13 脅威的な恐怖 #16

 突然、いかにもガラの悪い金髪の男一人が声をかけてきた。その男の体はよく、背中が大きくまるで熊のように見える。年は二〇代後半だろうか……。いい年をしてナンパをするなんて。


 あれ? 「オレら」ってことは、もう一人いるってこと?


 少なくとも男の言葉では「二人以上はいる」という言い方なのに、その人たちの姿は見えない。不意に背後に人の気配を感じた。いつの間に後ろを取られていたのかと思い、振り返るとそこには袖から入れ墨をちらつかせている男がいる。この人も体格が良く、一人で私たちを抑えることも可能だろう。

 非常にまずいこの状況。私たちは戦慄を覚えた。以前にも似たような状況を経験したことがあったような……。

「すみません。あたしたち用事があるので……」

 今泉さんが申し訳程度に言った。

「連れないなぁ、どうせ大した“用事”じゃないだろ?」

 その声は今泉さんの発言を、強制的に上書きするかのような大きさだ。よく考えるとどうしてこの人たちに、用事の価値を勝手に決められなければいけないのか。ムカつきはしたが、瞬時に恐怖でその感情の炎は鎮火した。


 今泉さんと逃げるタイミングをうかがうのと同時に、私の心臓の鼓動が早くなる。ただ逃げるにしても今に腕を掴まれどこかへ連れて行かれてしまいそうな——。足を震わせ以外に何も出来ない自分が悔しい!

 落ち着いて状況を分析する……。このようなシチュエーションを以前、情報番組の護身術特集で目にした覚えがある。似ている……これならもしかすると——。いや待って、仮に私が抜け出せたとしても今泉さんをどうやって引っ張って逃げる? 気が動転していて上手く私に従ってくれるだろうか? もし彼女腰を抜かしていて走れなかったら……、色々な思惑が判断を鈍らせていく。もちろん彼女を置いて逃げるわけにもいかない。ただどうすればいい?


「お願いだから、もう私たちに構わないでください」

 私は通りすがりのサラリーマンに聞こえるよう切迫感をあおりながら声を出した。一瞬こちらに視線を向けるが、金髪男のギロッとした鋭い眼差しで返すと足早に去って行ってしまった。無理もない、だって面倒事に関わらないのが一番なのは私も分かっているから。どうぜ安全な家に帰ったら、トップニュースの如く家族に大々的に喋り始めることだろう。


「ほら、こうすれば簡単に赤毛の子、ゲットできるぞ」

「痛い! やめてください」

 今泉さんの細い腕が入れ墨男にたやすく掴まれた。過去にいじめられていた自分の姿が今泉さんに重なる。どうして私はこんなに不幸なの? せっかく仲良くなれそうな人を見つけ、ここが出発点だと思っていたのにまた滅茶苦茶にされないといけないの?

 もしも神様がいるならこれ以上、私から何も奪わないで。せめて、今泉さんだけでも私の負の連鎖から助けてください。

「彼女だけでも解放してくれませんか? 私にできることなら何でもしますので」

 二人の男にお願いしてみる。もちろんダメ元だが、これ以上どうしようもない。

「分かってないなーお前。一人開放したら絶対サツに駆け込むだろうが。そうしたら俺らに損しかないだろうが。でもそうだな、お前の裸でも見せてくれたら二人とも開放してやるか考えてやるよ」

「あずちゃん、あたしはいいから逃げて!」

 涙目の彼女に、そんな自分だけ助かろうなんて真似はできない。何が何でも今泉さんを助けなければ。

 小学校の頃のイジメからすれば、このぐらいなんとも……。

 私は金髪男の注文通り制服のプレザーを脱ぎ、リボンを外す。ブラウスのボタンに手をかけては躊躇した。男達の目線はかつて私をイジメていた奴らと同じだった。そう本当に救い難い下劣な目。

「ダメだよ、あずはちゃん!」

「大丈夫! 私は大丈夫だから」

 本当は何一つ大丈夫な要素なんかないが“私の犠牲で少しでも状況がよくなるのであれば”という希望的観測を抱きながら、スカートからシャツを出し下からボタンを一つ、また一つとゆっくりと外した。

「マジかよ、マジかよ。やるじゃん碧目」

 ついに私の尊厳を守っている領域に手をかけた。ためらいながら、少しでも時間を稼ぎながら手を動かす。

「いい加減にしてください! だいたい誘いを断っただけなのに、どうしてこんなことをしなくちゃ、いけないんですか?」

 今泉さんは声をあげた。

「ウヒー、いいところなのに。赤髪の子キレてんぞ。殴ればすぐに、泣きながら『ごめんなさい、助けて!』とか言うかな? たしかめてみようか」

「お前の入れ墨を見せただけでもビビっていたからな、あまりやりすぎんなよ。あと、顔はナシだ! ブスになっちまうし、サツにバレるからな。にしても女はチョロいなホント。ハハハ」


「え、ほんとうにあたしを殴るの? イヤだよ!」


 入れ墨男が拳を振り上げたのが視界に映る。とっさに私は掴まれる寸前に今泉さんの前に立ち、目を力一杯瞑り、歯を思いっきりくいしばる。

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