14 両刃の剣 #17
「おい、一体何してんだ?」
低いが女性の声が聞こえた。ふとどこかで聞いた覚えがある声、確か……。
「ゆきなさん!」
今泉さんが彼女の名前を呼ぶ。そうだ階段で会った高碕さんだ。
「なんだお前、コイツらの知り合いか? ちょうどよかった、代わりに遊んでくれるか?」
金髪の男がニタニタしながら高碕さんに近寄る。
「ああ? バカか? なわけねーだろ。女の子をイジメてるヘタレなんかと、遊んだところでなぁ」
高碕さんはあざ笑いながら男らに話した。
「あと碧眼のあんた、この程度で“女”を売るような真似をするんじゃねえよ。こんなバカらに晒すものなんて何もないだろ! もっと自分を大事にしろ。じゃなきゃ私が許さない、絶対にな」
相変わらず彼女の目は三白眼だが、まっすぐ私を見てくれている。震えてちゃんとブラウスのボタンを留められない私に代わり留めてくれる。
「はい……」
ひどく口を震わせながら返事をしていた。
一筋の雫が頬を伝う。それはもちろん、本当は自分を大切にしたいし、こんな恥ずかしいことはしたくなかった。でもそれ以外に方法が……。
「俺らをコケにするのも大概にしろよな」
金髪男の言葉を無視し、入れ墨男に近づいた彼女は腕を掴むと、ぐるっと回した。男は腕を中心に体制を崩した。途端今泉さんは解放され、私のところまで駆け寄る。男にはどういう力が加わったのか見ているだけでは分からなかった。
「あずちゃん怖かったよ」
彼女の足はガクガクと震えていた。
「ケガはない?」
「うん、ごめんねあずはちゃん、あんなことをさせて……」
「気にしないで、それよりもよく頑張ったね、もう大丈夫だから」
離されないよう苦しいぐらいに抱かれる。私も今泉さんの頭に手を添えぎゅっとした。
「二人とも下がりな」
男達の方向を向きながら高碕さんは言った。
私たちは出口の見えないどうしようもない暗闇から「助け」というなの光の筋が、一本見えたような気分になる。だが、それは同時に高碕さんに全てを押しつけてしまう形となることも意味する。
「ざけんじゃねーよ、そういうのマジでいらん。ガチで冷めるだろうが」
「大体君ら自分より弱い者をいじめるような、下劣で産廃みたいな奴らなんて、ろくな遊びも知らないでしょうに。可愛そうに、早いうちに自分の檻に帰りな」
高碕さんはあえて挑発するような口調で話しているようだ。
「そうか知能の低いバカだから、痛い目に遭わないと分からないのか。ホント情けない大人だなー」
「黙っていればペラペラとうるせーな。女のガキだからって手加減しないしな。お前を半殺しにしてから、三人仲良くカワイがってあげるよ」
「……できるといいね」
高碕さんが微かに笑みを浮かべた。身長は男らと同じか若干低いぐらい。体格差では圧倒的に不利なはずなのに、なぜ笑える余裕があるのだろうか? でもその反面、どこかその後ろ姿が誰よりも頼りがいのあるようにも思える。
これから何が起こるのか全く検討もつかないが、もうすぐ殴り合いが始まることは確かなようだ。
普通ならこの隙を見て逃げ、最寄りの交番に駆け込むところだが、私と今泉さんそろって動けずにいた。もうすべてを彼女に任せる他なかった。
次の瞬間、入れ墨男が高碕さん目掛け襲いかかるが、それでも彼女は微動だにしなかった。相変わらず世界を見下しているような三白眼で冷笑している。
容赦のない入れ墨男の拳は、高碕さんのみぞおちに入った。
「高碕さん‼」
衝撃を吸収するためか、足を一歩だけ後退させ、踏ん張るのと同時にうつむくと小刻みに呼吸し始めた。不思議と彼女がこの程度では倒れないことを悟った。
「ふぅー、思っていたよりくるな、コレは」
息を整えると何事もなかったかのように口を拭った。
「ここからは私の正当防衛になるけど、いいよね?」
「猪口才な。次は
次は金髪男が向かってくるが、胸倉を掴み下ろすと、膝で顎を蹴り上げた。横で再び体制を立て直した入れ墨男が向かう。高碕さんは蹴り上げた足で向かってくる入れ墨男へかかとを落とした。立ち上がろうとする、金髪男の膝のやや上部分を力いっぱい踏みつけた。結果的に倒れたのは男二人。アクション映画みたいに、激しく動くのではなく、少ない動きであっという間に制圧するなんて。それらの技と動きはある意味芸術的にすら見えた。
「久しぶりにこんな力だしたが、思ったより鈍っているようだな。所詮二人いてこの程度か」
同じ学校、同じクラスで同い年の高碕さんがなんだかとても遠い存在に思えた。もし私もこんなに強かったら、あの時辛い思いはしなかったのだろうか……。
「畜生、俺ら二人がかりで負けるとか、どうなってんだ?」
入れ墨男は何かを思い出した表情をした。
「この力の流され方、受けた衝撃を流す技……お、お前は、そうか分かったぞ! 以前、
「それがどうした? 私はお前らなんて見たこともないし、知りもしないが?」
冷淡にかつ軽蔑しながら高碕さんは喋る。もともと怖そうな人が、一段と冷気を放つような目つきで二人の男を睨みつける。
「ヤベェ、これ以上はやめておいた方がいいぜ」
入れ墨男は声を震わせた。
「ヒエッ、覚えてろ! いつか絶対やり返すからな」
言い残すようにして二人は痛みのせいか、ぎこちなく逃げていく。あの熊みたいな金髪男が「ヒエッ」と発するのだから相当怖かったのだろう。
「情けないな、さっきまでの威勢は一体どこへ行ったんだかー。これじゃあ準備運動にもならないのに」
高碕さんはまだ物足りないような表情を浮かべた。
「ありがとう、おかげで、助かったよ。悠喜菜さん……すごく強い人なんだね」
今泉さんは声を震わせながら口を開いた。それと同時に、状況を理解するのに少し時間がかかっているようだ。
ふと高碕さんが袖をめくると、少し血が出ているのが見えた。
「手の甲、ケガしているわ……」
「別にこんな擦りむいた程度じゃ、どうって事ないから」
「ちょっと待ってて」
鞄から絆創膏を取り出し、貼ってあげる。一時期よく怪我をすることがあったので、日頃から絆創膏を常備している。それが今日も役に立った。
「……わざわざありがとう」
「そういえば狐面のヤンキーって……」
今泉さんは脳裏にあったであろう文面を口にした。
「そんな時代もあったよ」
夜風が高碕さんの肩にかかった茶色い髪を揺らす。
「これが本来の私、暴力でしか解決方法を見出せない女。お前らも傷つきたくなかったら、さっさとどっかへ行って頂戴」
その言い方は、何故は寂しそうなトーンに聞こえた。昔の自分と似たような孤独感を思い出させるものだった。でも考えてみるとやっぱりどこか似ていない。
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