち着く気がする」

 高碕さんは半ば恥ずかしそうに言う。真ん中に座る今泉さんと顔を合わせ、頷き合ってから高碕さんの方を向いた。

『もちろん!』

「……それじゃあ、明日からよろしく」

「なに言っているの、今からよろしくじゃん! ね、あずちゃん」

「うん! これからよろしくね」

 今泉さんは立ち上がりパッと両手を伸ばした。私も今泉さんの表情を読み、同じように両手を伸ばすと、まず今泉さんが私の右手を握る。それに答えるように高碕さんも両手でぎゅっと握り返してくれ、三人で円になった。

「二人ともよろしくな! えっと、そういえば名前は? 私は悠喜菜でいいよ」

「あたしは今泉 華雲だよ」

「私は、二稲木 愛寿羽」

「二稲木ってまさかあの?」

 こっくり頷くと、途端に二人は無言になった。

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