10 グライダー部見学と謎の機体 #13

 外から『新入生歓迎‼ グライダー部は第三格納庫内へ』と張り紙がある扉を入ってみると、人がいるような雰囲気が無い。その代わり目の前に大きなカバーを被った機体が鎮座している。一瞬だけ場所を間違えたかと気遣わしく思った。


 少し待っているとひょろっとした細身の男の先輩が格納庫の機体の陰からやって来た。

「はいどうも、お忙しい中グライダー部に来てくれた君たちに感謝するさ! 僕の名前は清滝きよたき 有斗ゆうと、二年ヘリコプター科専攻さ。はい、名前の通りさ!」

「「……」」

 先輩が決め台詞のように言い切りリアクションを待っている、間が開く。私たちは笑うべきところだろうかと疑問に思い自然と無言になった。せっかく学校のキャンパス全体に春の訪れが来ていたのに、一気に冬に逆戻りをしたような感覚がした。今時親父ギャグを使って笑わせ、気を惹かせようとする人がいるだなんて……。私は今泉さんと顔を合わせ、苦笑いをした。


 もう一人奥からツナギの作業服姿で、片手にレンチの様な工具を持った小柄な女性が出てきた。

「またこの人しょうもないことを言っているし……。あと楓の方が有斗よりも全体的に成績が上なんだけれど。ところで紹介遅れました桜ヶ丘さくらがおか かえででーす。ちなみにコイツとは同じクラスで幼なじみ」

 清滝先輩にとって優等生の定義とは一体?

 ともかく若干ナルシスト調の清滝先輩と、小柄で茶色みがかったセミロングの桜ヶ丘先輩を覚えておこう。


「あれ、部長のおおとり先輩はどこへ行ったのさ?」

「鳳先輩は今日まだ来ていないよ、先生からお呼び出しを受けているとかなんとかで——」

「あの先輩またやらかしたのさ? この前『職員室にロケット花火をぶっ放す』とか言っていたけど今回は何の用さ?」

「楓が知るわけ無いじゃない、あとで聞いてみたら?」

 職員室にロケット花火なんて、どんな先生を恨んでいるだろう? それに飛桜高校は空港として、航空法に基づき火気の使用は厳禁だったはず。そのため周辺でバーベキューをしようものなら、もれなく翌日の地元新聞で表紙を飾れるところだけど。

「うらやましいな、あたしもロケット花火を職員室に飛ばしてみたいな」

 今泉さんは胸をときめかせている様だった。

「やめておいた方が身のためじゃないかな……」

 私はそっと警告してあげた。放っておくと先輩と結託してなにかをとんでもないことをやらかしそう。

 ぱっと忘却の彼方から過去の記憶が脳裏に浮かんだ。小学校入りたてのころ一部のいわゆる悪戯好きの男子が、トイレの窓からふざけて洗剤を垂らしていたら、偶然下を歩いていた校長先生の頭にかかったアクシデントを思い出した。あの頃は無邪気だった男子達が、どうして私にあんないじめをしたのだろう——。


「説明はじまるよ、あずちゃん」

「うん」

 その後桜ヶ丘先輩により活動内容の説明を受けた。私は飛行部と似たような内容だと気づき、足りないところを拾い上げるようにして聴いていた。

「一通り説明したけど、何か質問がある人いるかな?」

 桜ヶ丘先輩は優しく語りかけてくる。私は格納庫に入ってすぐに抱えていた疑問を晴らすために先輩に質問してみる。

「あの機体も飛ばすのですか?」

 他にも何機かタイヤがパンクしたままの機体や、計器類の取り除かれたヘリコプターがある格納庫内で、厳重にカバーが掛けられ明らかに他の機体とは違う雰囲気を放っている機体を指さしながら聞く。

「あれは超音速滑空機Logaris(ロガリス)。普段はあんな風になっているけど、大会が近くなったら重整備をして飛ばせるようにするんだよ。ちょっとみてみる?」

 Logaris? どこかで聞いた覚えがある。お母さんが時々口にしていたような……。詳しいことは全く知らないが。

 桜ヶ丘先輩は機体を覆っているカバーを外した。姿が見えると折りたたまれた翼が胴体よりも長く、全体が純白の機体は格納庫の重鎮のような風格を醸し出している。

「初めの二〇時間は顧問の先生と、それから先は僕ら先輩とモーターグライダーや他の機体を使って訓練し、ソロフライトをした後に音速滑空機Logarisに搭乗資格を得られるのさ。ちなみに僕はもう三〇時間で、そろそろソロにでられるさ」

「もうじゃなくて、やっとじゃないの? 楓なんてとっくにLogarisで訓練したことあるし」

「う、うるさいさ! もう一つLogarisに初めて搭乗するときに、搭乗者は適性判断に沿って数あるモードの中から、自動で振り分けられるのさ。努力や一定の条件を満たすことでさらに開放される項目もあるさ。フフ、まるで美少女育成ゲームみたいさ」

「男は有斗しかいないからネタが通じないし、その救いようがないネタなんとかならないの?」

「……おっと口がフォワードスリップしたさ」

「ほんとバカなんだからー」

「話を戻すさ。最もこの機体が人を振り分けする原理とか、まだ謎が多いけどさ。でも心配はいらないさ、飛行規程と操縦マニュアルはあの棚にしっかりと揃っているからさ?」

 清滝先輩はなぜか疑問形で、隣で工具を片手に頭を抱えている様子の桜ヶ丘先輩に確認の目線を送り始めた。

「運用上では問題ないし、システムの指示通り飛べば大丈夫って言えばいいでしょ! ヘンなところで話を振らないでよ、一年生が不安がるでしょ、まったく……」


 不意に格納庫の扉が開く音がした。さっきまで賑やかだった空気が、引き締まった。

敷島しきしま先生、こんにちは。新入生勧誘は順調です」

 先輩達が話している相手に目線を向けると先ほど入ってきた扉とは別で、恐らく部活動棟へ繋がっている通路だろうか、中からすらっと背丈が高い先生がやってきた。白いワイシャツにサスペンダーとどこか古くさい印象が漂う。逆にそれにより爽やかさが引き立てられ若々しく見えるのも事実。

「あの先生カッコイイ、あたしタイプかもー」

 今泉さんが私に耳打ちをしながら話す。

「いいね、その調子で頼んだぞ。ところで誰か先生の葉巻知らないか? アレは先生の働く上での効用だからね」

 先生は二本指で喫煙のマネを始めた。

「あずちゃん今の発言はナシにする。あたしタバコはダメだから」

「うん、分かったわ」

 何かと切り替えが早い彼女のペースについて行けなくなってきた。加えて堅実そうな先生の印象が音を立てながら崩れた気がした。私が探している人はきっと凄い人のはず。

「先生の葉巻は見かけていませんし、知りません。それに、学校内で吸ったらまた空港管理長に怒られますよ」

「ハハハ、パイロットがみんなヘビースモーカーというジンクスを知らないのか?」

 言われてみると私のお父さんもフライト前にいつも煙草を吸っていて、その度にお母さんに怒られていた。


「敷島先生、先日頼まれていた機体の整備が終わりました」

「ありがとう桜ヶ丘さん! その……、整備中に機内で葉巻見なかった?」

「葉巻は無かったのですが、代わりにこれを見つけました」

 桜ヶ丘先輩はレシートのような紙切れを手渡した。先生は紙を視認した瞬間顔色が変わった。

「しまった、この間飛行部顧問の船堀ふなぼり先生と飲みに行った時のやつだ。翌日ポケットに入れたままフライトで気づいたので、仕方なく機内の座席下に入れておいたのに忘れていた。くれぐれも誰にも言わないように。いいか誰にもだぞ」

 先生はその紙をくしゃっと握り、ポケットにしまった。そして何事も無かったかのように、仕切り直すと私たちへ顔を向けた。


「さて、君たちが見学に来てくれた一年生? 先生は敷島しきしま りくといいます。名前は地に着いているのに実際は空にいる時間の方が長いんだよ……。えー部活では顧問、学校では普段授業は持っていない代わりに飛行訓練の教官をやっています。訓練教官の部分で言うならば、車の教習と同じような感じ。とはいってもそもそも教習所に通ったことはないよね……。でも車と違ってグライダーなら、一五歳以上の君たちならすぐに訓練できるんだ。勿論入ってすぐに始まる座学をちゃんと受けてからだけど。でも車の免許よりもグライダーの操縦ライセンス(免許)を先に取得出来るなんて、この部活ならではの特典だよ。その代わり訓練自体は厳しいからそこのところは覚悟していただきたい——」


 ちょうど先生の話し終わったタイミングで、学校のチャイムが鳴った。ふと、腕時計を見ると四時三〇分を回っていた。通常の時間割だと今頃授業が終わるのだろうか、そう考えると長く感じる。

「長々と話を聞いてくれてありがとう! 先生はこの後会議があるので失礼する。桜ヶ丘さん、引き続き葉巻の捜索をお願いします」

 そう口にすると敷島先生は右手を額の前に当てから離し挨拶のような動作をした。それから入ってきた扉へ戻っていった。

「はー、結局先生が楓の言いたかったところ全部話しちゃったしー。そういえば一年生のお二人さんは飛行部へは見学に行ったの?」

「はい。ただあずはちゃんが……、やらかしました」

 私は今泉さんの唐突な暴露に焦った。

「いや、その、ただグライダーの意義について聞かれただけです! ムカつきはしましたが、たいしたことは言っていません」

「でもカッコよかった。『グライダーが役に立たないという証拠を出せ!』とか言っていたし」

 改めて言われると、恥ずかしくなってしまった。桜ヶ丘先輩は腕組み、感心した様子で口を開いた。

「ほほう、あの偏屈大将によく言ってやったのね。期待の新人ちゃん最高!」

 先輩の“期待の新人ちゃん”って、まるで私が入部するのが確定みたいなニュアンス。

「さてこの後普段の機体も整備しなきゃいけないから、一年生の皆さんは今日のところは解散にするさ。見学にありがとう! 次は入部の時に会えるといいさ。なにせ人数四人しかいない少ない部活だからさ」

 格納庫を出るときに、先輩たちが手を振ってくれた。私たちも一礼して場を後にした。

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