4 飛桜航空高等学校 #7

 飛桜高校ひおうこうこう——二〇一〇年あたりから日本政府は、航空業界のパイロットや整備士が定年による大量退職と増え続ける航空需要による人員不足について対応に追われていた。そこでかつて、東京都八王子市の学園都市化計画で航空学校を建設する構想を復活させ、頓挫していた間にお偉い方御用達のゴルフ場の土地に滑走路を整備し、共学の航空従事者養成学校通称『飛桜航空高等学校ひおうこうくうこうとうがっこう』を建てた。日本には他にも福島県、石川県、山梨県、兵庫県と宮崎県に経営者は別だが同様の航空学校がある。この飛桜高校は、他の航空関連の学校中ではトップ圏のため入学希望は多め。入学試験は一般教養の筆記試験に加え、面接とパイロット学科はフライトシミュレーターによる試験があった。なお筆記試験よりも、飛行に関しての技量が重視されるようだ。私はフライトシミュレーター試験で、学年一位になったので、特待生で入学することになった。試験自体は札幌さっぽろで受けたので学校へ行くこと自体は初めて。心の中で不安と期待が入り交じる。


「そういえば名前は? 東京に慣れていないよー、みたいな顔しているけど、出身はどこ?」

 どうしよう、あまり名前を出したくないのだけれども、でも変に嘘をついても仕方がない……。

「私の名前は二稲木にいなぎ 愛寿羽あずは。出身は北海道北見市きたみし。よろしくね」

 苗字がバスのエンジン音に程よくかき消されながらも、下の名前はしっかりと伝えた。

「北海道から来た、二稲木 愛寿羽ちゃん。いいなー、都会の人はセカセカしているから、もっとゆっくりとした時間を味わいたいなーってね」

 こういった会話を時々耳にするけど『田舎の人は都会にあこがれ、都会の人は田舎にあこがれる』というのは何処でも共通なのだろうか。

「私は東京と聞いて最初は気分が高鳴っていたけれど、今となっては人の多さに面食らっちゃったわ」

「そういえば二稲木って……どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど、昔どっかで会ったことあるっけ?」

 やっぱり来た。想定していた通りの質問。ただ聞かれるタイミングがいくらか早かっただけ想定外なのは仕方がない。今ここで知られてしまったら後々面倒ごとになるのはある程度予測していた。出来れば気のせいでとどまってほしいところ……。ここで変に動揺したらすぐに私が何者なのか悟られるだろう。そうだ適当に今日の晩ごはんをどうしようか考えよう。

「……」

「……」

 お互い別々のことではあるが何かしら考え合っていた。はたから見るとどんな風に見えているのだろうか?


 一〇秒ほどの沈黙後、結局彼女は考えるのをやめたような顔をした。

「……ま、わかんないや、でもよろしくね。あたしは今泉いまいずみ 華雲かうんだよ。あずはちゃんはあずちゃんでいい?」

「別にいいけどー」

 あどけない笑顔で喋る彼女。これならしばらくは正体がバレずに済みそう。

 六年前にあった航空機事故は一時的ではあったが、四六時中ニュースで取り上げられていた。連日どのニュースにも私の両親の名前が出ていたのだから、知らないはずはないだろう。結局当時の見出しはどのテレビ局も『事故原因はパイロットによる致命的な操縦ミス』と報じていた。いつからだろうか私はこの報道に対し、心底納得がいかなくなっていた。みんなが出来なかった飛行方法をやってのけ賞賛されていたお父さんが、色々なことに気を抜かずあんなに用心深かったお母さんが、操縦ミスなんて起こすのだろうか?

 ふと今泉さんに顔を覗き込まれる。私は考えごとをやめた。

「やっぱりだ。あずちゃんの目、空みたいに透き通った青色でとてもきれい」

 うっとりとした表情で、私のコンプレックスである碧眼を褒めてくれた。

「そう? ありがとう。これはね、母方の遺伝みたい」

 今までこの碧眼のせいで、別人扱いやいじめを受けてきたので、褒められたことが純粋にうれしかった。見る人の価値観が違うことを改めて知らされた。


 バスの窓が開いているのか、空気の流れでなびく赤紅の髪が時折視界に映る。思わずその美しさに見とれてしまった。加えてやわらかそうな頬が、より一層純粋さを引き立てている。不意にぷにっと触れてみたくもなる。

「どうかした? あたしの顔に何か付いている? もしかして今朝顔のニキビ潰しちゃったのが分かっちゃった?」

「あ、いや、今泉さんの髪、綺麗な赤色と思って……」

 本当はもっと言葉を繋げたかったがこれ以上口から出てこなかった。褒められ、調子付いたことに少しだけ後悔した。

「……あたしも生まれつきなの。家族ではあたし以外弟も含めて、普通の黒髪だよ」

 今泉さんは静かにそう口にしながらグラデーションのように黒くなっている毛先を指でくるくると巻き付ける。その言葉には何か良くない記憶があるようにも聞こえた。きっと私と同じ境遇を過ごしたことがあるのかも分からない。それから一五分ぐらいだろうか、今後についていろいろ思案しながらバスに揺られていると、木々の中から丘上に開けた敷地が一瞬目に飛び込んだ。交差点を曲がり角度が強めの坂を登る。左右に緑を交えている桜並木が、まるでアーチのようになった中をくぐるように進んでいく。葉桜でも四月に見るのは久しぶりだ。

 ほどなく『飛桜航空高等学校 正門』とある門を通りバス停に着いた。

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