5 入学式 #8

 バスを降りると『新入生は体育館にそって右へ』と立て看板があり、ひとまず看板にある矢印が指す方へと進んだ。

「荷物預かりますが、貴重品は身につけるようにしてくださーい」

 生徒会の腕章を付けた男の先輩に優しく教えて貰う。そんな私の横で今泉さんが鞄をガサガサ漁っている音が聞こえた。

「えーっと、持って行く物はスマホに、何かをメモる用の筆記用具とメモ帳、喉渇いたとき用の飲み物、それと突然『料金を徴収します!』って言われたら対応できる財布と、充電スポットがあるのを想定して充電器……、ってあれカバンが空っぽになっちゃった」

「……その空の鞄を預ける意味はあるの? いっそ鞄ごと持って行った方がいいんじゃない?」

「さすがあずちゃん! 頭いいね」

 今泉さんは笑顔で親指を上げた。

「あーあなた、持ち物はスマホと財布だけでーいいよ。あと学費さえ払えば徴収するなんてことはないはずだよ、たぶん」

「はい! わかりました」

 私も彼に荷物を預け、慣れない体育館に入り入学式に参加する。


「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。これから始まる学園生活で君たちは航空人として立派に羽ばたけるよう日々勉学やクラブ活動などに励むように頑張ってください」

 生徒会長の言葉は短くまとめられていた。下手にエッセイばかりを盛り込んだ中身のない話を長々語るより、よっぽど鮮明で印象的だった。いつもなら眠くなってしまうところだが今回はちゃんと最後まで聞けた。

 一時間近くで式典が終了し、体育館を出ると皆は緊張がほぐれた様子で談笑していた。

「一〇時半からクラス発表やって! とりあえず、画面の見えやすいところへ移動しようや」

「おう! 俺ら同じクラスだったらいいな」

「それにクラスのカワイイ子が彼女になってくれたら、高校生活バラ色やと思うねんな」

 壁に掛かっているデジタル時計に目を向けると二八分と表示されている。人の行き交う様子を眺めながらぼーっとしていた。まもなくクラス発表の時刻になった。大きなモニターに集まる同期達の表情は希望に溢れていた。名前と所属先のクラス、さらに横枠に数字が振られている。最初は出席番号だと予想したが、その隣にも別の番号があった。一年D組のくくりの中に、私の名前があった。番号は「一」ともう一つ左側の枠に「三五」の番号が表示されている。少し目線をおろして他の人の番号を見てみると三三、四二とあった。もし出席番号だとしても私は、ナ行でどう考えても一番はおかしい。もう一つの「三五」に関してもクラスを四〇人として最後もあり得ない。そのほか色々なパターンを考えてみたが答えが思いつかない。

「これ。二稲木って人、確かあの航空機墜落事故のだよね」

 ふと誰かの会話に私の名前が出てきたのが耳に入った。

「そういえばそうだよな。専門家も『航空機史上、恥じるべき操縦ミス』とか報道されなかった? アレに子供がいたとしてその子もパイロット目指していたら怖いな」

「たまたま苗字が同じってこともあるでしょ? 関係無いって」

「俺が思うに、過去いろいろな大会に優勝しているみたいだし、その事にあぐらを掻いたんだろ? 肝心なところでやらかしたんじゃあ、どうしようもないな」


――そうじゃない。何も知らないくせに。


 気がつけば左手に強く拳を握っていた。この会話パターンも入学前にある程度は予測していたが、実際にこうして出てくると胃が溶けるように痛む。彼らからすれば、他愛のない日常会話の一つに過ぎないと考えると余計に胸までも苦しくなる。

 後ろから手を握られ、ぱっと我にかえる。私は考えていたことを中断した。というよりやめた。

「クラスどうだった? 二稲木 愛寿羽ちゃんは……どの辺?」

 誰かと思い振り返ると、今泉さんはドキドキした様子で聞いてきた。不意にフルネームを口に出されると気が気でなくなる。ただやっぱり私の正体は分からないようだ。若干安心したところで彼女がどのクラスになったのか、気になってきた。

「私はD組だったわよ。今泉さんは?」

「やったー、一緒だ! あたしもD組!」

 よっぽど嬉しかったのだろうか、今泉さんに抱きつかれる。私はちょっとだけ困った。初めて家族以外の人に抱かれたから。ほんの少し鼓動が早まったのが分かり、静かに「……よろしくね」と彼女に言った。

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